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川口マーン惠美「住んでみたヨーロッパ 9勝1敗で日本の勝ち」読書感想文

ここでの常識は、社会の非常識。
社会の非常識は、ここでの常識。

それを十分にわかっていて「オイ!コラァァ!」と叱責する北原刑務官(仮)だった。
そういうのって伝わってくる。

しかし、ここでの常識を、そのまま社会の常識としていて当然として「オイ!コラァァ!」と叱責する荒井刑務官(仮)もいる。

叱責は正当化される。
毎度のことだけど、だからダメなんだ、だから犯罪をしたんだ、そんなことでは社会に出て通用しない、また再犯するぞ、とネチネチと続く。

ちょっと機嫌がわるいと「オマエは懲罰いきたいんか!」「オマエはそういうヤツや!」「オマエなんて一生刑務所はいってろ!」と天才的に続く。

読書に逃げ込むしかなかった。
読書に没頭しているときだけ、ここが刑務所だと忘れることができた。

知見を広めたい、知識を得たい、考えを深めたい、という高いレベルの読書は二の次だった。

・・・ 話が飛んだ。

なにがいいたいのかというと、読書録を開くと、未だに鬱々とした気持ちになるということなのです。
もともと明るい人間なのに。


この本を選んだ理由

土日は、2冊の官本が借りれる。

1冊は、新聞の書評で医療小説とあった海堂尊の「ナイチンゲールの沈黙」を借りると決めている。

初めてのジャンルで、まったく予備知識がない小説になる。

もし「ナイチンゲールの沈黙」が難しかったときの保険として、インターバルの1冊として、思いっきり上から目線で、おもしろくなかったぁと気持ちを落とせる本を選びたい。

それも時間をかけずに読める本で。

そうして本棚を探っていると「9勝1敗で日本の勝ち」という題名が目が留まった。
この大袈裟さは、おもしろくないテイストが漂う。

手にとってみると、表紙のイラストもなかなか香ばしい。
川口マーン惠美、という名前も得体が知れない。

おそらく、その比較は、個人の趣味に依ったもの。
比較の対象も、まったくの好奇心からのもの。

ある意味、感受性が強い川口マーン惠美といえるが、それを以ってヨーロッパと日本を比較するのは、本の執筆者としていかがなもか、という感想すら浮かぶようだ。

官本を借りる時間は5分。
迷いなく2冊を借りた。

新書|2014年発刊|224ページ|講談社+α新書

感想

2時間半ほどで読める本。
で、おもしろかった。
初めて知ることばかり。

予想とはまったく反対だった。
単純には両者を比べてない。
歴史や背景を織り交ぜて、丁寧に書かれている。

好奇心や個人の好みで、日本とヨーロッパを比較している印象は感じない。

歴史的背景も合わせて、政治、経済、文化、生活までも紹介されている。

また、読む前から、いらぬ邪推をしてしまった。
人の名前にまで、得体が知れないと思ってしまった。

もともと自分は、こんな下卑た人間ではなかったのに。
矯正教育で人格が歪んだ・・・と実感できて、軽い自己嫌悪にも陥る。

川口マーン恵美は音楽家だった

著者は音楽家である。

1956年、大阪生まれ。
日本大学芸術学部学科音楽学科卒。

1982年、渡欧。
シュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科終了。

ドイツに住み30年余り。
ドイツ南部のシュトゥットガルト在住。

題名にある「9勝1敗」については、出版社の編集者がつけたと著者は明かしている。

大それた題名ではあるが・・・と恐縮そうに、まえがきで早々に明かしている。

そして、言いたいことはただ1つ、と著者は強調する。
「日本人は世界一の楽園に住んでいる」と熱く記して本文に移る。

税務署が教会税9%を徴収している

本文では、どこが日本の勝ちだとか、そこが負けているなどの指摘は全くない。
偏りもないし、過激でもない。

驚いたのが、ドイツの教会について。
ドイツの各州は、キリスト教会に、多額の賠償金を毎年払っている。

1803年からだという。
そのときに領地を没収した賠償金として、200年以上にわたり払われ続けているというのだ。
その額、日本円にして毎年約580億円。

よくも誰も文句を言わないものだ。
信仰の力なのか。

しかも、教会に属している人は、所得の9%を教会税として、委託されている税務署が徴収している。

1919年にワイマール共和国が定めた教会の権利が、なぜか今でも生きているとのこと。
その徴収額は、年間約6000億円。

しかも、その6000億円は、教会や修道院の修復や運営費には使われない。
ほとんどが聖職者の給料や年金になる。

日本では考えられない、という著者の内心が伝わるかのように書かれている。

奴隷制度の解説

ポーランドは車泥棒が多い。
ドイツのスリはモラルが低い。
日本の調査捕鯨を残酷としてるが、闘牛だって残酷。
人種差別も根強くある。
工事がずさん。
食品偽装がひどい。

などと著者は書いている。
かといって、ヨーロッパを嫌悪している様子はない。

全体としては目線は優しいし、冗談じみていて思わずクスッと笑ってしまう箇所も多い。

そのうちの一章を割いて、ヨーロッパに存在した奴隷制度について書いてある。

いわく、中世ヨーロッパは貧しかった。
主な輸出品はヨーロッパ人奴隷が主だった、というもの。

この章についてだけは、著者の嫌悪感が伝わってきた。

アルプスの北と南ではちがう

ヨーロッパとはいっても、北ヨーロッパと南ヨーロッパではことごとく違う、そう著者はいう。
アルプスを境にして北と南では、気候も人種も文化も違う。

オランダ生まれの画家のゴッホは、ヨーロッパの北と南については「光がちがう」と言っている。

ゴッホは、オランダにもパリにもない太陽を、南ヨーロッパのアルルで見た。

荒涼の北、豊饒の南というイメージは、ヨーロッパ人の頭の中に、今もしっかりこびりついているとも。

著者は、教養に溢れた人物なのはまちがいない。

日本人のリズム感は世界トップレベル

音楽に関したエピソードもふんだんにある。
歌舞伎とオペラの比較もあったりする。

その中でいちばんに呻って、そしてクスッとしてしまう箇所は、ドイツ人のリズム感のなさについて。
どのくらい酷いのか、これでもかと書いている。

ひとつの例としては、エアロビクスを挙げる。

著者は、世界各国のエアロビクスのスタジオにいったが、そこでのプログラムの楽曲は、特許の関係で共通している。

世界各国どこにいっても同じ音楽なのに、世界各国どこにいってもリズムを乱しているのは、決まってドイツ人だという。

バッハやベートーベンを生んだ国というのは、ドイツ人のリズム感とは関係ない。

日本の国技が相撲だからといって、全員が相撲をやるのではないと同じこと。

ついでにいえば、オランダ人とベルギー人も、たいがいはリズム感がずれていると続く。

音楽家として腹立たしいのかなと、そのまま読んでいると、以外に日本人のリズム感は抜群だという。

エアロビクスでいえば、世界各国どこにいってもピタッと動きを揃えているのは日本人だという。

このリズム感の差はなんなのか?

学校教育の良さもあるとしながらも、著書は長く不思議に思っていたようだ。

そして、ある時に、弦楽器と打楽器のちがいだと気がついたという。

ドイツやオランダは、弦楽器がさかん。
弦楽器は歌唱にはいいが、リズムはとりにくい。

対して、打楽器がさかんな国の人々は、リズム感がよくなると自説を述べる。

日本人でいえば、鐘と太鼓がリズム感をよくしていると、音楽家ならではの説得力がある。

音楽小説というジャンルがあるのかわからないが、音楽をやっている人が書いた小説、または音楽がテーマの小説もいいのかも・・・と感じさせた読書だった。


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