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米澤穂信「本と鍵の季節 」読書感想文

昼食のあと、刑務官の「官本!」という声がかかる。
希望者は、廊下の端にある「官本室」に集合する。
検身して入室。

その官本室には、だいたい2000冊くらいか。
古い本が多い。
営繕係の畳修理の作業場も兼ねているので、藁ほこりにまみれてもいる。

選ぶ時間は、長くて5分か6分。
娑婆では本など読んだことがなかったという者でも、次はなにを読もうかと目を凝らして選ぶ。

娯楽がないのだ。
読書が娯楽だった。


この本を選んだ理由

官本では新しいほうの本。
著者の米澤穂信は、まったく知らない。
なにを書いているのか、見当もつかない。
ぺらぺらとめくってみると、会話が多くある。
なんだか、雰囲気としては今風テイスト。

昭和テイストの読書から少し離れたい。
司馬遼太郎を読み終えてから、そう思っていた。
どんなに旨い料理でも飽きるように、どんなに好きな作家の本でも、そればかりだと飽きる。

決め手となったのは表紙の絵。
爽やかさを感じて、読もうと決めた。
藁ほこりを吹き払った。

2018年発刊|304ページ|集英社

読感

読んだ直後の感想

この本を選んでよかった。
昭和の小説が好きな自分からすれば新鮮。
すっごく新鮮!

主人公は2人の男子高校生。
高校生の日常に起きたたわいもない出来事が、ミステリー仕立てとなっていく。
人が殺されたり消えたりという大層なミステリーではないが、こういうのがおもしろい。

学園モノもミステリーも、それほど好きではなかった。
だから、なんの予備知識もなく、先入観もなくてよかった。
主人公が高校生のミステリー仕立てというのを事前に知っていたら、絶対に手に取ることがなかった。

自分のセンスが当たった!
ちょっとだけ、うれしくもある読書だった。

どういうところがおもしろいのか?

男子高校生の2人組だからいい。
明るくて軽快。
それでいて、若さ特有の、パワーが空回りして、思い込みも激しくて、といった青臭さがない。

それにしても、ずい分と大人な高校生だ。
今の高校生はこんなふうに頭がいいのかもしれないなぁ・・・とも思ってしまう。
昔のアホな高校生とは、出来がちがうのだ。
高校を途中でやめた自分がいうのもなんだけど。

推察していく様子がテンポいい

まず、ほんの少し感じた引っかかりがある。
その引っかかりを、お互いに言葉遊びをしているような軽快な会話をしていく。
そうして「ん?」と思える疑問を浮かび上がらせていく。

放課後のヒマな雑談から、若いパワーがのびのびと自由に考察を発散させていく。
先輩や後輩の頼まれごとが、意外な嘘を含んでいるのを明るくテンポよく見つけ出していく。
そこに若さが絡みあって爽快。

読み終えたのは免業日の午後。
便器の向こうの鉄格子の窓からは、5月の青空が見えた。
仮釈はどのくらいもらえるかな・・・と、速攻で現実に引き戻されたのが残念だった。

登場人物

堀川次郎

北八王子市にある高校の2年生。
とくに部活はやってない。
図書委員となってから、クラスはちがう松倉と放課後に一緒にいることが多くなる。
けっこう頭がいい。

松倉詩門

高校2年生。
背が高くてイケメン。
どこかひねくれているところがある。

堀川次郎によるあらすじ

913

松倉とは、高校2年生となった4月から、図書委員として話すようになった。
その日の放課後も、たいして利用者がいない図書室で、松倉と雑談を交えながら作業をしていた。

そこに3年の浦上麻里がきた。
アルバイトをしないかという。
亡くなった祖父の金庫を開けてほしいとのことだ。

解錠に必要なダイヤル番号は不明だけど、生前の祖父との会話からすると手がかりは部屋の中にあるはずだから、それを探ってほしいという。

浦上先輩の家に行ったのは次の日曜日。
もちろん松倉も一緒だ。

金庫がある一室の本棚から、ダイヤル番号の手がかりを得ることがはできた。
たぶん913だ。

そのとき、松倉が微かに目配せをしたのがわかった。
「調べ物があるので」と2人で屋外に出た。
お互いに、違和感を感じていたのはわかっていた。

まず、浦上先輩が祖父から直接に聞いたという手がかりは、よくよく聞くと、又聞きのようだ。

そもそも、なぜ、鍵の専門業者に依頼しないのか?
途中でトイレに行ったとき、見張るようにして母親が現れたのも不自然だった。

もっといえば、姉が持ってきた急須からのお茶が、なぜか爽健美茶に感じた。
「あの家では、なにかが起きている」と松倉はつぶやく。
俺も同感だった。

ある作戦をたてた。
まず俺が部屋に戻った。
居合わせた浦上先輩と母親と姉に、ダイヤル番号の推測を話して時間稼ぎをした。

その間に、松倉は家の中で衰弱している老人を見つけた。
もちろん老人は、浦上先輩の祖父であるのは間違いない。
松倉は、すぐに119番へ電話した。

その家には、母親と姉は住んでいなかったのだ。
祖父が衰弱したのに乗じて、金庫の中身を掠め取ろうとしていたのだった。

ロックオンロッカー

夏が始まりかけていた。
日曜日だった。

松倉とは、お互いに文句を言い合いながら、予約した美容室に向かっていた。
お友達紹介の割引があるため、一緒に行ったのだった。

午後7時に店へ行き、店長の出迎えをうけて、なんてことはない雑談を交えながらカットを終えて、店を出たのは8時前。

ずっと黙っていた松倉だった。
俺も、なんというのか、なにかコツンと小石をぶつけられたような、小さな違和感が、脳を訴えた気がしていた。

カットしているときから、店長の対応や雑談から、2点か3点ほど小さな引っかかりを、お互いに感じていたのはわかっていた。
帰り際の3人の客も引っかかる。

松倉は「そうか」と顔を上げて「おもしろい見せ物がある」という。
俺がそれを当てにいきながら、道路の反対側から、新商品のコーラを飲んで2人して店を眺めた。

あの美容室では盗難があるのだ。
そして店長は、犯人がスタッフだと目星をつけている。
今日、今からそれを暴こうとして備えていた・・・と松倉とは推測が一致した。

そのとたんだった。
警察が店の外にきた。
店内からはスタッフが飛び出して、逃げていったのだった。

金曜日に彼は何をしていたのか

7月となった。
期末テストが迫ったある日だった。
松倉とは、図書室で新刊本を受け入れる作業をしていた。

1年生の図書委員の植田もいるが、今は勉強をしている。
兄と共同部屋の植田は、図書室で勉強をしていたのだった。
その植田が、その兄のことで相談をしてきた。

兄の植田昇は、同じ高校の同じ2年生。
他校の者とケンカしたりなど素行がわるく、何度も停学処分となっている。

その兄が、テスト問題を盗もうとしたと生徒指導部の先生に疑われているのだった。
金曜日の夜、職員室の前の窓ガラスが割れていたのは、兄が忍び込もうしたからだと、釈明できなければ退学もあり得る、とまで強く言われている。

一方的に疑う先生も問題なのだが、それは置いとくとして、兄はガラスが割れたとされる午後7時半には学校の付近にはいなかったらしい。

親は心配しているのに、アリバイの証拠があるから大丈夫だしか言わない。
なにも話さない兄にも腹が立つが、なんとか親を安心させてもあげたい。
兄がバイトで留守をしている今のうちに、一緒に家で証拠を見つけてほしいとお願いされる。

松倉は以外にも、今から行こうと言い出す。
すんなりすぎる。
この類の話を嫌がる松倉のはずなのに。
ともかく、3人で植田の住居であるアパートへ向かった。

植田兄の鞄とズボンのポケットからは、マンガ本3冊のレシートを見つけた。
あと、どこにあるのかわからないラーメン屋の割引券も。
それにビニール袋に入った液体が詰まったスポイトのようなものを見つけた。

松倉は、これらの品から、兄は見舞いに行ったと仮定する。
その見舞い相手は誰か?
離れて暮らしている両親のいずれかだろう。

3000ピース級のジグゾーパズルが飾ってあること、エレクトーンを処分せずに置いてあること、玄関に邪魔なサンダルがあること。
これらのから、植田の両親は離婚していて、このアパートに引っ越してきたという状況は、俺だって把握できていた。

「隠すつもりはないです」と植田はいう。
で、離婚した父親は西東京市にいる。
ラーメン屋の割引券は、西東京市の病院の近くにあると判明もした。
タイムサービスがある割引券は、金曜日の夕方に西東京市にいたアリバイの証拠ともなった。

証拠はわかったが、兄が父親の見舞いにいったことが植田にとっては予想外だったらしい。
お礼を言う素振りも見せないまま、植田は驚いている。
そんな植田を置いて、松倉とさっさと帰った。

帰り道に松倉は、空を見上げた。
「あの証拠を握りつぶして兄が退学になれば、植田は部屋を1人で使えて勉強もはかどる。それがバレてもいいように、人間関係が切れてもかまわない相手を選んだのかもしれないな」となげやりだった。

俺はちがう考えだ。
「あの植田の驚きからすれば、証拠はポケットに戻されるはずだ。それに植田が不審なように、松倉、オマエも不審だ」と言い返してやった。

松倉は頭を掻いた。
バレてたのか、というようでもあった。
職員室の窓ガラスを割ったのは、松倉だったのだ。

教室に入り込んできた鳥を逃がしてやるため割ったことをサラリと明かして「じゃあな、堀川」と自分の帰り道へと歩みを進めた。

ない本

その日の放課後、松倉と図書当番をしていた。
すると、3年の長谷川きて「貸出し履歴で本を探してくれないか」と言ってきた。
1週間ほど前に自○したクラスメイトの香田が、最後に読んでいた本を知りたいという。

香田は死の直前に、放課後の教室で本を読んでいた。
声をかけたとき、その本には便箋みたいな紙が二つ折りになって挟んであって閉じられたのを見た。
もしかすると、それは遺書かもしれないと、長谷川は話す。

が、松倉はどうだ。
「貸出し履歴は見せられません」と無下に突っぱねた。
そんな態度に、長谷川は血色ばんだ。

俺は割って入って「本を探す手伝いはするけど利用者の秘密を守るという規約があるので見せられません」と説明した。

長谷川は「そんな規約が香田の最後の言葉より大事なのか!」と言い放つ。

松倉は「どんな立派なお題目でも、いつかは守られなくなるんだ。だったら、守れるうちは守りたいじゃないですか」と譲らない。

いくつかのやりとりの末に、その本の形や色や厚さから絞り込んで探していくこととなる。

が、長谷川は嘘をついていた。
香田が本を読んでいた放課後・・・などなかったのだ。
直接、遺書を預かっていたのだ。
それでいて、自○を止めることができなかったのを誰にも知られたくない。
どこからか、偶然に遺書が発見されたのを装いたい。
そのための本探しだった。

すでに、お互いに少しの違和感を感じていた。
が、そこからは松倉らしかった。
長谷川の嘘をひとつひとつ明らかにして、隠しごとを暴いて、意図しているところを突きつけた。

「松倉、そうじゃない!」と俺は悪意を非難した。
しかし長谷川は「やめてくれ!」と叫んで、図書室を飛び出していった。

「どうも、俺は人を信じるのが苦手だ」と松倉は小さなため息をつきながらつぶやいた。

昔話をきかせておくれよ

その日の放課後、図書委員の雑務をしながら「ヒマだな」とつぶやいたのは松倉のほうだった。
「昔話をしようぜ」と俺は言った。
テーマは宝探しとなった。

俺の昔話は、小学校のころのプールでの出来事。
たわいもない話だ。

が、松倉の昔話は、けっこう深刻だ。
泥棒に狙われた自営業者の話だった。
その自営業者は、泥棒対策のために現金を隠したまま死去。
隠されたままの現金の手がかりを、6年間探している。
が、見つからない。
堀川だったら違う視点で見つけられるかも、という。

俺は、父親の遺産のことを話しているのだなと察した。
が、そこまでは、わざわざ確かめはしなかった。

ともかく、昔話は宝探しとなった。
違う視点は効果はあった。
以前の松倉家から、ほど近い駐車場のワゴン車から、手がかりとなるマンションの鍵を見つけたのだった。

そのマンションは、群馬県の小さな町にあるのもわかった。
が、ここからは宝探しじゃない。
松倉の問題だ。
俺は、誘われた群馬のマンション行きを断る。

友よ知るなかれ

次の土曜日。
俺は、町の図書館へ向かう。
6年前の新聞記事を検索した。
宝探し中に、気になることがあったから調べてみたのだ。

調べてみて、わかったことがある。
俺の推測は、根本からちがっていた。

自営業者が松倉の父親ではない。
泥棒のほうが松倉の父親だったのだ。

自営業者は死んだが、松倉の父親は死んでない。
刑務所に服役中だ。
鍵があったワゴン車の駐車場代は、父親が払っていたのだ。

すぐに松倉に連絡した。
父親のことを調べた、とも正直に話した。
その上で、あの群馬のマンションにはいくな、その金には手をつけるな、と説得した。
松倉の返事は、はっきりしないままだった。

月曜になった。
俺は図書当番をしながら松倉を待っていた。
少しだけ腹を立たせながら。

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