見出し画像

派遣のジェニー

気づけば2月も終わりを告げる頃。

昨年末で会社を辞めてニートになったわけだが、まだ生活の基盤は整っていない。今年はせどりで収入を得ることを宣言して二月が経ったが、まだ準備段階という感じで食っていくことは難しいのが現状。

会社員時代の収入が今月で切れるので、生活費と事業の資金を稼ぐために最近派遣のバイトを始めた。

そこで出会った、少し変わった女の子の話をしようと思う。

名前は "ジェニー" 

本名はまだ知らない。

1.派遣の仕事

今やっているバイトは新型コロナワクチン関連の仕事だ。

お金を稼ぐためだけに派遣を始めたので内容はなんでもよかったのだが、どうせなら世間の役に立つ仕事のほうがモチベーションもいい。

コールセンターなので年配の方も多いのだが、時給が良いおかげで若い人が半分以上を占めている現場だった。

特に多いのが大学生の層なので、自分の境遇からすれば居心地がいい空気間とは言えないが、まったりした空間ではある。

そしてジェニーは大学生だった。

座る席は自由なので日によって違うが、何度も仕事をしていればそれなりに同じ席に座る風習ができるのは言わずもがな。

2日間の研修を終えて、初めて出勤した日に横に座ってきたのがジェニーだった。

いや、ジェニーの縄張りに自分が足を踏み入れたのだ。

ジェニーは二十歳の大学生で、自分とは3つ歳が離れていた。

話のきっかけはジェニーからだったと思う。

「見ない顔ですね。」

のような単語から会話が始まった記憶がある。

どうやら彼女はマレーシアの大学に通っている大学生活2年目の学生らしく、コロナの影響で日本に帰ってきているという。

ちなみにジェニーというのは仮名で、本名は日本名の日本人である。

東京生まれ、北海道育ち、高校はカナダに留学をして、現在はマレーシアに落ち着いているという、落ち着きのない経歴の持ち主だった。

高校で飛び級をしたので、年齢的には大学2回生だが、実際は3回生らしいので就活をしているとのこと。

今は一人暮らしをしているので、就活をしながら週7でバイトしているらしい。

2.変わった性格

社交的な彼女とはすぐに打ち解けられた。

まだ2回しか会っていないが、すっかりため口を使ってくれている。

なにせ暇な仕事なので周りの人間と話す時間はたっぷりある。

「パラオ共和国の国歌がいいから聴いてみて。」

話し始めて数時間で急にこんなことを言ってくる子だ。

何語かはわからないが、元気の出る国歌だった。

ついでにウクライナの国歌もお気に入りだというので聴いてみると、これはクラシックっぽい音楽で眠くなる曲調だった。

彼女の話は聴いていて飽きない。

幼少期は東京で過ごし、父の転勤と共に北海道の中学校に転校したのが大きな転機になったらしい。

北海道の同級生はやけにのんびりしていたらしく、
この地に生まれこの地で死んでいくという安定志向の雰囲気にうまく馴染めなかった。仲良くするひととは常に士気を高め合いたい性格らしく、北海道ではそんな友達は1人もできずに中学を卒業した。

どんな背景が彼女をそう思わせたのかはわからないが、
なんだか可哀そうにも思えた。

そんな彼女は思い切ってカナダの高校に留学をした。

海が近い隔離された土地で犬みたいな生活を2年間過ごしたと彼女は語る。

ホームステイ先であまり良い扱いを受けなかったらしい。
ご飯もろくにでなかったので、スーパーで30円の安いカップラーメンを2年間食べ続けていたらしい。

おまけに日光があまり当たらない土地だったらしく、体調も優れず鬱になっていたとのこと。

そんな状態にもかかわらず、現地ではラクビーをやっていたらしい。

変わった人だ。

カナダでは信頼できる友人が1人できたが、20年間のなかで友達と呼べるのはその1人だけらしい。

「友達の定義ってなに?」

と聞かれたが、うまくは答えられなかった。

今までそんなことは意識してきたことはなかった。
同じ空間で長い時間を共にして、プライベートでも連絡を取る人は皆友達と呼んできた。

彼女のなかの友達の定義は、

”その人のためなら死ねる”

と彼女はそう言った。

その定義を自分に当てはめると友人は0人だった。

そこまで想ってもらえる人がいるなんて幸せなことだろう。

その時は深く考えなかったが、後でじっくり思い返すとすごく考えさせられるものがあった。

3.宿題

「ペンギンの象徴って知ってる?」

そう言い残して帰っていった。

次回出勤が被ったときまでの宿題らしい。

仕事を辞めて2カ月。

二十歳の女の子に宿題を出されている。

悪くない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?