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落合信彦「20世紀最後の真実」読書感想文

落合信彦は、世界各地へ取材に飛ぶ。

ニューヨークからカナダへ。
チリ、パラグアイ、ブラジル、アルゼンチンを回る。

そこからロスを経由して、西ドイツ。
小型機をチャーターして、デンマーク、ノルウェーへ。

“ その情報 ” をキャッチしてから、下調べと準備に2年間を費やしていた。

取材は1ヶ月に及び、1980年に『週間プレイボーイ』に連載された記事が本となった。

いったい “ その情報 ” とはなんなのか?

元ナチスの幹部である。
多くが南米に逃れているというのだ。
その数、5万から25万。

しかも。
ヒトラーは生きているという仮説がぶち上げられる。
仮説に沿うと、新生の第四帝国の準備をしているという。
南極大陸の基地で。

その勃興のときには、UFOに乗ったドイツ人がやってくる。
いや、米ソと三つ巴の戦いがはじまる。

ちょっと待ってくれ、といいたい。

んなことあるわけないじゃないか!
それに、もうソ連が崩壊しているじゃないか!

しかし、国際政治学者である落合信彦は止まらない。
驚くべき “ 真実 ” を追っていく。

南米の元ナチスの幹部には、インタビューが敢行された。

インタビューの手法は完成されている。
これは他の著書で読んだのだけど「相手を怒らせること」がインタビューのテクニックのひとつだとあった。

怒った相手は本音を漏らすからだ。
だから、この本のインタビューでも、けっこう失礼にツッこんで、元ナチスの幹部を怒らせている。

答えているほうは不快だろうけど、読者としてはおもしろい。


落合信彦の情報網が炸裂する

オイルマンとして “ 世界最大のバクチ ” といわれる石油採掘の現場に携わっていた落合信彦だけある。
シャレではないが、脂ぎった行動力はある。

まだインターネットがない時代。
当時は国際電話代が月に200万かかったと、なにかの雑誌で読んだ記憶がある。

この取材でも、さぞかし国際電話代がかさんだのは確かだ。

そんな落合信彦は、世界各国の人脈から “ 極秘情報 ” を国際電話の1本で入手する。

まずは、毎度おなじみのCIA(アメリカ中央情報局)の御一行様だ。

落合信彦の解説によると世界を動かしているのはCIAである。
日本の総理大臣だって、しょせんはCIAの手先である。

脇を固めるようにして、モサド(イスラエル諜報機関)も登場する。
モサドの諜報の実力は、CIAに勝るとも劣らない。

KGB(ソ連の情報局)の連中だって存在感を放っている。
まだ、がっつりと冷戦の時代だ。

“ 鉄のカーテン ” の向こうから、彼らはスパイとして大挙してやってくる。

イギリスのMI6、アメリカ海軍情報部、などの諜報機関も暗躍して、極秘情報と暗殺が入り乱れる。

うっさんくっさい人物も次々登場。

各国の政府高官、ペンタゴン幹部、FBI幹部。
彼らによって、さらに驚くべき極秘情報が寄せられる。
情報ソースは秘匿されるので、すべて仮名である。

国家機密レベルのトップシークレットも含まれるが、落合信彦には “ 友情 ” によって国際電話の1本で特別にもたらされるのだ。

さらには、元ナチスSS(親衛隊)の古参幹部も現れる。
ネオナチ幹部のインタビューだって衝撃だ。

さらには、国際ユダヤ協会のヒットチームがうごめく。
バチカンの神父も関わっているし、ローマ法王も黙認している・・・らしい。

身の安全のため、ほとんどが仮名である。

落合信彦は、そういった情報と取材を通して、次々に “ 真実 ” を明かしていく、というドキュメンタリータッチの本となっている。

ノンフィクション・・・である。

文庫本|1984年発刊|294ページ|集英社文庫

■副題■
いまも戦いつづけるナチスの残党

■初出■
週間『プレイボーイ』1980年8月-11月 連載

ネタバレあらすじ

チリにはドイツ人の町があった

通称 “ エスタンジア ” は確かに存在した。
チリの原生林を抜けたところに広がっていた。

自治が認められているという謎のドイツ人居住区だ。
噂としては聞いていたが、本当に存在した

そのエスタンジアは、千代田区の4倍の広さがある。
多くが農場となっているが、中心部はドイツの町並みを、そっくりそのまま移設したかの風景となっている。

が、なんだか町に人がいないなぁとウロウロしていると、突如として現れたゲルマン風の男たちに軟禁されてしまう。
カメラのフィルムも没収された。

警備の建物の前に、3時間ほど待機させられていた。
中からはドイツ語の怒鳴り声も聞こえてくる。

「我々の始末の仕方について話しているようです」

案内役を務める元ナチスのジョセフは蒼白になっている。
同行している『週間プレイボーイ』の杉山氏はガタガタと震えている。
落合も、心の底から恐怖を感じていた。

いよいよ、建物の中に連れ込まれて尋問がはじるまるのか。

そのとき。
町の通りの向こうからだ。
4台の車が猛スピードで近づいてきた。

急停車した4台から降りてきた武装兵と共に、そのキャプテンが告げた。

「チリ共和国政府の名において、あなた方3名を逮捕します!」

なんだか知らないが、助けにきたのだ。
ジャーナリストに何かがあって、国際問題に発展するのを懸念したチリ政府上層部から、地元の警察と軍に特別な指令が出されたらしい。

最寄の町まで戻ってから3人は釈放されたのだが、詳しいことは不明である。

アイヒマン誘拐の真相が語られた

~ 第2章 オデッサ・ファイルの虚構 ~ より

その日も、信彦は 落合は国際電話をしていた。
まだ携帯電話がない時代だ。

公衆電話でジャラジャラと小銭を入れながらだろう。
いや、テレホンカードか。

それはともかくも、パラグアイの首都アスンシオンにいた。

独裁国家のパラグアイは親ナチスであり、ドイツ系移民が経済に影響力を持っている。

取材をしたのは、元ナチスSSのキャプテンのカールだ。
現在はパラグアイで、レストランを経営している。

以前はアルゼンチンでレストランをしていて、その店では元ナチスSS中佐のアドルフ・アイヒマンも常連客だった。

しかしアイヒマンは、1960年に誘拐される。
イスラエルのモサドに。

国家の主権を侵す行為である。
が、アルゼンチン政府は黙殺している。

アイヒマンはイスラエルまで極秘で連行されてから逮捕の発表となって、死刑判決を受けて絞首刑となっている。

カールからは、そのアイヒマン誘拐の実際が語られた。
“ アイヒマン・テープ ” なるものを作成したからだという。

今でも “ ナチハンター ” を公言するユダヤ機関に命を狙われている元ナチス幹部たちだった。

「生きつづけることは、戦いつづけることを意味する」と65歳のカールは最後に語る。

次は、元ナチスSSメンバーで、現在は貿易商のヘルマンに取材する。

元ナチス幹部の多くが南米に逃れることができたのは、手助けする地下組織があったからだった。

ヘルマンも、ある地下組織によって南米に逃れた。

フレデリック・フォーサイスの『オデッサ・ファイル』で、それら逃亡組織は描かれているが、落合は実態を暴いていく。

これらの地下組織により、おおよそ5000名が逃れたと考えられる。

元ナチス古参幹部が現れた

~ 第3章 20世紀最後の真実 ~ より

落合はブラジルへ飛んだ。

これは後のほうに書かれているが、ナチスは南米への移住を推進していたので、ベルリン陥落後に逃亡する下地はできていたのだった。

ブラジルには南米最大のドイツ人の町があるが、ユダヤ機関の目も厳しい。

ナチスの残党だと正体がバレたら “ ナチハンター ” に殺されてしまう。
そのため、大物はブラジルから離れているようだ。

落合は、さらに国際電話をかけたのだろう。
次にはアルゼンチンに飛んだ。

ここには元ナチスの大物がいるのだ。
ヒットラーが政権をとる以前からの古参幹部だという。
公式には死んだとされている。

ちなみに本文では “ ヒトラー ” ではなく “ ヒットラー ” となっているので、以下はそれに準ずる。

なんにしても、その大物と親交があったジョセフが説得にかかったが、警戒のあまりになかなか OK がでない。

3日目にして、インタビューが取り付けられた。
彼はインタビューの場となるホテルに現れた。

もう80歳近い。
が、体全体からエネルギーがほとばしっている。

先入観があったためか、それまで会った誰よりも重みがあり、威厳すら感じさせた。

対照的なのは、同席した妻だった。
やつれ切っている。

愛想笑いをしていても、目だけは泣いているようだった。
これほど悲しそうな目は、今まで見たことがなかった。

バチカンが逃亡させたのは約45000名

インタビューが開始された。
まず彼は、どのようにして南米に逃亡したのか?

それはバチカンだった。

驚きを見せない落合が、唯一このときだけはちがった。
頭をバットだか棍棒だかで殴られた衝撃がしたと記してあった。

ふつうに重傷レベルだろ・・・
まあ、そこはいい・・・

そのベルリン陥落の直前。
バチカン法王庁に約3000名のナチスメンバーが逃亡にそなえて待機していた。

最終的には4万5000名ほどのナチスメンバーが、バチカンにより逃亡したとみられる

ナチスがソ連と戦ったこと、財宝を半分譲渡すること、それらがバチカンが逃亡に協力した大きな理由だという。

バチカン法王庁の3000名は、1度には脱出できない。
5名ずつ、2日か3日おきに船に乗る。

誰が先になるかは、最も危険な立場にある者からとなる。
彼は2番目だった。

1番目は、ハインリッヒ・ミュラーだった。
元ゲシュタボ長官だ。
公式には死んだとされている。

2番目に脱出した彼には、35万人の虐殺と45キロの金塊強奪の罪が、ユダヤ機関から科せられている。

この罪状について彼は、事実とは異なると詳細に語る。
どうして今になって語るのかというと、それを公表すると、アイヒマンと同じように処刑される。

そうでなくても、イスラエルは決してあきらめない。
現在でもモサドの追跡の気配はある。

これまで30回以上は住居は変えた。
今でも職場は2ヶ月に1度は変えている。

アルバイトしかできなくて、情けない話だが、これも生きるためだ。
この30年の間、心がやすらぐ日など1日とてなかった。

ここで落合は、ラスト・バタリオンの真偽を確かめた。
ラスト・バタリオンは “ 最後の部隊 ” と訳される。

勃興のときを待つ第四帝国が編成している軍隊だ。
そのときに現れて戦闘するのがラスト・バタリオン。

彼は、第四帝国もラスト・バタリオンも噂は耳にするが詳しくは知らない答える。

となると疑問がある。

なぜ、かつての大物に計画は知らされないのか?
なぜ、ナチスの貢献者が逃亡生活を続けるのか?

彼は、別におかしいことではないと答える。
第三帝国のメンバーとしての任務は終わったのだ。

これからの第四帝国は、過去の人間ではなく、若くて無限の力を秘めたゲルマン民族が必要だ。

我々古い時代の者は、我々の方法で、これからも戦いを続行していく他ない。

もちろん、第四帝国からの招請を受ければ喜んではせ参じると、すがすがしい彼だった。

彼の名前が伏せられた理由

インタビューは1日6時間、のべ2日にわたった。
最後に差しかかり、落合は質問する。

「戦争がもたらした惨めさを、あなた方は今でも味わっているわけだが、第三帝国の兵士として戦ったことに後悔しているか?」

「私は力の限り戦ったし、今でも戦いつづけているつもりだ。必要とあらば、もう1度、同じことをやるのもやぶさかではない」

南米で会った元ナチスメンバーは、彼に代表されるような戦闘型が多かった。

ところが。
西ドイツで会った元ナチスメンバーは正反対となる。

おどおどして常に言葉に気を遣い、見ていても気の毒なほどビクビクしていた。

言っていることも、すべてが弁解じみて聞こえてきた、と落合は両者の違いを記す。

で、彼の妻である。
2日間のインタビューを通して、ずっと隣に座っていた。
最後になって彼女にも質問する。

「今まで、いろいろと苦労したと思うが、現在の心境は?」

彼女はじーと下を見つめたままだった。
何もいわない。

突然、彼女は顔を両手で覆った。
泣いている。

彼は、これまでとはちがう静かな口調でいう。

「彼女こそ、最高の戦友だった。言語に尽くせない苦労にもかかわらず、グチをこぼしたこともなく、いやな顔ひとつしたことがなかった。彼女がいなかったら、私は生きる力を失っていたかもしれない」

彼女は顔を上げた。
そしてキッパリと言った。

「いつ終わるのか、私たちにはわかりません。しかし、私たちは生きつづけます」

正直いえば、インタビューをはじめたときは、彼の本名をそのまま発表しようと心に決めていた落合だった。

世界的なスクープになること間違いないからだ。
しかし、インタビューを終えると、この気持ちは変わった。

それは決して、彼女の涙のためではなかった。
生に対する、あくなき執念への称賛の心からだった。

彼からは、主義主張を超越した何かを見た思いもした。
懸命に戦いながら生き続ける男だけが持つ美しさのようなものがあった。

ヒットラーの自殺は影武者だった

~ 第4章 ヒットラーのダブル ~ より

南米での取材は終わった。
この本の半分を少し過ぎている。

次はヨーロッパだ。
その前に、ロスアンジェルスを経由する。
ロサンゼルスではなく “ ロスアンジェルス ” である。

そのロスアンジェルスでは、ヒットラーの歯型を調査したサギナー博士へのインタビューだ。
詳しいことは専門的になるので省くとあるが、さらに省く。

このインタビューによって、落合は確信を得る。

ベルリンの地下壕で自殺したされるヒットラーは、ダブル(影武者)ではないかという現実性が加えられたという確信だ。

ベルリンでのヒットラーの自殺は、細心の注意と準備をもってセットされて、見事に成功したドラマだったのである、と落合はロスアンジェルスを後にする。

西ドイツに到着した。
あいかわらず国際電話はかけまくっているだろうが、もうそれはいいだろう。

まずはヒットラーの専属パイロットであったハンスという男を訪ねた。

ベルリン陥落後はソ連軍の捕虜となり、モスクワの刑務所にぶち込まれていた経歴がある。

刑務所では、ヒットラーはどこに逃げたのか、繰り返し尋問された。

ソ連軍はベルリンに1番乗りをして調査をしているが、ヒットラーの自殺には多くの疑問点を見出していたのだ。

スターリンは、ヒットラーは逃亡したと語っている。

が、ハンスは、そのときから死んだものだと思っていたので答えようがない。

もし、ヒットラーが生きて再登場したときの混乱にそなえて『確かに死んだ』という宣約書にサインをさせられたという。

このインタビューでは、それ以上は得るものはなかったが、ヒットラーの身長が正確に判明したという収穫があった。

正確には、ヒットラーの身長は170センチなのだ。
ところが、数々の資料や写真を精査してみると、5センチから10センチほどのズレが出ている。

チャーチルだってダブルがいたのだ。
ヒットラーにもダブルはいても、とくには突飛もなくはない。

ベルリンでのヒットラー自殺は、ダブルだったとも十分に考えられる。
また、そのような情報もある。

ヒットラーはノルウェーからUボートで脱出

~ 第4章 ヒットラーのダブル ~ より

次にデンマークのトンダーへ向かう。
ベルリン陥落の直前に、ここの飛行場でヒットラーを見たという記録があるのだ。

ヒットラーは、来たるベルリン陥落に備えて、脱出ルートを構築していた形跡もある。

そのルートだけは常にジェット機が旋回していて、制空権が保たれていたと記録にある。

デンマークは平地が広がる。
小型機をチャーターして向かうと、果たしてトンダーには飛行場の跡があった。

周辺の住民へ聞き込みをすると、終戦直後には連合国の調査団がやってきて、つぶさに調べたという。

ここが脱出ルートの中継地点だったと、落合は現地で検証していく。

次にチャーター機は、ノルウェーのクリスチャンサンドへ飛んだ。
チャーター機の眼下には、フィヨルドの大自然が見えた。

いちいち書いてはないが、これまで『週間プレイボーイ』の杉山氏も同行している。

なぜかはわからないが、杉山氏にとっては、楽しい旅行となっている気配が本文からは伝わってくる。

のん気な杉山氏はどうでもいいとして、クリスチャンサンドには、Uボートの基地があったのだ。

現地を歩く落合は、Uボートの大艦隊が停泊できる港であるのを確認する。

残る記録によれば、1945年5月2日、ここからUボートの大艦隊が出発している。

数々の目撃証言と資料からすると、もし、ヒットラーがベルリンを脱出したとすれば、この5月2日だろう。

ここから出航したUボートの大艦隊は、おそらくアルゼンチンへ向かった。

なぜかといえば、ドイツ降伏の直後からは、アルゼンチン近海で数隻のUボートの投降が相次いでいる。

アルゼンチン当局が行った、それらUボートの乗組員への取調べの記録では、乗員の年齢は20歳前後。
定員の倍以上が乗艦していた。

艦長ですら20歳そこそこで、このクリスチャンサンドから出航した大艦隊から離れ離れになったと供述している。

行き先は知らされてなく、潜水してからは、無線連絡と海面への浮上が一切禁止となっていた、と記録にはある。

大艦隊の艦数は不明。
が、数隻が行方不明になってもサーチしないところから、相当数だったと推測できる。

また、2隻のUボートがアルゼンチン沿岸に現れて、積荷を降ろしてから、また出航したとの記録も残っている。

では、ヒットラーの大艦隊の最終目的地はどこだったのか?

ここに、各国の諜報機関でとり沙汰される第四帝国勃興の元がある。

消えた25万人のドイツ人の謎も当てはまる。

UFOはナチスが開発していた

~ 第5章 1945年のUFO ~ より

ここにきて落合は、取材の最初に行ったフリードリッヒなる人物へのインタビューを載せる。
冒頭の “ エスタンジア ” の所在地を明かした人物となる。

チリ在住の、ある秘密組織の責任者だ。
秘密組織といっても、元ナチス党員を中心にした会員数は数十万人だという。
1種の “ ネオナチ ” である。

このフリードリッヒが所持する、記録、データ、写真は豊富である。

ナチスの科学者たちが開発した驚くべき兵器が多くが写真入りで語られる。

歴史に “ もし ” はないが、もし、もう1年だけ戦争が長引いていたならナチスは勝利したとのフリードリッヒの言がうなずける兵器の数々となっている。

秘密兵器からUFOへと移るのは、自然な流れとなる。

それによると、1941年には、ナチスはUFOの試作機を完成させた。

つまりは、UFOは宇宙からきているのではなくて、ナチスが開発したものだとフリードリッヒはいうのだ。

明かされるUFOは細部にまで及ぶ。
試作機は3号になると、直径75メートル、時速3000キロ、動力は電磁波推進、高熱になると7色に光る合金でできている。

技術はわかったが疑問がある。

ナチスのUFOは、どこから来ているのか?

それは南極大陸だと、すでに落合は見当をつけていた。
というのも、ナチスは南極大陸の調査を積極的に行っているし、その領有も宣言している。

表情が変わったフリードリッヒだったが答えない。
その代わりに、ある手紙をキャビネットから取り出した。

元ドイツ空軍の将校が筆記した手紙だ。
末期の癌で、死期が迫るなかで書かれたものだという。

担当の看護婦、いや、女性看護師に手渡されて、組織のエージェントに送られた手紙となる。

5ページにわたり全文が掲載されている。
本を書くための序文だったというので、物語風の手紙だ。

戦時中に開発されたUFOに乗り、戦後は南極の基地で任務についたことが記されている。

これらをフリードリッヒが公表しないのは、世界のメディアはユダヤが握っているし、結局は興味本位にしか取り上げないからだという。

あれやこれやとインタビューは1章が費やされいるが、その他をザックリとまとめると以下である。

南極の基地では、UFO開発が引き続き行われている。
第四帝国の新しい部隊も編成されている。

南米各地のドイツ人移住地では食料生産をして、南極の基地に供給している。
エスタンジアでは、UFOの部品工場もある。

第四帝国の資金源は “ 偽札造り ” である。
ナチスは偽札造りの技術者を多く抱えていた。

現に大戦中には、イギリスの偽ポンド札をつくり混乱させるのに成功している。

現在は、ドルを乱発している。
IMF(国際通貨基金)のデータを示して補足されてもいる。

ラスト4ページと感想

~ 第6章 ザ・ラスト・バラリオン ~ より

落合は、国際政治学者らしく分析をする。

イギリス戦略研究所によると、1983年に米ソの核バランスは逆転する。

ペンタゴン関係者は、逆転は1985年と分析しているが、いずれにしてもソ連の軍事的な優位は決定的となる。

アメリカは、この軍事的な劣勢をはね返すためにキッカケをつかもうとしている。

そのキッカケとは、ほかならぬ石油問題である。

近いうちに、ソ連は石油輸入国になる。
これは、CIA、メジャー(大手石油会社6社)、OPEC(石油輸出国機構)の一致した意見となっている。

それは1983年と目されている。
核バランスの逆転と一致するのだ。

対抗策として考えられる高めの可能性は、その1983年にソ連が中東に侵攻するケースだ。
米ソが軍事衝突するのは十分にありえる。

そのときこそ、ヒットラーが望んでいるときである。
といえるのは、ヒットラーは、米ソの対決を予見する発言を多く残している。

あえてヒットラーの予言を受け入れるなら、米ソの対決のときこそ、ラスト・バタリオンが秘密兵器をもって世界史の舞台に登場してくるはずである。

そして、米ソと第三帝国の生き残りであるラスト・バタリオンの三つ巴の戦いが展開されるだろう。

この闘いが、20世紀最大かつ最後のスペクタルとなるのだ。


1980年5月半ば・・・。
すべての取材は終わった・・・。

我々は、コペンハーゲン空港を発って帰路についた。
飛行機が北極圏に達したとき。

はるかかなたに、鮮やかなオーロラが映った。
となりの席にいる杉山氏がポツリと言った。

「いやあ、世界って本当に広いものなんですね」

・・・ と終わる。
本を閉じて空を見上げた。

落合信彦は、ネオナチ信奉者ではないと最初のほうに記してあるが、取材を進めるうちに、軽い洗脳状態に陥ってしまったのではないのか。

まさかな。
大国際政治学者の大落合大信彦に限ってはそんなことはないだろう。

ひとつだけいえるのは、信じようが信じまいが、今の生活には全く支障がないということ。

それだったら、いっちょ信じてみたほうが、この本のおもしろさはグッと上がる。

いつ、第四帝国のUFOが空の向こうに現れるのだろう?
それか、もしかして、計画は頓挫したのではないのか?

考えるに、後者の可能性が非常に高い。
取材から45年が経つのだ。

さすがにもう、ヒトラーだって生きてないだろう。
彼らだって、やる気がなくなったとしても不思議ではない。

嫌になっちゃったのだろう。
南極じゃあ、いろいろ厳しそうだし。

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