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決められたルールの中で採点される不思議

こんばんは。

今日もお疲れ様です。

名古屋は今日もいい天気でした。

午前中、散歩をしていると、

ふと見上げた桜の木に、花が咲いていました。

まだ桜が咲くには早いかなと思っていましたが、

暖かいせいなのか、もう咲き初めていて、

来週になったら、もっと綺麗だろうなと思いました。

春を感じて、なんだかワクワクしている、

たむらです。

さて、今回のテーマですが、

「決められたルールの中で採点される不思議」です。

最後までお付き合いいただけると、嬉しいです。


今回のテーマなんですが、

日本人に生まれて、当たり前のように過ごしてきたけれど、

真剣に考えたら、なんか変だなと感じたので、

みんなに話してみようと思いました。

今の教育はどうなのかわからないけれど、

僕の子ども時代の学校で学んだことは、

みんな平等的な考えだったり、

必ず答えがある問題をとかされたり、

このルールを守れないと、

ダメな人間だ的な考えだったり、

今考えてみるとなんか変だと思いました。

誰かが作ったルールの中で、

みんなが採点されている。

問題を解けた人が優秀で、解けない人はだめ。

本当にそうなのでしょうか?


学生生活が終わり会社に入っても、

会社が決めた部署へと配属されて、

決められたルールの中で、

どれくらいできるのか比べられ、

そのルールの中で上手くできた人のみ出世する。

上司に気に入られたら出世する。

そうやって給料が増えるような仕組み。

なんか変だ。

結局ルールの中でしか生きれない人を、

作っているとしか考えられない。

世の中の問題は、答えが1つしかないものって、

ほとんどないと思う。

複数答えがみつかるものもあれば、

全く答えが見つからない、

わからないことがたくさんあるんじゃないかと思う。

教育を批判したい訳ではないけれど、

ただ、個人的に変だと感じている。

ルールを守るということは素晴らしいけれど、

人の大切な部分、創造性が死んでしまうような気がする。

最近、小さい子どもと遊んだけれど、

彼らの中にはルールという概念よりも、

好奇心や探究心で溢れている。

それを目の当たりにすると、

大人はなんてつまらない生き方をしているかとさえ、

思ってしまう。

だからこそ、大人も子どもに負けないくらい、

楽しく遊んでもいいと思う。

もっと遊んで、子どもの時のように、

自分の創造性を発揮していくことが必要だと考える。

もっと自由に、もっと楽しく、

そして充実した毎日にこそ、

大人になった価値があるのかもしれない。


今日も読んでくれて、ありがとう。






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