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池井戸潤「下町ロケット」読書感想文

刑執行となってからは “ 分類 ” の面接が繰り返される。
どの作業に向いてると思うか、とも聞かれる。
が、どんな作業があるのか見当もつかない。

用紙に “ 木工 ” と記入したのは、そんなイメージがあったし、DIY が好きだったからだ。
椅子やら机やら作ってみたい。

石の上にも3年だ。
真面目にコツコツやってれば、なにかひとつくらいは得ることはあるだろう。

が、配役されたのは “ 計算係 ” だった。
木工とはぜんぜんちがう。
コツコツやるどころではない。

計算係は、担当刑務官とマンツーマンで顔を合わすし、彼の機嫌わるさも直でくらいやすい。
ハンコひとつもらうだけでも大変だ。

「オイ、田中ぁ!」
「はい!」
「ワシに押せってことか?」
「はい、すみませんが、おねがいします」
「オマエはいつもそうや!自分のことだけや!」
「もうしわけないです」

そんなところから「だからオマエはダメなんや!」とか「社会に出ても再犯するんや!」という結論まで30分続く。

誇張ではなくて、平均して30分続く。
刑務官は、ネチネチの天才なのだ。

・・・ また話がとんだ。

なにがいいたいのかというと、刑務所では真面目にやろうとしても通用しません、ということなのです。


きっかけ

はじめての池井戸潤になる。
人気作家というのは、もちろん知っている。

見たことはないけど、ドラマの「半沢直樹」があったというくらいは知っている。
そういえば「下町ロケット」もドラマ化された気もする。

未決のときに読んだ、週刊文春のインタビュー記事も記憶に残っている。

『細かい描写はしません。』と話していた池井戸潤だった。
読み手が想像できるように、あえて細かい描写は書かないという。

細かい描写が好きな自分は、そこが気になって、もしかしたらおもしろくないかもと躊躇もするが、人気作家の本は読んでみたい。

しっかし。
まだ、朝のネチネチが苛々させている。
読書に逃げ込むしかなかった。

単行本|2011年発刊|407ページ|小学館

週刊ポスト 2008.4.18号 ~ 2009.5.22号 掲載

感想

おもしろい。
登場人物が熱いのがいい。
とんとん拍子に進みすぎかなとは思うけど、ちょうどいい。

徹底して、中小企業が善で、大企業などは悪の枢軸だといわんばかりの出来すぎた展開だけど、それがスカッとする。

タイトルにある “ 下町 ” は感じないし “ ロケット ” も自力で飛ばすわけでもないが、そんな些細なことは気にならない。

いい結末になるのだろうなとは予想がつくけど、それでもグイグイとページが進む。

不思議だ。
こういう小説は、好きではないはずなのに。
おもしろいと感じる自分が気持ちいい。

技術ってなんだろう、と改めて考えさせられもする。
技術といっても、この本では、ものすごいことをやっているのではない。

ただ、ひたむきに、自分の信じるところに向き合って手を動かしているだけ。

モノづくりっていいなと、やっぱ木工をしたかったなと、思わせた読書だった。

登場人物

佃航平

死去した父親のあとを継いで、佃製作所の社長となる。
気持ちとしては、技術者寄りである。

元々は、宇宙科学開発機構の研究員。
そこでのロケット打ち上げに失敗、のち退職。
その失敗に、未だにわだかまりを抱いている。

殿村直弘

佃製作所の経理部長。
メインバンクからの出向者。

が、銀行の意向とは関係なく、佃製作所のために働きたいと思っている。

神谷修一

弁護士。
知的財産に詳しい。

佃製作所の技術力を評価。
弁護を引き受ける。
訴訟をおこしたナカシマ工業を逆に訴え、和解に持ち込む。

三田

ナカシマ工業役員。
新聞に手法を暴かれて和解に応じる。
実質的な敗訴だった。

浜崎

ベンチャーキャピタルのナショナル・インベストメントの社員。
佃製作所の技術を高く評価。
1億5000万の投資を検討する。

財前道生

帝国重工宇宙航空部開発グループ部長。
ロケット開発の “ スターダスト計画 ” の責任者。
ロケットの完全内製化を計画している。

水素エンジンのバルブシステムの特許出願したところ、佃製作所が同様の技術で、3ヶ月の差で先に特許を取得していたことが判明。

完全内製化には、どうしても必要な特許だった。
買い取ろうと、佃製作所と交渉相手をはじめる。

当初は上から目線ではあったが、佃の技術への情熱に共感を抱いていく。
完全内製化ではあるが、佃製作所の部品供給に尽力する。

富山

帝国重工社員。
財前をライバル視している。
財前を追い落とすために、佃製作所の部品供給のテストの担当者になる。

藤間

帝国重工の社長。
ロケットの完全内製化にこだわっていたが、最終的には佃製作所の部品供給を承諾する。

ネタバレあらすじ

主要取引先からの契約打ち切り

佃製作所は資本金2000万の中小企業。
小型エンジンメーカー。
社員は300名。

本社は東京の大田区。
技術開発、営業、経理の部門がある。
栃木県に工場があり、製品を量産している。

ある日、売上の1割を占める大口取引先から、突然の取引中止を告げられる。

驚いた佃は先方とかけあうが、社内の方針の変更でどうにもならないという。

となると、売上減少して赤字は確実だ。
売上だけではない。
増産を見込んで、設備投資を済ませて、人員も雇ったのだ。
売上を回復できるまでの運転資金は不足している。

銀行へ追加融資の申し込みをしたのだったが、断られたも同然だった。

開発費に投資しすぎている、と銀行側は指摘する。
技術への評価はゼロに等しかった。

競合相手から特許侵害の提訴

技術開発は縮小しなければなのか?
悩むところだった。

そんなときに、ナカシマ工業から訴状が届く。
競合する大手メーカーだ。

訴状を開いた佃は驚く。
ある製品が特許侵害しているので、販売中止せよという。
それに加えて、損害賠償の支払いも求める訴状だった。

損害賠償の請求額は90億円。
年間売上100億円の佃製作所に対しての90億円だ。

もちろん特許など侵害してはない。
そこは、製品を開発する際にも確めてもある。
届出の不備をついてきた、といってもいい訴状だった。

もちろん、すんなりと応じることはできない。
裁判で戦うことを決めたのだが、ナカシマ工業の弁護士事務所は強力だ。
国内では一流の実力を持つ。

裁判官も、大手企業寄りの判決となることも多い。
すでに厳しい結果が予想された。

ナカシマ工業は、訴えと同時にプレスリリースもした。
特許侵害で訴えられた、というのは信用を下げる。

すぐに、わるい影響が出た。
銀行の融資の見送りは、決定的となる。
取引先からも、取引中止を打診されもする。

一気に経営危機に

知的財産の裁判は、とにかく時間がかかる。
ナカシマ工業の弁護士の作戦も、そこにあった。
裁判を無駄に長引かせて、佃製作所が経営難となるのを待つのだ。

佃製作所が倒産寸前となったところへ、和解を持ちかける。
株式取得して子会社化して、保有している特許も手中にする、という狙いだ。

佃製作所は、なんとかして裁判に勝たなけらばならない。
そこから信用を回復して、銀行融資も受けて、さらに取引先を増やして、売上を回復するまでしなければならない。

が、経理部長の殿村は暗く言う。
今ある資金から計算すると、残された時間はあと1年しかないというのだ。

特許の買収の申し入れ

右往左往しているところに、佃製作所が持つバルブシステムの特許の買収の申し入れがある。
相手は、財閥企業の帝国重工。

ロケット開発部門の本部長の財前が訪れた。
水素エンジンの部品に必要な特許だったのだ。

提示された買収金額は20億。
たとえ20億であっても、開発コストから算出すると、足元をみた金額だった。

佃は判断に迷う。
経営者からすれば、今は資金が必要だ。
が、技術者からすれば、売れば特許が手から離れてしまう。
金の問題ではない、と言いたかった。

佃製作所内でも意見が割れた。
考えた末の返答は、特許は売らずに、使用料の支払いを求める特許使用契約を代案としたものだった。

が、財前からすれば、買収でなければ具合がわるい。
社長が決定した、ロケットの完全自社内製化に沿わない。
交渉は決裂した。

だが、財前は強気だった。
ナカシマ工業との裁判で、佃製作所が追い込まれたときに、再度、買収の交渉するつもりでいた。

裁判の勝訴

事態は好転の兆しを見せた。
ナカシマ工業との裁判に勝ったのだ。

佃製作所の新しい弁護士は、特許は正当だとして、逆にナカシマ工業を特許侵害で訴えたのだ。

裁判長は公平だった。
特許の不備をつき、時間稼ぎをするナカシマ工業への心証もわるくして、両者に和解を勧告したのだ。
これは実質的な判決に等しい。

裁判長から示された、ナカシマ工業から佃製作所への損害賠償金は56億円。
訴訟の取り下げも、条件に付け加えられている。

ナカシマ工業の弁護士は、上告しても逆転勝訴するのは難しいと判断。
ナカシマ工業内でも、手法を疑問視する声が挙がっていた。
新聞には、ナカシマ工業の手法を暴く記事も掲載された。

和解は成立した。

状況は一転する

56億の和解金を受け取ると知った銀行の支店長が、佃の元へ駆けつけてきた。
が、佃は、融資を全額返済した上で、今後の取引は断った。

見込みが外れた財前も、頭を下げにきた。
交渉は仕切りなおしとなる。

今度は、買収や特許使用契約ではなくて、部品の供給契約の交渉となる。

佃製作所にも、部品供給への挑戦よりも、特許使用契約のほうがいいとする者もいた。
しかし、佃は、押し切るようにして決定したのだった。

部品供給の契約へ

佃製作所の工場を見学した財前は、技術力の高さに驚かされる。
部品供給もいけるかもしれない、と考えなおす。
技術を試したい、という佃の想いに理解を示す。
佃が要望する、部品の供給契約を通すために、帝国重工内の調整に動きはじめた。

が、帝国重工のなかには、財前に失点を与えたい者もいる。
部品の供給契約は、そう簡単にはいかない。
製品のテストのほか、生産設備や財務の審査もある。
わざと審査落ちとして、使用契約に持ち込もうとする動きもでてきた。

審査の当日となった。
佃製作所を訪れた帝国重工の一同は、審査落ちを狙っている者で占められていた。

工場を見学して、さんざんと粗探しをする。
馬鹿にするような発言を繰り返す。

これが裏目にでた。
若手に火をつけたのだ。
全員が徹夜で、指摘された不備を解消する。

正式採用に

事前審査はクリアした。
次は、帝国重工と合同の製品テストとなる。

この期になっても、帝国重工のなかには、わざと製品テストを通らなくして、使用契約に持ち込もうとする者もいた。

それが元で燃焼実験には、人為的な不具合も発生した。
佃製作所のバルブシステムが、不良品となりかけた。

佃は技術者として、装置を分解して、徹夜で点検して原因を突き止める。
バルブシステムは完璧だったのだ。

製品テストの結果を受けて、財前は役員会に望む。
ロケットの完全内製化を掲げる社長を説得する。

社長は承諾した。
帝国重工のロケットの水素エンジンには、佃製作所のバルブシステム採用が決定したのだ。

ラスト5ページの結末

種子島宇宙センターでは、カウントダウンがはじまる。
そこには、佃製作所の社員たちがいた。

発射場を遠くから見つめている。
1人が叫ぶ。

「信じよう!俺たちの技術を!」

ロケットが火を噴いた。
社員は口々に絶叫する。

「必ず成功する!」
「必ずいく!」
「いけ!」

ロケットは浮いた。
雲を突き破っていく。
やがて、視界から消えていった。
打ち上げは成功したのだ。

「おれたちはやったんだ!」

佃は、震える声を絞り出した。
声は嗚咽に変わる。
言葉にはならなかった。


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