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決してやり直せない過去なのに

毒親がこの世を去ったらどれだけ
楽になるだろうと考える
ACの方は多いと思います。

個々の育った環境や
受けたこころの傷にもよるのですが
毒親が死んでもなお
その毒に苦しめられるという方も
一定数いるのではないかと思います。

毒親の毒は呪いとも言う

日常のありふれた場面で、ふと
過去に受けた傷が痛み蘇る。

フラッシュバックの一種で
複雑性PTSDに起きやすいことですが
沢山ある傷のひとつが何かに反応する
それは毒親が死んでいてもなお毒に
むしばまれている状態であるということを
表しているようです。

もう親はこの世にいないのだから
毒親が自分を縛ることなどないわけで
自分を苦しめている毒の言うことなんて
聴く必要などみじんもない。

は・ず・な・の・に

とある場面になると親の言葉と顔が蘇り
あの時の言葉や体験を思い出す。

死んでもなお・・・
私に干渉してくるのか。。。

しんどい。
辛い。

そのように悩んでいる方は
多いのではないでしょうか?

傷ついた過去の私に言ってみる

「もう大丈夫だよ」
「あなたは良くやったんだよ」
「私がいるから安心して良いからね」

と大人になった自分がその時で成長を
止めてしまった幼少期の自分を
迎えに行って肯定してあげる
というようなセラピーもあります。

実際、これができるだけでも
セラピーとしての効果はありますが
もしかしたらその時の自分は
こんな反論をするかもしれません。

「お母さん(お父さん)の言うこと聞かなきゃダメなんだよ!」

これ、文字では複数の解釈ができます。

・言うこと聞かないと怒られる

・言うこと聞かないと叩かれる

言うこと聞かないとetc・・・

これは恐怖から逃れるために致し方なく
言うことを【聞かざるを得ない】の
パターンです。

幼き私の願い

一方でこういう可能性もあります。

私が言うことを聞いたら
お母さん(お父さん)はきっと

私のことを褒めてくれる
私のことを認めてくれる
私のことを愛してくれる

成長を止まった【子供の私】は
悲しいほど純粋にただひたすら
愛して欲しいままずっと生きてきた。

そして、死してもなお
親の言うことを守ることで
親から愛されようとする

こういった幼少期の自分が
こころの中にいる場合があります。

愛してもらうことを諦めずに
頑張ろうとする幼いわたし。

でも、もうこの世に
一番愛して欲しかった人はいない。

こうなってくると
前回記事で書いたようにこころへの
アプローチとしては慎重な対応が
必要にはなります。

純粋に愛していた
でも愛されはしなかった

当然、大人の私はその対象が
いないことを知っているし
しょうがないし、やり直せないことは
百も承知であり、もしかしたら
子供の私も、親がいないという
事実は認識しているかもしれません。

でも、諦めず親に向いてもらおうとする。

この【諦めていない】というのが
重要なポイントです。

「愛して欲しかった」は
大人の私も気づくことが多いですが
「愛を手に入れることを諦めていない」
はなかなか認識されません。

まずは認識するところから
始められると少しずつですが
先に進められる方法はあります。

毒親が死してなお、その毒に苦しむ方は
ゆっくり傷ついた自分に寄り添って
話を聞いて欲しいと思います。

毒親からの解毒を始める方へ▼


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