期限切れのショートケーキ

医療系の研究施設で働いている。僕は短期転勤族だ。今の事業所は11ヶ所目。任務は社員のマネージメント。ルーチンワークは無い。その日その日で仕事内容は変わる。基本的には部下のお手伝い、もとい雑談という名のお邪魔だ。想定する最悪は、部下が僕に相談できないこと。故に各個人のお話を聞きに行っているというわけだ。

ここでも僕は聞き役だ。おかげで雑学の幅が広がったと思う。ジャニーズにもすこしだけ詳しくなった。独り呑みにも惹かれる。だがお喋りな者たちだけではない。無口とは言わないが、言葉数が少ない者もいる。そんなときは2人で作業に集中だ。それを進めるための会話をしていれば、自然と雑談も生まれてくる。作業をしながらでも。つまるところ、皆は優秀だったというわけだ。

どうしても昔の自分と照らし合わせてしまう。新卒入社の頃の僕は酷かった。先輩たちが話をふっても、僕との会話は続かない。僕から話しかけることはゼロだ。いまになって思うと、本当に問題児だったと思う。それでも構い続けてくれた先輩方には感謝しかないのである。

けれども今の職場には1人だけ苦手な人がいた。おじいさんだ。歳は60を超えている。役職は無いし、経験も初心者ではなく中級者でもない。陽気でもなければ陰キャでもない。そんな彼はなぜか嘘が多かった。

聞けば家は資産家で裕福らしい。この仕事はファッション的にやっているのだとか。この事業所は3ヶ所目だが、前の職場ではエリートだったらしい。娘さんの写真を見せてもらったが、そこには有名女優Kの顔があった。

仕事もちょいちょいさぼる。その方法を若い者に伝授していた。密告で僕は知っていたが泳がせておいた。なぜならその方法は、普通に仕事をするよりめんどくさい方法だったからだ。おそらく誰も真似はしないだろう。

僕は居室にお菓子を置いている。皆が食べるためだ。もちろん自腹。おかげで社員同士の仲も深まる。僕の株も上がる。費用対効果は抜群だ。それを見てなのか、おじいさんも差し入れを持ってくるようになった。ケーキ山盛りである。

皆は喜んだ。僕も喜ぶ。けれども回を重ねるうちに喜びも減る。余ったケーキは居室の冷蔵庫へ。場所を取るので、役割的に複数食べる者も出てきた。『もういらない』。その言葉が誰からも出てこない。まちがいなく誰もがそう思っているのにだ。

よくみると、ケーキの消費期限は切れていた。いつもである。冷蔵庫の中で切れるのではない。おじいさんが持ってきてくれたその日に、既に切れているのである。

何かを察した。けれども問題にはなっていない。仕事に支障があるのならば対応もするのだが、むしろ話のネタになっているので、そのままにしておいた。僕の仕事と言えば、残ったケーキを持って帰ること。そして食う。ケーキは悪くないのである。

おそらく見栄を張りたかったのだろう。彼の嘘はすべてそこに辿りつく。周りは全てお見通しだ。だが、それを踏まえても彼はご満悦だった。おそらく、そんな自身のキャラも気に入っていたのだろう。

ほどなくして、おじいさんは退職した。株の一部を売却して隠居生活に入るらしい。最後に若者と仕事が出来て幸せだったとか。結局、どこからどこまでが本当か嘘か分からなかった。

仕事って何だろう。僕は久しぶりにその問いと向き合った。おじいさんは本当に幸せだったのだろう。嘘はバレていた。それでもだ。コントのようだったが、それも幸せの1つなのであろう。

他人にかけた迷惑も大きくもない。ケーキで太った僕のお腹くらいだ。しばらくは居室のお菓子も自重しようと思う。

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