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百田尚樹「幸福な生活」読書感想文

“ 字ヅラ ” がいい文章ってある。
字面と書いて字ヅラ。
パッとページをめくって、目に入ったときの感触。

文章の意味も内容も関係ない、だたの見た目。
文字の羅列のデザインというのか。

自分にとっては字ヅラって重要で、この字ヅラがイマイチだと、本当に読むのに難儀する。

ひらがなと漢字の交ぜ具合、文字の大小、句読点、段落、セリフの頻度、一文の具合。

組み合わせは様々になるので、これがいいという字ヅラはないが、ここに手が加わっているのが、読みやすいってことかもしれない。

そういうところでいうと、この19の短編が配されている「幸福な生活」は、かなり字ヅラがいい本になる。


答え合わせをするような最後の1行

終わりの1行が、さらに字ヅラをよく思わせる。
19の短編は、どれも1行のセリフで終わる。

ページをめくると、終わりの1行だけがある。
あとは空白。
1行のセリフだけがあるだけ。

19の短編のすべてが、そうなっている。
こんな手法の短編小説は、今まで読んだことがない。

それそれの短編は、どのくらいのページなのか?
数えてみた。

すると、15ページか17ページのいずれかに収まっている。
繰り返すけど、19の短編の最後の15ページか17ページは、めくられるとセリフの1行のみで終わる。

19の短編は、行の配分も並びも、文字量も考えつくされて書かれているのだった。

ページをめくる前に、その度に気構えさせられる。
「どうなっているんだろう?」と、確める気持ちでページをめくって、最後の1行で答え合わせをするようだ。

ここまで、字ヅラを考えて書かれた本も、ちょっとめずらしい気がする。

文庫|2013年発刊|337ページ|祥伝社

解説:宮藤官九朗

内容も多彩

字ヅラという見た目だけではなくて、書かれている内容もおもしろい。

カバーの裏の紹介文には “ 愛する人の秘密を描く ” とある。
暴くほうも、暴かれるほうも、様々だ。

結婚したての夫妻。
長い結婚生活の夫婦。
老いた母と息子や娘。
小さな子供とその母親。
死去した父親と息子、等々。

暴かれる秘密だって様々だ。
19の短編には、類似した秘密がひとつもない。

ゾクッとする怖さを残す秘密。
悲惨なその後を想像してしまう秘密。
胸がすく痛快な秘密。
巧妙さに呻ってしまう秘密もある。

読んでいる途中で想像がつく秘密も。
どんでん返しをなる秘密も。
後味がわるい秘密も。
笑ってしまう秘密もある。

百田尚樹の、引き出しの多さを感じさせる。

そのカバーの裏の紹介文には、百田尚樹は、1作ごとにジャンルが異なるエンターテインメント小説を次々と出すともある。
ダジャレではないけど、多彩で多才だ。

なんで書くことに専念しなくて、話題になるような発言ばっかりしてるのだろうと、自分からすれば不思議ばかりの百田尚樹でもある。

ネタバレあらすじ

母の記憶

「仕方ないから、いっしょに埋めちゃったのよ」

母は、申し訳なさそうに肩をすくめて言った。
アルツハイマーの母を、施設に見舞いに行ったときだ。

昔話になって、私が子供の頃に家出したまま、行方知れずになっている父のことにも話が及んだ。

すると母は、夜中に絞殺したという。
アルツハイマーだからと聞き流せなかった。

なぜなら、父の死体と一緒に埋めたというゴジラのおもちゃを、埋めたとする庭の池のモルタルの中から、先だって工事をしたときに見つけ出していたからだった。

なぜここにあるのだろうと不思議だったが・・・。

夜の訪問者

「見たな」

真っ赤な文字で書かれたメモが、そこにはあった。
妻の収納ケースに隠されていたファイルから、こぼれ落ちたメモだった。
私の浮気調査の報告書も入っていた。

そのファイルを見つけたのは、浮気相手が、不意に自宅を訪ねてきたからだった。
妻の友人としてであったから、平穏で済んでよかった。

が、浮気相手は「奥さんは気がついている」という。
私は気になって、収納ケースを調べてみたのだった。

妻は、浮気を全部わかっていたのか。
その上で、結婚生活を送っていたのだ・・・。

そっくりさ

「ひろしー」

夫に激似している男は、そう言っている。
わたしは、所用で出かけていた。
そのとき、駅のホームの反対側で、夫と激似の男を見かけて、あまりのそっくりさに驚いていたのだった。

激似の男の元へは「お父ちゃん!」と小さな男の子が走り寄っていく。
その後ろには、母親らしき女性もいる。

しかし、編集者をしている夫は、今日は仕事に出ているし、服装も違う。
わたしは、決して夫ではないと確める。

が、激似の男の手の甲には、黒い痣があるのだ。
わたしの心臓は止まりそうになった。
夫と同じ大きな黒い痣だ。

以前に夫は「ひろし」という名前を寝言でつぶやいていたこともある。
そのときは、ホモ気があるのかと思っていたけど・・・。

おとなしい妻

「奥さんのもう一つの人格ですよ」

少し困った顔で、医者は言う。
おとなしい妻なのだ。

その妻がパチンコ店で暴れていると、連絡を受けたときは信じられなかった。

電話の向こうで「ぶち殺すぞ!」と叫んでいる声の主は、妻だというのだ。
それで病院に連れていったのだったが・・・。

残りもの

「連続婦女暴行殺人犯です」

フリーライターの彼は笑いながら言った。
わたしの夫と、20年前の事件の犯人が、同姓同名とのことなのだ。

仕事に打ち込んできたわたしは、39歳にして見つけた理想の夫だった。
美容室のオーナーで、仕事熱心。
規則正しい生活を好み、孤高の人で、友人もほとんどない。

ちょっと、社会の出来事を知らないところもある。
若い頃の写真は、家事で自宅が全焼してしまって、残ってないとも聞いていたが・・・。

豹変

「できちゃったの」

妻はそう言う。
大きな目をくりくりさせて、にっこりしている。

子供ができずに、2年間が過ぎていた。
それでも妻は、健気に振舞う。
考えれば考えるほど、よく出来た妻で、私にはもったいないくらいだと思っていた。

そして私は、妻には内緒で、病院で診察を受けてみた。
結果は、残念なことに、妊娠させることができない精子だということだった。

いつかはそれを、妻に言わなければならない。
そう、悩んでいたときだったのだ・・・。

生命保険

「あの時のチンピラじゃない!」

わたしは叫んだ。
夫の大学時代の、劇団の写真を目にしたときだった。

夫とは、結婚して10年になる。
なにもとりえがない男だったが、生命保険みたいなもの。

結婚したきっかけは、わたしがチンピラに言いがかりをつけられてカラまれていたのを、体を張って助けてくれたのが夫だったから。

いつかは、わたしや家族に、大変な危機が訪れるかもしれない。
でも、その時は、きっと夫が護ってくれるという安心感。
だから生命保険のようなもの。

が、友人が見せてくれた写真には、たしかにあのときのチンピラが、夫と一緒に写っていたのだ・・・。

痴漢

「何かの間違いで、虎の尾を踏んでしまったのだろう」

刑事は、床に転がる射殺体を、顎で差しながら言った。
チンピラの死体は4つ。
弾丸からすると犯人はプロ。

刑事は知らない。
チンピラたちが痴漢をデッチあげて、金を脅し取られた家具職人の存在を・・・。

ブス談義

「私の顔、好きでしょ?」

美人といわれる妻は、にっこりと微笑んだ。
妻とは飛行機の中で偶然に知り合った。

それからのち、高校の同級生の結婚披露宴だった。
クラスのいちばんのブスが、両親の離婚で苗字が変わったことを知る。

その苗字は、妻の旧姓と同じだった。
そして気がついた。
娘も、そのブスの女性に似ているのだ・・・。

・・・ 以下、9編がつづく。
最後の1編が、題名になる「幸福な生活」となっている。

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