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Weの市民革命/佐久間裕美子

消費アクティビズム。エシカル消費。

なんと呼ぶかはよいとして、モノを買い、使い、捨てるということに対して責任をもつということが、この世界を正常なものにできるかどうかにつながっている。
佐久間裕美子の『Weの市民革命』は、そのことをあらためて考えさせてくれる一冊だ。

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とあるプロジェクトで、昨年、佐久間さんにお話を伺う機会をもらったのは、7月のことだった。
当時、佐久間さんは、NYでCOVID-19が蔓延するなか、この本にも書かれているようにNYの自宅から離れた「山のなか」の住まいでzoomでのインタビューに対応してくださった。

そのときもこの本のタイトルにもなっている「We」という話をしてくださったのを覚えている。

話を聞きながら、自分たちの暮らしをより良いものに変えていくために、何を買い、何を買わないかも含めて、企業に対して毅然とした姿勢で行動するミレニアル世代、ジェネレーションZ世代のアメリカの人たちの積極的な活動を知り、日本の現状との差を感じた。
それはこの再度の緊急事態宣言下の状況になってなお、感染が拡大する状況を国や自治体、あるいはリモートワークを容認しない企業のせいばかりにして、自分たち自身=Weの積極的な関与によってどうにかしていこうという姿勢の見られない、この状況において、余計にその差を実感させられている。

だから、この本の存在を年明けすぐに知って、Amazonで注文した。
でも、いま読み終わったあとでは、Amazonから買ったのが良かったのだろうか?と考えはじめてもいる。

そう。そんな風に、誰から買うか、何を買うのかということを僕らは常に考えて行動しなくてはならない状況にあるのだということを、この本ははっきりと教えてくれる。

Amazonでモノを買わない

2016年の大統領選(このあいだの選挙の前の回の話しだ)の最中、Amazonが極右サイトの「ブライトバート」に広告を出していたことがアメリカで話題になったことがあったという。
そのとき、佐久間さんが暮らしていたアパートを管理人の黒人男性が「もうアマゾンからは物を買うわけにはいかんな」と決別宣言をするのを聞いたそうだ。
白人至上主義と超保守主義のデマが並ぶとメディアを認める企業にお金を落とすのは、その思想を間接的に支援することにつながってしまうからだ。佐久間さんもそのとき以来、彼に連帯してAmazonの使用を辞めたそうだ。

これがいわゆる消費アクティビズムである。
自分たちやまわりの人たちの生活や人生にとって良くない方向へと社会を向かわせてしまう企業や間接的にそれに加担する企業の商品やサービスを利用することで、それらの活動を助けてしまうことを拒否する姿勢をとること。何を買うか、誰から買うかを選ぶ際、それが自分たちの暮らしを良くすることにつながるかどうかを、積極的に判断して行動しているのである。

佐久間さん自身、ほかにも日常的に商品を購入する際、環境に負荷をかけるようなゴミを生み出してしまったり、貧困国の労働者からの搾取を行なっているような企業から買わないよう、調べていると書いている。
そして、そのような企業姿勢を問う姿勢がミレニアム世代以下の若い世代には当たり前のことになっているのが、いまのアメリカであることを教えてくれる。

消費アクティビズムという武器を手にした若者たちが怒っている理由は、銃規制が進まないからだけではない。アメリカの富裕層と一般市民との格差がどんどん大きくなっていること、教育のコスト、特に大学の学費が高騰し続けていること、そして、大人たちが環境問題の深刻さを無視して、これまで通りに利益優先主義で社会を運営し続けていること――大人たちが残す負の遺産を将来自分たちが処理しなければならなくなることに対する若者たちの危機感は強い。

日本でも、最近だとDHCの会長による人種差別や人事評価の問題に反対する人たちが、商品の購入のボイコットの声をあげたりの動きが見られたりはする。
だが、Weとしての連帯の規模と効果は、この本で言及されているアメリカのそれには遠く及ばないのではないだろうか。

Amazon第2本社計画を中止に

そのことは、こんな例からもわかる。

2019年2月、AmazonがNYに第2本社をつくる計画を断念して話題になったことがある。
州知事のアンドリュー・クオモや市長のビル・デブラシオが合意し、地元に25,000人の雇用を生むことが期待されていたプロジェクトである。中断から2ヶ月前に発表された計画が、地元の議員らをリーダーにしたアクティビストたちの反対によって中止に追い込まれたのである。

その中心となったのが、ミレニアル世代のリーダー、アレクサンドリア・オカシオ=コルテスである。

アンドリュー・クオモ知事とビル・デブラシオ市長だけが知っていたと思われる誘致計画に、コミュニティグループや運動家たちは反発した。この反アマゾン運動を率いたのは、2018年の中間選挙で民主党の下院議員となったミレニアル社会運動のリーダー、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス(通称AOC)である。ブロンクス出身のラティーナで、バーテンダーとして生計を立てながら2016年の大統領選挙ではバーニー・サンダース候補の陣営に参加するなどアクティビストとして活動してきたAOCは、ニューヨークを代表しながら長いことワシントンに住んでいた民主党の古参議員を党内選挙で打ち負かし、圧倒的な民意の支持を得て下院議員になった。国民皆保険や最低賃金の引き上げ、温暖化の進行を食い止めると同時に国内の経済格差を縮小するためのインフラを整備を目指す「グリーン・ニューディール」を綱領に掲げて、バーニー・サンダースの後継者として労働者や若者、マイノリティ、環境主義者たちとの連合を築いている。

このAOCらが中心となり、一般のアクティビストたちも巻き込んだ活動の結果、Amazonは計画の断念を発表するにいたったのである。

ニューヨーク進出発表まで市議会議員たちと水面化で交渉を繰り返していたとされるアマゾンだが、世論を味方につけたプログレッシブな議員たちはアマゾンの代表との会合を拒否し、公聴会の開催を要求した。ニューヨークの代表者たちの要求に応えるかたちでアマゾンの代表が結局出席して公聴会が開催されたときには、アクティビストで満席になった議場にも「No to Amazon」のバナーが掲げられていた。結局のところ、政治家から誘致されたはずのアマゾンは最初の発表から約2ヶ月後の2019年2月に、ニューヨーク進出計画を撤回した。

Amazon進出が嫌われたのは、Amazonそのものの企業姿勢もあるが、計画地であったロングアイランド地区が、すでに高層コンドミニアムがどんどんと建ってジェントリファケーションが進みすぎて「ミドルクラスが暮らせない街」になりつつあるという危機感が広がっていたところに、さらに追い討ちをかけるような計画だったこともある。
誘致の柱は25000人の雇用ではあったが、Amazon社内の給与格差や倉庫スタッフの待遇の低さ、労働組合運動を妨害してきた歴史が嫌われ、失業率がそれほの高くないNYではそれほど美味しいエサにはうつらなかったのだ。

こうした大規模な計画を覆すほどのパワーがアメリカの消費アクティビズムにはあるというのが、いまの日本の状況からみると驚きでしかない。

この本に「革命」というタイトルがついているのが、あながち大袈裟ではないと感じるのはこんなところだ。

プラットフォーム・コーポラティビズム

"We"というタイトルがつく、この本で、もうひとつ語られているのが、ギグワーカーの問題だ。ウーバードライバーなど、プラットフォーム上で稼ぐ自営の人たちを指す言葉だが、広い意味でとればインディペンデントにビジネスを行なっている人たちだと言えるだろう。フリーランス労働者といってもいいだろう。

こうした人たちは、自分の裁量次第で自由に働ける一方、仕事を見つけること、報酬を回収することはもちろん、税金や法律的な手続きなども自分で行わなくてはならない。また、コロナ禍でエンターテイメント系の人たちが困窮したように、セーフティネットが用意されていないのも、フリーランスの人たちである。

とりわけ問題なのは、ウーバーなど、プラットフォーム上でビジネスをしているギグワーカーで、彼らはプラットフォーム側が一方的に押し付けてくるビジネス条件(サービスのマージンの比率など)に対しては抵抗手段が無力だ。

そこでひとりひとりで対抗するのではなく、"We"として戦うための労働組合のようなものが必要かになってくる。この要望に応えるものとして登場した「プラットフォーム・コーポラティビズム」という考え方が素晴らしい。

プラットフォーム経済に対する労働者側からのカウンターとして、「プラットフォーム・コーポラティビズム」という考え方が登場した。(中略)ギグエコノミーにおいて、雇い主は労働者に単発・短期の対価を支払うが、そこでは労働者としての権利はほとんど保障されない。「プラットフォーム・コーポラティビズム・コンソーシアム(PCC)」を立ち上げた[トレバー・]ショルツがオンライン・キットや授業を通じて促進するのは、労働者のグループがオンライン上にプラットフォームを構築し、個人の代わりに団体として仕事を引き受け、雇い主から集金した利益を労働者に分配する協同労働組合(コープ)だ。

PCCは、労働者協同組合をつくるしくみだ。
まさにひとりでは太刀打ちできない企業に対して、"We"として向き合うしくみだ。

実際、このしくみを利用して、プラットフォームによる多すぎるマージンを回避して、自分たちの仕事をしっかりと自分たちのものに成功している事例も生まれている。

こうしたなか、PCCのマニュアルをもとに「アップ&ゴー」というクリーナーのコープが生まれた。一見よくある派遣サービスのように見えるけれど、メンバーが組織の所有権を共有し、顧客が支払う料金の95%はクリーナーに支払われる。

当然ながら、中間マージンがすくなくできれば、ギグワーカー側の取り分が多くなるだけでなく、そもそものサービス料金そのものを低く設定することも可能になり、サービスを利用する側のメリットとなりうる。

巨大企業による搾取を回避できて、働く側にとっても、サービス利用者にとっても、便益があるというのは、『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』で、岸本聡子さんが紹介していたヨーロッパの事例としくみこそ違えど、人々が積極的に自分たちの生活や人生を良くするために民主的に活動する例としての共通点をもつ。

ステイクホルダー・キャピタリズム

いまのコロナ禍では、日本でも、派遣社員や非正規雇用の労働者たちが困窮を強いられているが、労働人口に対してギグワーカーたちの占める割合が高いアメリカでは、さらに彼らに対するセーフティネットの不在が経済全体に及ぼす影響が大きい。

「ウーバー」ドライバーたちによる労働争議が起きていたカリフォルニアでは、すでにギグワーカーを保護する策が講じられ始めていたが、その他の地域でも一気に議論が進み、ギグワーカーでも失業手当を受け取れたり病欠が認められたりする政策が新たに導入された。労働人口の大多数を占めるギグワーカーたちにセーフティネットを提供しなければ、経済全体に大きな負担がかかるの予想されたからだ。

日本では、なかなかそうした生活保障のセーフティネットの議論が高まらないし、それが経済全体に与える影響が議論の俎上にのってこない。

そこには個々人の自立性を大事にする視点が欠けているので、個人が自身の生活や行動に対する自覚が欠けているし、そうであるがゆえに自分たちみんなでこの困難を乗り越えていくのだという"We"の発想が生まれにくい。

この本を読んで驚かされるのは、日本以上に経済格差や人事差別も大きく生きていくのに困難な問題が多いアメリカで、先の「プラットフォーム・コーポラティビズム」を含めてそれらの困難をどうにか乗り越えて自分たちの生活をより良いものにするのだという思いから生まれるクリエイティブなアイデアがこんなにも豊富なのかということだ。

そして、そうしたクリエイティブな発想でなんとか自分たちみんなの社会をよくするのだというプログレッシブな姿勢が見られることが羨ましくなる。

そんな姿勢をもつ人たちがいるからこそ、企業に全ステイクホルダーを重視する「ステイクホルダー・キャピタリズム」へのシフトを求めるような議論も行われるのだ。

労働者たちの保護を称えるこうした議論は、従来の資本主義から、全ステイクホルダーを重視する「ステイクホルダー・キャピタリズム」へのシフトを求める議論をもさらに促進した。パンデミックという非常事態のもとで企業が事業を続けていくためには、ベンダーやサプライヤーとの連携、従業員や顧客を守るための安全対策は不可欠で、それが必然的にステイクホルダーすべてを守るように促がすのだ。

このあたり外からとってつけたようなSDGsをガイドラインにして、言い訳じみた活動でお茶を濁してしまうものとは決定的な差がある。

問題だらけのアメリカとはいえ、このあたりの独立心に起因する創造的な活動には感嘆するしかない。

僕らももっとがんばって自分たちの暮らしを自分たちでよくするよう、革命を起こしていかなくてはと真底思える一冊だ。

必読!


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