山寺の和尚さん物語[8/12話]乃十二ノ第八話

 七話より続く

(この物語は会話が中心の会話体になっておりますので、1話から読むと分かりやすいようになっています)

 営業マンが売っているものは、代金と交換する有形物のみならず、

1)商品の信用

2)会社の信用

3)営業マンの信用

の三つの無形物であることを知った細川社長は、あわてました。

「ちょっと待って下さいよ。営業マンに顧客が付いたら、まずい」

「何故じゃ?」

「お客さんは会社のお客さんですよ?営業マン個人のお客さんじゃありません」


「そうじゃ」

「営業マンが独立したら、お客さんを取られてしまいます」

「優秀な営業マンに限って、独立したがるもんじゃ」

「そんな。優秀な営業マンにこそ、いてほしいのに」

「ならば、待遇を良くすることじゃ」

「できる限りのことは、しているんですけどねえ」

「いっそのこと、取締役にしたらどうじゃ?独立せんでも、経営者になれる」

「え?」


「人事戦略じゃ。経営戦略と、営業戦略は、密接につながっておるでのう」

「当社は同族経営です。細川以外の者が、経営に加わることは、できません」

「それは、社長さん、おぬしの経営判断じゃよ」

「確かに、人事は、私の判断ですが」

「子会社を作って、そこの社長に据えたって、ええのじゃぞ?」

「独立制度ですか」

「独立させてみて、本人が、経営者に向かないと思ったら、帰って来られる制度を布いている企業もあるくらいじゃ」

「急成長した薬局のことですね。その制度ならば、優秀な人材が、ライバル企業へ流出しなくて済みますね」


「そうすれば、たとえ、お客さんが付いていっても、最終的には、グループ全体の利益になるという仕組みじゃ」

「円満に独立できますし、会社がヒト・モノ・カネをバックアップしますから、業務の移行もスムーズに進みますね」

「それくらいの規模で戦略を考える経営者なのか、それとも、営業マンに顧客が付いたら、まずいと考える経営者なのか?じゃな。ふぉふぉふぉ」

「ちぇ。やられたな。経営者、つまり、私が考える戦略の規模ですか」

「経営者も、しょせんは、人じゃ。どう考える人か?によって、経営する企業も変わる」

「そう考えて、振り返ってみれば、これまで、何度か、目先の十万円ほしさに、その後ろにある一千万円を逃してきたかも」

「しみったれた人間が経営する会社は、小利大損の経営になる定めなんじゃよ」


「しみったれは、ひどい」

「それでも、細川の同族経営にこだわるのかのう」

「そりゃあ、建前論としては、企業は公器ですからね。一族の支配はおかしい」

「しかし、現実には、資本金一億円未満の九十七%が、同族経営じゃよ」

「中小企業が多い証拠ですね」

「中小企業のままで行くのか、その上を目指すのか、まさに、経営戦略じゃな」

「その上を目指すにしても、優秀な営業マンあっての成長ですからね。優秀な営業マンを採用するのは、困難ですし」

「優秀な営業マンを採用するのが難しいのは、地縁や血縁といった何らかの事情でもない限り、もう既に、どこかの会社で優遇されているか、独立しておるからじゃ」

「独立させない手段は、ないものでしょうか」


「せいぜい、就業規則とか、社内のルールを整備しておくことじゃ」

「就業規則なんかで防げますかねえ?」

「まあ、無理じゃろうな」

「でしたら、やっぱり、営業マンの信用を売るわけにはいきません」

「そう考えて、営業社員を歯車にするのも、おぬしの経営判断じゃよ」

「歯車?」

「営業マンならば、誰でもいいってコトじゃ」

「誰でもいいでしょう、売ってくるなら」

「ならば、営業マンを、歯車にしておくことじゃ。ぶっちゃけ、使い捨てじゃな」

「使い捨てとは言いませんが、営業マンに顧客が付くのは、やっぱり、まずい」


「歯車は、会社にとって、都合の良い営業マンじゃ」

「替えは幾らでもありますからね」

「他方、顧客が付いている営業マンを、会社は手放したくないもんじゃろ?」

「独立されたら、いや、ライバル会社に移籍されたら、たまったもんじゃありませんもの」

「会社と、営業マンの、駆け引きじゃな」

「歯車の替えは幾らでもあるけど、優秀な営業マンの替えは、滅多ありませんからね」

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