見出し画像

1.噴水の街-1.ジェラート屋のこと en PACA

12時間ほどのフライトでパリ・シャルル・ド・ゴール国際空港に着いたのが、4:30AM頃。トランジットで2時間半ほど待ったのを含めて、マルセイユ・プロヴァンス空港に到着したのが、8:30AMくらいか。車でエクス=アン=プロヴァンスの街に着いたときには、9時になろうとしていた。

噴水がたくさんあるこの街でも一番大きなものであるロトンドの噴水のまわりをいくつかの企業のロゴマークの入った横断幕やのぼりがかこっていた。何か祭りでもあるようだ。いや、何かのレースだろうか。円形広場のまわりに何台もの大型バスが停まっている。旅行客のような人たちがそのまわりにいるのを横目で見ながら、円形広場をぐるりと歩いていく。
まだ4月が終わるかどうかというくらいなのに、南仏プロヴァンス地方の街の陽射しはつよく、乾いたような色合いの石畳に色濃い影を落としていた。デコボコの石の上をガタガタ言わせながらスーツケースを引いていた私は、茶の下地に白と淡いオレンジの格子柄の入った厚めのリネンのコートを着ていたことを後悔していた。

画像1

ロトンドの噴水のある広場を背にして放射線状に伸びた通りのひとつ、エスパリア通りをすこし歩いたところに、予約したホテルのサインを見つける。ホテルの前にも小さな噴水があり、そのまわりをカフェのテーブルが囲んでいたが、この時間さすがにまだ客はいなかった。サングラスをかけた中年の男性2人が立ったまま会話をしている。2人とも声が大きいし早口だ。カフェの人と近所に住む人という感じか。

ホテルの入口は狭かった。ちょうど外に出ようとしていたフランス人の老夫婦と鉢合わせしそうになる。品の良さそうな夫のほうは僕らに微笑みかけたが、夫人のほうは目も合わせようとしなかった。
妻がチェックインしているのを待ちながら、室内の様子をきょろきょろと見回す。フロントのすこし奥にある食堂はまだ数組朝食を食べている客たちの影がみえる。フランス語と英語の会話の声がする。なんとなくほっとするような気持ちになる。

小さなエレベーターに大きなスーツケースを2台押しこみ、3階へと登る。部屋に入ると思ったより広かった。2つある窓の1つは先ほど通ってきたエスパリア通りの向かいの建物がみえる。反対側の窓から見える建物はどうやら裏側のようだ。となると、下は中庭のようになっているのか。とりあえず着ていたリネンのコートを脱いでし、白いコットンのシャツ1枚になり、コートをハンガーにかけてクローゼットへと押し込む。喉が渇いた。飛行機のなかで配られてあけていなかった小さな水のペットボトルをあけて飲む。とにかく暑い。まだ4月なのに。

やっと来れたね、と妻がいう。まあ、そうだ、やっと。こんな感じだったっけ、と彼女は続ける。こんな感じだったと思う。いや、こんなに暑かっただろうか。これも気候変動のせいなのか。暑いのを除けば前に来たときの印象といまのところ変わってないように思える。

8年ぶりになる。このエクスの街を訪れたのは。
画家のポール・セザンヌが生まれ、ここで生涯を閉じた街であるエクス。彼のアトリエ跡が残っていて、前に訪れたとき、行ってみた。街の中心部からアトリエ跡に続く道は登り坂になっていたこともあり、セザンヌが何度も描いたサント・ヴィクトワール山がそこから見えるかと思ったが、見えなかった。

そういえば前に来たとき、ジェラート屋でアイスを食べたが、裏の窓から背面がみえる建物がジェラート屋のある建物かもしれない。妻がベッドで横になりながら、暑かったね、といっている。前に来たとき、そのへんでアイス食べたよね、というと、まだお店あるのかな、という返答。たしかに、そうだ、まだあるかわからない。

変わったのはこの暑さだけではないのかもしれない。8年ぶりという時の流れによるというよりも、一昨年の出来事をきっかけに世界そのものがガラッと変わったのだ。前の世界といまの世界には大きすぎる亀裂がある。裏手にあったジェラート屋は果たしてその亀裂をこちら側に渡りきっているのだろうか。いろんなものが渡りきれずに亀裂に飲み込まれてしまった、この世界で。

あとでまだあるか見に行ってみよう。私は妻にそう言った。


基本的にnoteは無料で提供していきたいなと思っていますが、サポートいただけると励みになります。応援の気持ちを期待してます。