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阿刀田高「黒い自画像」読書感想文

阿刀田高を薦めたのは、722番の泉谷さん(仮名)だった。

官本室で選んでいると「たなっちゃん、あとうだたかし、ええで」と小声で話しかけてきたのだった。

そのときはじめて、阿刀田高は “ あとうだたかし ” と読むのを知る。

どこがいいのか聞きたかったが、立会の刑務官が「そこ、はなすな」というので後で聞くことにする。

それから整列。
運動場まで行進して「きゅうけぃ~はじめぇ!」で「よし!」となって30分間の休憩時間となる。

もう泉谷さんは、ランニングになっている。
運動場の周回を全力ではじめている。

それからは、腕立て伏せをやって、盛り上がっている雑談の輪に入ってからは中心になって話している。

じっとしていられない泉谷さんには、阿刀田高のどこがいいのか、ききそびれてしまった。


この本を選んだ理由

泉谷さんとは、雑居でも一緒だった。
2回目の懲罰のあとだった。

炊場(炊事係)だった泉谷さんは、廃棄予定のパンを股間に入れて持ち帰っていたのが発覚。
当然に懲罰。

それからは炊場から工場へ配置換えとなって、受刑生活2年目にして雑居にきたのだった。

人を笑わせたり、ふざけることが根っから好きで、面倒見もよくて、誰よりも手紙が来るのも多い。

娑婆での写真はエグザエルみたいで、あらゆるところでリーダー格だったのがうかがえた。

ちょっと短気でもある。
それは本人もわかっているらしくて「たなっちゃん、辛抱仮釈、短気は満期やで」と深刻そうにつぶやいている。

それにこっちが応える前に「ティー、ティー」と明るくテレビCMのマネをしている。

懲役を楽しんでいるかのようで、うらやましいくらい。

で、工場にきた泉谷さんは、補綴(ほてつ、衣服全般の係)となって半年ほどして、また懲罰になる。

争論(口論)になった2人を、持ち前の面倒見のよさで止めに入ったところ「うるせぇ」みたいなことを言われて、それがえらく頭にきたらしい。

「ええい!めんどくせえ!2人いっしょにかかってこいや!」と大騒ぎになって15日の懲罰になるという、自分からすれば異次元の動きをした泉谷さんだった。

ちなみに刑務所では、受刑者同士のいざこざは止めに入るな、たとえ殺し合いをしていても黙って作業を続けろ、と配役になった最初に刑務官から言われる。

・・・ 余談がすぎた。
感想文である。

で、読書ノートには、阿刀田高情報が溜まってきた。
新聞の書評には「要約の名人」と名前が挙げられてもいた。

国会図書館の職員、ミステリーから歴史まで問わず、短編が多い、とも書評にはあって書き込んである。

泉谷さんの推薦もある。

この状況は、読んでみたほうがいいということなのだろう。

単行本|2003年発刊|292ページ|角川書店

初出『本の旅人』 2002年1月~20023年3月 連載

読感

阿刀田高の2冊目を読みたいと思った。
何冊でも読んでもいける気がする。

阿刀田高に放った様子見のジャブが、的確にヒットしたという感じか。

ちょっと例えが変だ。

とはいっても、この本の内容は、しびれるほどではない。
どこがどうしていいのだろう?

どうやら文章のタッチが好きらしい。
短文をつなぐのがいい。
あっさりと場面を描写していくところもテンポがいい。

あとは会話の場面も好きだ。
短いセリフでくり返されているところが好み。

長いセリフばかりの小説だと、芝居かかっているようで、気分が醒めるのは気がついていた。

だって、日常で長ったらしいセリフをいう人なんている?

そりゃ、ここぞというとき長くはなるけど、雑談程度で一気に長く話す人なんてなかなかいないのではないか?

ざっくりとした内容

この本は短編集。
15編がある。

1編は、それぞれ16ページほどで、文字を数えてみたら6000文字ほどだった。

15編だから15人の主人公が登場する。
30代40代が中心で、半分近くは女性。

ほとんどが勤め人で、家庭を持つ身であり、一般常識も良心もふんだんに持ち合わせて日常生活を送っている。

それらの日常に、突然にしてスッと入り込んできた出来事が主題となっている。

ある者は、幼少期を振り返る。
そこから、ある者は不満を語り、悔いも語る。

また、ある者は、家族にも黙っていたことや話してないことを明かしていく。

不思議な夢や、不気味な体験を告白する。

過去を振り返る、というパターンは共通している。

15名それぞれが人には言えない、または言ったとして理解されない、自身でも理解してないという出来事を通して、黒い闇に飲まれていく。

結末は怖い。
ホラーというわけでもなく、ミステリーというのでもない。
ごちゃごちゃな怖さ。

オカルトチックなどんよりとした怖さがあったり、不安が残るじんわりとした怖さだったり。
透けて見える腹黒い怖さだったりもする。

転じて、コミカルとなったり、ノルスタジーが重なったりもしている。

少しばかりファンタジーじみた展開もあり、それが好きではない自分は少しばかり退屈になるもなったけど、短編だからちょうどいい。

3行でまとめてみた15の短編

30年ぶりに、小学校の遠足の地に来たサラリーマン。
この崖の上から、空を飛んだ記憶があるのだった。
目を閉じて、崖の上に立ち、本当に飛ぼうか迷う。

作曲コンクールに応募したOL。
みごとに入選した。
が、その曲には下敷きにした曲があった。

香水

小学生のイタヅラに、偶然に触れた男は勘違いする。
17年前に付き合った彼女からの再会の合図と思い込む。
日曜日に、妻に内緒で出かける。

彫像

収入が少ない夫の出費に腹を立てた妻。
外出して気分を変える。
ふと見上げたのは、ロダンの「考える人」の像だった。

青い靴

ダイニングに飾られた絵。
青いハイヒールが描かれていた。
男は、描かれた背景を推測する。

水の底

心臓の手術で蘇生した女。
幼少のころからの、不思議な記憶の意味がわかる。
小川の底を流れる記憶だった。

夜の衣装

サウジアラビアで行方不明になった幼なじみを心配する男。
ある日、誰もいない公園で揺れるブランコを目にする。
そのときに、幼なじみが死んだことを悟ったのだった。

赤道奇談

南太平洋の船旅で妊娠した若妻。
その船旅で夫は死んでしまうが、若妻は打ち明ける。
洋上にあった赤い線を船がくぐった・・・というのだ。

石見銀山

亡くなった父の机の引き出しから見つけた砒素の小瓶。
しばらくして、会社の上司が変死する。
砒素の小瓶に祈ったからかも・・・と男は思う。

無表情

5年ぶりに息子と暮すことになった母はよろこぶ。
その晩、息子はベランダでなにかをしている。
昼間に目にした、人形のマネをしていたのだった。

目撃者

同僚がえらくモテてている。
3人の女から同時にだ。
とはいえ、以外に納得できたこともあった男だった。

水葬

くり返し怖い夢を見る女。
ある日の夢で、それがなんなのか悟る。
子宮のなかに繋がっていたのだった。

車輪

20年以上も前の記憶がある。
あの記憶は本当のことだろうか?
男は何かがわかるかもと列車の車輪の間をくぐろうとした。

一昨年、ペットの猫を埋めた場所に現れた人相のわるい男。
その場所には、何十匹の蟹も沸いている。
埋まっているのは猫だけなのか?

小学校のころに、神社の境内に埋めた宝の缶。
それを30年ぶりに掘り出すと、中身は空だった。
缶を蹴ると、確かに声が聞こえてきたのだった。

読書ノートの行間の余談

3回目の懲罰がおわった泉谷さんは、そのままB級(犯罪傾向がある者が入る刑務所)に送られる。

「送られる」とは、こんなにも違いがあるものなのか。
出ていくのでもない、行くのでもない、移るでもない、動くでもない、連れていかれるでもない。

送られるだけが、さびしいものだとは知らなかった。

今になってみると、いちばんに泉谷さんが、あそこから出たがっていたと思われる。
なにかをしてないと、気が持たなかったのかも。

内にこもることで順応していた自分よりも、よっぽど周囲のことを考えていた。

なんにしても。
泉谷さん!
阿刀田高、読んだよ!
で、泉谷さんがいたから楽しかった!


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