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住野よる「青くて痛くて脆い」読書感想文

官本室に向かうときに “ 金線 ” がきた。
制帽と制服の袖には、金2本線の刺繍があるから金線。
上位の階級の刑務官で、ときおり様子を見て回っている。

とたんに、立会の刑務官は足元を鳴らして姿勢を正して敬礼して、大声で報告をする。
そのときには、居合わせた受刑者は動くのをやめて、すぐさま端に寄って壁に向かって直立する。

銀1本線か2本線の現場の刑務官は、敬礼をしたまま、どなるほどの大声で報告する。

「ホウシャスッ!ニトウイッカイソウインニジュウゴメイケツインニメイッ、ケツインウチワケハメンカイイチメイイムイチメイッ、ゲンザイイジョウアリマセーンッ!」

息継ぎは1回か2回かで、一気に大声で報告する。
普通に言えば以下である。

「報告します。2棟1階総員25名、欠員2名、欠員内訳は面会1名、医務1名、現在異常ありません」

金線は「ン」など喉の声を出しているだけ。
ちなみに、今までに「異常ありました!」という報告は1回もない。
あったら大変だけど。

・・・ 余談がすぎた。
とにかくも、受刑者と読書録である。


この本を選んだ理由

金線が立ち去って「よし!」だの「いけ!」だの声がかかるまでは、壁に向いて直立のまま。
自分は壁に向かいながら、これは官本を選ぶ時間が5分もないな、どの本にしようと考えている。

「いけ!」という声がかかる。
すぐに官本室に向かった。

昭和の本から、いったん離れようとは決めていた。
若い作家の本がいい。
ここいらで、現代の小説を読まなければ。

若い感性をはぐくむのだ、と “ 住野よる ” に目が止まった。
初めて読むし、プロフィールもわからないが、20代だろう。
たしか「君の膵臓をたべたい」という本もあった。
なぜ膵臓なのか、と記憶に残っている。

手に取って表紙をみる。
まちがいなく “ 青春小説 ” ではあるが、以外に読めているジャンルでもある。
速攻で借りたのだった。

単行本|2018年発刊|312ページ|角川書店

※筆者註 ・・・ 映画化もされているようです。そして、どういうわけなのか、今の今まで女性作家だと思っていたのです。そこに驚いてます。

読感

なんというのか。
読み終えたが、そのまんま、青くて痛くて脆いだった。
現在異常ありません、というしかできない。

いつもだったら、人気作家なのに感動できないなんて、共感できないなんて、やっぱ自分は普通じゃないんだ・・・と自己嫌悪がくるのに、この本はその兆しもない。
くどいけど、現在異常ありません、だ。

スマホとSNSが必須なのが現代を感じさせるが、リアリティーは感じない。
カラオケ、バーベキュー、たこ焼きパーティー、交流会といった場面が繰り返されるのが平坦すぎて、読むのが飽きてくる。
が、挫折するほどでもない。

2人きりではじめたサークルが、2年半で巨大組織となる妙が全く描かれてなくて、サークルが炎上するまでもトントン拍子に進み、やはり小説だと醒めて読んでもいた。

思いっきり上から目線で「つまらなかった!」と言い切れれば、それもまた楽しいのだろうけど、無心で「ん」と本を閉じただけだった。
ちょっと、年齢的に無理があった読書だったかもしれない。

ネタバレ登場人物

田端楓(たばたかえで)

大学4年生で就職活動中。
青くて痛くて脆い自分を自認している。
人を傷つけ人に傷つけられるのを避けるため、むやみにコミュニケーションをとらない、他人の意見に反することを出来るだけ口にしないと決めている。
そんな自分を見ないためにも、冷めた目線から周囲を見ている。

静かな大学生活望んでいたが、入学したときには、真反対の秋好と仲良くなった。
秋好と2人だけの遊の延長で、秘密結社と称して、とくに目的もなく『モアイ』というサークルをつくる。

サークルが巨大化する途中で、田端は抜ける。
後に『モアイ』は、就活系巨大サークルに変貌する。

秋好寿乃(あきよしひさの)

人の目を気にしない、言いたいことはきっぱりと伝える。
理想が大好きで、ポジティブに話す。
田畑と2人で『モアイ』を結成したときは、世界に目を向けて戦争撲滅のために平和活動をしようともいう。

その後の秋好は、人数が増えた『モアイ』の代表になる。
みんなにとって良いものにしたいという考えとなっていき『モアイ』は巨大化していく。

田畑が『モアイ』を抜けたのは、理想を目指すサークルではなく、今の現実を重視するサークルに変わってしまったと思ったからだった。

薫助 ( とうすけ)

田端の数少ない友人。
『モアイ』を潰そうという田畑の計画に乗る。
が、やりかたがいやだと途中で降りる。

ぽんちゃん

薫助の後輩の女性。
『モアイ』の幽霊メンバー。
遠距離恋愛中でもあるが、薫助のアパートに泊まったりもしている。

テン

『モアイ』幹部メンバー。
そつがない性格。

川原さん

田端がバイトするドラッグストアの同僚。
大学の後輩でもある。
ヤンキー女子大生、と田端は内心であだ名していて “ さん ” 付けして呼んでいる。
後に『モアイ』の代表となる。

ネタバレあらすじ

「もう、彼女はこの世にいない」

内定が決まった田畑は、大学生生活を振り返る。
入学して間もないころに、秋好と授業の席が隣になったことから話すようになったこと。
中学生のような理想論を話す彼女に唖然としたこと。

彼女とは、目的も活動内容も曖昧なまま『モアイ』というサークルを結成したこと。
彼女は自己満足な理想論をサークル活動にこじつけて、映画を観にいったり、講演会や展覧会にいったり、ボランティアに参加したりしたこと。

それから『モアイ』が、現実的な利益を求める就活系サークルに変わっていきながら巨大化して、当初からは異質な団体となってしまったこと。
そして「秋好はもうこの世にいない」と田端は思う。

彼女のために何かできないか

薫助には「あのモアイは僕と秋好がつくった」と打ち明けた田畑だった。
「秋好のためになにかできないか」とも。

話をきいた薫助は「モアイに対してなんらかのケリをつけるべきだ」と答える。
『モアイ』は大学内で目立ち、なにかと煩わしい存在となっていたのだ。

田端は「2人で戦おう!」と勢いづく。
『モアイ』を、もう1度、理想を掲げるサークルに戻らせようと決めたのだった。

目指すは『モアイ』の活動停止。
まずは情報収集だ。
『モアイ』の代表の “ ヒロ ” の弱点はないのか?

『モアイ』の幽霊メンバーとなっているポンちゃんから内部事情を聞きだす。
田畑は交流会に参加して『モアイ』の幹部メンバーであるテンとも友人になる。

女性関係で、なにかとよくない噂があるテンだった。
そこから、なんとか『モアイ』を活動停止に追い込めないかと田畑は考える。
バーベキューイベントに参加したりもして、テンの身辺を探ってもみた。

田端のバイト先の川原も『モアイ』に加入させた。
薫助のマンションで、ポンちゃんと川原も交えて、タコ焼きパーティーをして『モアイ』の内情を聞きだす。

しかし『モアイ』の代表の “ ヒロ ” の弱点は見つからない。
テンの女性関係については、やましいところがない。
どころか、薫助が、ポンちゃんに手を出していたのがタコ焼きパーティーのあとに判明した。

活動停止に追い込むネタができた

『モアイ』の活動停止を目指していたのだが、ハードルを下げて、弱体化させる程度で十分かもしれないと考えはじめていたときだった。
決定的な攻めどころを見つけたのだった。

『モアイ』は就活イベントを主催していた。
そこに参加した学生の連絡先を名簿にして、企業に無断で提供していたのだ。

田畑は関係者を装って、企業の人事担当者にメールを送る。
返信されたメールから、名簿の原本となるエクセルファイルのURLを入手。
パスワードもひょんなことから判明する。

これから『モアイ』に攻撃を仕掛けようというときだった。
薫助が「ここらへんで、やめにしとかねぇ」と言い出す。
陰でコソコソするような、やり方が気になるという。
しかも『モアイ』に一定の理解を示したのだ。

薫助とは言い合いになる。
「ポンちゃんを食った」と田畑は咎めて、2人は仲違いをした。

SNSで炎上してから

田畑は1人で『モアイ』に攻撃を仕掛ける。
まずは証拠を画像にしてSNSにUP。
それが拡散して、あっという間に炎上した。
週刊誌が取り上げて、企業のスキャンダルとして記事にもなった。

『モアイ』は叩かれる。
大学からは、なんらかのペナルティーを受ける事態となる。
そして、メンバーを前にして報告会を開くことになる。
『モアイ』の代表の “ ヒロ ” が、なんらかの発表をする。

当日、田端は会場となる大学のホールへと向かう。
1時間前には到着した。
そこで声をかけられる。
秋好だった。

『モアイ』の代表の “ ヒロ ” とは、秋好のことだったのだ。
話すのは久しぶりだったが、田畑は突っかかる。

「秋好のまわりには誰かがいただろ」
「・・・」
「僕なんて必要なかったんだろう」
「2年半まえも、ちゃんと話をしたかった」

多くは話さなかった秋好は、そういい残して報告会のためにホールへ向かう。
田端は、出席することなく帰る。

報告会の発表で

翌日に、バイト先で川原に聞くと、報告会での秋好は『モアイ』を解散すると発表したという。
田端の目的は達せられたのだ。

家に帰った田畑は、なんとなくパソコンを開く。
SNSのダミーアカウントに届けられた音声ファイルで、秋好の報告会の内容を聞く。

聞いたとたんだった。
後悔で吐き気がしてきたのだった。
秋好に謝りたい。
彼女の家まで自転車で走るが留守。
そのまま大学まで走った。

灯りの消えた大学の構内についた。
モアイメンバーがいる研究室に駆け込んで「モアイのためになにかをしたい!」と話したのだった。

ラスト10ページほど

夏から春となる。
社会人となった田畑は『モアイ』の交流会へ参加していた。
新しくなった『モアイ』の代表となっていた川原からの招待だった。

そこで、秋好の姿を見かける。
様子を見に来たらしい彼女は、田畑には気がつくことなく、やがて会場を立ち去った。
田端は会場を飛び出して、追いかける。
並木道を歩いていた彼女の背中に追いついた。

でも、声をかけるのが怖い。
どうしようか迷っている。
そんな自分に「もう1度、ちゃんと傷つけ!」と叱咤したのだった。

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