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陳舜臣「秘本 三国志 1巻」読書感想文

陳舜臣は、死去の記事を目にして知ったと思う。
2015年で90歳没。
本籍が台湾で、日本に帰化している。

中国の歴史についての小説が多数とあった。
もちろん、1冊も読んだことがなかった。

そもそも中国の歴史が、まったくわかってなかった。
長大すぎる。

三国志だって、西暦何年のことだか、なにがどうなったのか、よくわかってない。

同じような名前が多いのが混乱させる。
劉邦と劉備とか、孔子と孔明とか、項羽と関羽とか。

娑婆にいたころは、映画の『レッドクリフ』も観たけど、誰がどうしたという時代背景がよくわかってないから、それほど興奮もしなかった。


読んだきっかけ

三国志の前知識としては、受刑者になってから、官本で借りた漫画の『蒼天航路』を読んだのみ。

司馬遼太郎の『項羽と劉邦』を読んだことから、中国の歴史には興味は湧いてきたという状態。

そんなときに、回覧新聞の書評の記事に目が留まった。
陳舜臣は、司馬遼太郎と親交が深かったという。
大阪外国語学校で、先輩後輩の仲だったという。

司馬遼太郎が1923年生まれ。
陳舜臣が1924年生まれだ。

陳舜臣も、読まなければならない。
うん。
でも、秘本ってなんだろう?

単行本|1974年発刊|288ページ|文藝春秋

初出:オール読物 1974年新年号~

※ 筆者註 ・・・ 読んだのは単行本のほうです。
画像は1982年発刊の文庫本となってます。

1巻を読んだ感想

おもしろい。
全6巻の長編だから読めるかなと不安だったけど、すでに2巻を読みたい。

予想していた戦国モノとはちょっとちがうが、それだっておもしろい。
テンポよくページが進む。

漫画の『蒼天航路もよかったけど、小説のほうがこと細かく状況や背景がわかるので、理解が深まる。

曹操は小柄だった、董卓は強欲で肥満体だった、などと漫画とはちがうキャラクターが楽しい。

で、なんでだろう?
陳舜臣も好きな作家になったからか?
先輩後輩の様子を想像してしまったからか?
比べてしまったからか?

なぜか、司馬遼太郎の人物像がおっちょこちょいに造形されもした。

どこがどうというわけではない。
陳舜臣の文章は冷静で、司馬遼太郎の文章のほうには、熱さと前のめり感があるような気がしたからだと思われる。

ざっくりとしたあらすじ

時代は西暦184年。
漢帝国の末期。

“ 黄巾の乱 ” が勃発する直前。
反乱を計画しているのは、道教の最大教団『太平道』だ。

その道教の一派の『五斗米道』という教団が、この物語の中心となる。
五斗米道は、生き残るための画策する。

ちなみに五斗米道の名称は、入信するのに五斗の米を納めることからきている。

で、確かに “ 秘本 ” だ。
乱世で武力を持たない彼らは、まずは情報を得て、協力者を得て教団を存続させていく。

以外だったのが、それまでの中国の宗教は、道教だということ。

仏教は、これから “ 三国志 ” の時代になって、多くの死者が出ると共に広がっていく。

もっと昔から、中国って仏教だったと思っていた。

オーソドックスな三国志の主役は、この “ 秘本 ” では脇役となっている。

のちに『魏』を興す曹操は29才。
無職で読書の日々。

同じく『呉』の孫権は28才。
まだ1巻では登場しない。

同じく『蜀』の劉備は23才。
関羽は20才そこそこで、張飛は10才後半。
義兄弟の盟を交わす3人が、チョイ役として登場する。

孔明は登場するもなにも、まだ3才だ。

とにかくも、全6巻の長編小説の1巻である。
黄巾の乱からはじまる。

登場人物 - 五斗米道

少容(しょうよう)

道教の一派『五斗米道』の2代目の妻。
2代目の死去のあと、五斗米道の運営を手がける。

五斗米道が乱世に巻き込まれて潰れてしまわぬように、各地の情報を集めて、生き残りを画策する。

30代の半ばなのに、20代に見える若さがある。
陳潜の養母でもある。

陳潜(ちんせん)

五斗米道の幹部。
少容の命で、太平道の本部に滞在して連絡係となる。
のちには “ 月氏族 ” と協力関係となる。

義母である少容に、女性としての魅力を感じている。

張魯(ちょうろ)

小容の息子。
10代半ば。
20歳になった時点で、五斗米道の3代目を継ぐことが決まっている。

陳潜とは、兄弟同様に育てられる。

登場人物 - 太平道

張角(ちょうかく)

道教の最大の一派、太平道の教祖。
黄巾の乱を指揮して失敗する。

道教は、病気を治すことで信者を獲得していたが、そこにはカラクリがあった。

教祖が病人と対面する。
教祖は、相手のどこが痛むのか、どんな症状なのか、それらをピタリと当てる。

たった今、会ったばかりの教祖が当てるのだ。
病人は驚く。

が、実は読唇術だった。
側についている案内の者が、こっそりと唇を動かす。
教祖との対面までの間に、症状を聞きだしていたのだった。

あとは漢方薬を与える。
病気が治れば教団のおかげ。
治らなければ信仰が足りないとなる。

太平道では、読唇術ではなく、案内の者が持つ杖の指の置く位置で症状を伝えていた。

登場人物 - 月氏族

支英(しえい)

月氏族のリーダー的人物。

月氏族とはトルコ系民族。
北方の胡人や、中東の西域人とも交易を営み、漢の帝都の “ 洛陽 ” に在住する少数住民となる。

“ 白馬寺 ” の住職でもある。
在漢の月氏族の生き残りのために、そのときの権勢をふるう人物に奉仕してつながりも持つ。
漢人とも友好を保っている。

白馬寺とは、月氏族が建てた仏教寺院。
洛陽の郊外にある。
陳潜は、たびたび滞在をしている。

月氏族は仏教を信仰していた。
まだ中国には仏教は広まってない。
仏教という名称もない。
仏教徒は“ 浮屠 ” と呼ばれている。

登場人物 - 漢帝国

霊帝(れいてい)

漢帝国の皇帝。
官職を売る “ 売官 ” で財を蓄える。

この売官により、無能者でも要職に就くことになる。
民衆への搾取は激しくなるばかりだった。

死去してからは宮廷が混乱する。

董卓(とうたく)

漢軍の将軍。
地方に赴任していた

霊帝が死去したとき53歳。
軍幹部が暗殺されるなど、宮廷は混乱する。

事態を収拾するために董卓は動く。
“ 宦官一掃 ” を掲げて洛陽に入城し、幼帝を擁立。
宮廷の実権を握る。

で、強欲な圧政がはじまった。

曹操(そうそう)

黄巾の乱が勃発したとき29歳。
漢軍の司令官だったが、そのときに退官する。

なぜか?

黄巾の乱は、民衆に根づいている。
軍の司令官となれば、民衆からの攻撃からは逃れられない。
乱を鎮圧したところで、漢軍の諸将から妬みの対象になる。
そう考えての退官だった。

読書をして暮らすが、父親は心配する。
父親は “ 売官 ” で高位を得ており、曹操の再仕官のために尽力する。

ネタバレあらすじ

反乱に協力するかしないか?

太平道は、漢帝国への反乱の準備をしている。
そんな噂が流れる。

同じ道教の教団である五斗米道の元にも、協力を求める使者がくるかもしれない。
が、五斗米道としては、手放しで協力はできない。

反乱が成功すればいい。
が、もし反乱が失敗に終われば、協力した五斗米道も無事には済まない。
漢帝国軍と戦うのは無理だ。

だからといって協力しなかった場合、もし反乱が成功したならば、それはそれで状況はわるい。
太平道からは、激しい報復が予想される。

どちらに状況が変わっても、五斗米道だけは生き残るように、少容は先手を打つことにした。
まずは、反乱が成功するのか、確める必要があった。

西暦184年、黄巾の乱がはじまる

太平道の本拠地に、使者として向ったのは陳潜だった。

協力はすると、とりあえずは応じておく。
そのまま連絡係として滞在して、状況を把握して、反乱が成功するのか見極める。

それにより、どの程度の協力をすればいいのか、少容は判断するのだ。

やがて、太平道の本部に滞在している陳潜から連絡がきた。
反乱は失敗する、という分析だ。

やがて、太平道の計画が漢帝国側に漏れた。
“ 黄巾の乱 ” は失敗に終わったのだ。

漢帝国は弱体した

“ 黄巾の乱 ” は失敗した。
が、漢帝国崩壊へ繋がったのは確かだった。

漢帝国の体制は、それまでは各地に豪族が分立する形態となっていた。

それぞれの勢力は同じくらい。
皇帝は、彼らの盟主として存在しているという危ういバランスを保っていた。

そのバランスが崩れたのだ。
漢帝国の中央集権の力は弱まった。

反乱は完全には抑えられてなかった

中核となる太平道は壊滅した。
が、3年が経っても、まだ、完全に反乱は抑えられてはない。

残党が各地で勢力を盛り返していた。
多くの民衆も味方をしていたのだった。

五斗米道は、自立を保っていた。
張魯を3代目の主宰者とする新体制も固まりつつあった。

陳潜は、引き続き情報収集をしていた。
少容の命だった。

今後はどのような事態になるのか?

その動向を探っていたのだった。

五斗米道は白馬寺は協力関係になる

陳潜の拠点は、帝都の郊外にある白馬寺となっている。

そこの住職の支英も、在漢の月氏族の生命と利益を守るための対策を、漢人側にしていたからだった。
それには、早く正確な情報が必要だった。

五斗米道と白馬寺は、教義はちがうのだけど、行動原理は似ていたのだった。
そのため、両者は協力関係になっていた。

陳潜は、五斗米道と白馬寺のためにも各地に動き、情報収集をする。

道中では、曹操との知見を得る。
劉備と関羽と張飛の出会いを目にしたりもする。

西暦189年、霊帝の死去

皇帝が死去した。
後継者をめぐり、宮廷は混乱する。
高官が暗殺されもする。
実権を握ったのは、将軍の董卓だった。

白馬寺の支英は、董卓に策を献じる。
支援の将兵が毎日駆けつけているように偽装するのだ。
日に日に兵力が増しているように見せる工作だった。

夜間に、郊外にある白馬寺に将兵を泊まらせる。
明け方になると、門前に整列。
開門すると入城して、隊列を組んで宮廷に向かう。

そして、将兵たちは、それぞれが気がつかれないように夜までには白馬寺まで戻る。

それを毎日繰り返した。
董卓が多勢の兵を招集しているという噂は、実権を握るのに大いに助けになった。

董卓は、白馬寺の保護を約束した。
支英には、さまざまな便宜が与えられもした。

が、支英は、与えられた便宜を、月氏人のためだけには使わない。

董卓に財産を没収されかけている、漢人の商人を助ける。
反乱軍の残党である黄巾党も支援する。

董卓への裏切りにも、利敵行為にも見える。
しかしすべては、白馬寺の存続と、月氏人の安全のための画策だった。



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