田中圭太郎

ジャーナリスト・ライター。雑誌・Webで大学をめぐる問題、雇用、教育、医療、ビジネス、パラリンピック、大相撲など幅広いテーマで執筆中。著書『パラリンピックと日本 知られざる60年史』(集英社)。「上阪徹のブックライター塾」1期生・3期生。

田中圭太郎

ジャーナリスト・ライター。雑誌・Webで大学をめぐる問題、雇用、教育、医療、ビジネス、パラリンピック、大相撲など幅広いテーマで執筆中。著書『パラリンピックと日本 知られざる60年史』(集英社)。「上阪徹のブックライター塾」1期生・3期生。

    マガジン

    • フリーランス日記

      42歳で独立、まもなく50歳。ジャーナリスト・ライターとしてのフリーランス生活を綴ります。

    最近の記事

    • 固定された記事

    Works of Keitaro Tanaka

    プロフィール 田中圭太郎(たなか・けいたろう) ジャーナリスト・ライター。 1973年生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒業。株式会社大分放送で報道部15年、東京支社営業部4年の勤務を経て2016年からフリーランス。 雑誌・Webで大学をめぐる問題、教育、社会問題、障害者雇用・バリアフリー 、パラリンピック、宇宙ビジネス、飲食ビジネス、医療、働き方、大相撲など幅広いジャンルで執筆。 「上阪徹のブックライター塾」1期・3期修了。 ■主な執筆媒体・Webメディア 現代

      • 2022年、2330時間稼働しました!

        まもなく2022年が終わります。 フリーランスのジャーナリスト、ライターとして働いた時間を毎日記録していまして、先ほど年間の稼働時間を計算しました。 取材、構成、執筆、推敲、資料の読み込み、企画の思案などを含めた時間を合計すると、1年間で2330時間。365日で割ると、1日あたり6.38時間でした。 最も稼働時間が少なかったのは、新型コロナウイルスに感染した7月の125時間。最も多かったのは9月の222時間でした。 コロナから復帰してからは、午前中に原稿を書くリズムが

        • 「みんかぶマガジン」の連載、『40代フリーライター「1000万円は稼げます」』3回目が公開されました。

          「みんかぶマガジン」の連載、3回目が公開されました。 2回目、3回目はフリーになるまでの話が続いています。フリーになるまで、もう少しですね……。 次回はすこし違った内容をお伝えする予定です!

          • 「日経クロストレンド」で、タカラトミーとクラスターの『メタバース 黒ひげ危機一発』開発秘話を前・後編で書きました。

            玩具メーカーのタカラトミーと、日本最大級のメタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスターが開発した『メタバース 黒ひげ危機一発』。開発までの道のりや狙いについて、タカラトミーMoonshot事業部の山﨑正彦部長と、クラスターのエンタープライズ事業部・亀谷拓史リーダー兼チーフプランナーマネージャーにインタビューした記事が、「日経クロストレンド」で公開されました。 こちらから読めます! 連載「メタバース・ビジネス&エンタメ最前線」では、クラスターが進める事業

          マガジン

          マガジンをすべて見る すべて見る
          • フリーランス日記
            田中圭太郎

          記事

          記事をすべて見る すべて見る

            「日経ビジネスPLUS」連載「令和の大学入試事情」、今回は新設相次ぐデータサイエンス学部の入試動向について書きました。

            一橋大学、名古屋市立大学、京都女子大学など、2023年4月にも新設が相次ぐデータサイエンス系学部・学科について書きました。 学部・学科の新設が相次いでいるようで、実は各大学の定員は少なく、「狭き門」とも言えるデータサイエンス学部。一方で、文系、理系を問わず受けることができる学部でもあります。現時点で得られる情報から入試動向を考えました。 「令和の大学入試事情」は、月1回の連載です。

            「大相撲ジャーナル」九州場所展望号が発売になりました。

            お手伝いしています「大相撲ジャーナル」九州場所展望号が発売になりました。 秋巡業ルポ、担当しました。東京都青梅市、茨城県筑西市、千葉県千葉市の巡業を取材してきました。 巡業が再開されて、以前のように力士とファンの距離が近くなったような気がします。ご当所力士がいるところは、熱気も違いますね! 読みどころを挙げると、一つは玉鷲が最年長Vの背景です。本人のインタビューとともに、二子山親方の指摘が興味深いです! もう一つは、九州場所の展望。総合的に考えると、優勝争いは年間最多勝

            「みんかぶマガジン」連載『40代フリーライター「1000万は稼げます」』第2回が公開されました。

            本日、第2回が公開されました。 地方で放送局の記者をしていて、なぜ独立を考えるようになったのか、について書きました。独立を考えるといっても、正直どうすればいいのかわかりませんでした。35歳で考え始めて、42歳で独立していますので、結構のんびりしていますね。連載、まだまだ始まったばかりです。 写真は、けさの井の頭公園。だんだん色づいてきました。

            東京2020パラリンピックのレガシーについて考える連載を始めています。

            「JBpress」で2022年10月から東京2020パラリンピックのレガシーについて考える連載を始めました。本日、第2回の記事が公開されました。 第1回 第2回 パラリンピックについては、TBSメディア総合研究所「調査情報」(2020年11月で休刊)で、2017年から2018年まで『パラリンピックから見える東京2020』を連載していました。この連載での取材をもとにした書籍が、2022年4月に集英社から刊行された『パラリンピックと日本 知られざる60年史』です。 今回の

            山形大学の「研究費不正使用」と「パワハラ」についてZAITEN2022年12月号に書きました。

            11月1日発売の「ZAITEN」2022年12月号に、『山形大学「研究費不正使用」と「壮絶パワハラ」』について書きました。 山形大学の問題は、ローカルでは報じられていますが、全国的にはまだあまり知られていないようです。ただ、国立大学としては前代未聞の問題が起きており、2ページと限られた中ですが、経緯と現状について書いています。 大学をめぐる問題は、私のジャーナリスト活動の重要テーマのひとつです。引き続き、全国の大学を取材していきます。

            2022年10月のまとめ。

            40代最後の秋。どう過ごしたのかをとりあえず記録してみる。 2022年10月の労働時間は204時間。これは執筆、構成、資料読み込みなどに費やした時間の合計。ほぼ毎月200時間を少し超えるくらいで推移している。ちなみにコロナで入院した7月は、125時間だった。 出張は2回。上旬には栃木をかすりながらの茨城で、相撲の巡業取材。下旬には、香川を訪れた。宿泊したのは琴平。仕事が終わった後、金刀比羅宮へ。785段の階段を登り切り、御本宮に参拝した。 今年はほぼ毎月出張している。訪

            井の頭線に初めて乗ってから30年。

            京王井の頭線の吉祥寺駅で、ふと思った。 学生のとき、1992年から1年間、吉祥寺から急行で1駅の久我山に住んだ。それから今年でちょうど30年が経っていたのだ。 2012年には大分から東京に転勤になり、20年ぶりに久我山に住むことになる。 2016年、会社を辞めてフリーランスになった時、同じ杉並区の善福寺に引っ越したが、2018年にまた久我山に戻ってきた。 3たび久我山に住んだのは、井の頭線が気に入っているから、といってもいいかもしれない。吉祥寺駅から渋谷駅までを結ぶ全長1

            「みんかぶマガジン」で、連載『40代フリーライター「1000万円は稼げます」』が始まりました。

            フリーランスになって7年目になりました。2016年に42歳で地方の放送局を辞めて、以後フリーランスのジャーナリスト・ライターとして過ごしています。 フリーランスになって、一度は収入を落としたものの、その後は右肩上がりでここまできました。「そのノウハウを公開してみてはいかがですか?」と長年お世話になっている編集者の方に言われたことがきっかけで、本日から「みんかぶマガジン」で新たな連載が始まりました。 タイトルは『40代フリーライター「1000万円は稼げます』。 どのように

            著書『パラリンピックと日本 知られざる60年史』が発売になりました。

            初めての著書が発売になりました。 昨日発売の週刊ヤングジャンプには大きな広告が掲載され、今日は朝日新聞の朝刊に広告が掲載されました。 朝刊の広告には、次のように書かれています。 『障害者スポーツの発展に尽力した日本人たちの熱いドラマ。今、読んでおいきたいパラリンピック秘話!』 その通りの内容です。素敵なコピーをつけていただきまして、ありがとうございます!

            フリーランスになって初めての……

            夜10時過ぎ。駅を降りて5分くらい歩いたところで、背後から声をかけられる。 「すみません、すみません」 若い男の声。こんな時間に何の勧誘だろうと思い、しょうがなく振り返ると、警察官だった。それも二人。 「何かあったんですか?」と思わずこちらから聞いてしまった。 「事件でもあったんですか?」 「いいえ、何も」 「じゃあどうしたんですか?」 「職務質問です」 職務質問!? 「私にですか?」 「はい、さっき駅前で反転したので」 「反転?」 「パトカーをみて、反対方向に歩き

            フリーランスになって初めての夏。(2016年8月19日)

            夏になって「フリーランスになって良かった」と新たに感じることがあった。 今年3月までの4年間は、東京で放送局の営業をしていた。 真夏でもスーツを着て仕事をする。朝、満員電車の中で汗をかく。電車と徒歩でスポンサーや代理店をまわる。目的地が駅からちょっと離れたところだと大量に汗をかく。上り坂だったりすると、途中のコンビニか喫茶店で思わず一休み。日々、暑さにかなりの体力を奪われていた。 それが、この夏は暑さをそれほど感じない。 スーツを着ることはあっても週1回。それ以外の日

            42歳でフリーランスになるのを、妻は何故許したのか?

            「奥さんは反対しなかったんですか」 19年間勤めた会社を辞めて、フリーランスのライターになると周囲に明かしてから、多くの方からこの質問を受けた。 結論からいうと、反対されなかった。全く反対されなかった。それでいいいんじゃない、という感じだった。 会社をやめるということは、どういう影響をもたらすのか。大分県の会社に就職して、転勤で東京に来ているだけなのに、そのまま東京で暮らすことになる。子どもにまだこれから教育費がかかるというのに、会社員という身分を捨ててしまったら、収入