めざせ新宿3丁目
あれは丁度、就農してから1ヶ月目の出来事だ。所属していた生産組合は、僕を含めて4人体制。最盛期からは1/3に減ったそうだが、何かを起こすには丁度いい数にも思える。僕は再興の絵を描いた。『めざせ新宿3丁目』。旗となるキャッチフレーズも気に入っていたのである。
僕らが育てる生産物の"もの"はよかった。だが、この時代にそれだけでは戦えないだろう。緻密な戦略が必要と思われた。敵は強大だ。おそらく戦わないことが正解だろう。まだ何者でもない弱小組織が真向勝負を挑んだところで、返り討ちにされるのが関の山だ。とはいえ、奇をてらっては行けない。正攻法を小さく淡々と。それを基本戦術として細部を構築していった。
web戦略は難易度が高い。参入はしやすいが難易度とは別物。ボールがあればサッカーはできるが、プロになるのは難しい。それと同じだ。僕がweb戦略をメインに据えることは愚策だろう。
やはり対面がいい。ひとりひとりに会っていく。効率は悪いが、初期レベルでは妥当と思える。ならばイベント出店がいいだろう。だが、ここでひとつの問題に直面した。
そもそも、すでにイベント出店は行っている。だが、現状は厳しいままだ。おそらく、考えなしに新たなイベント出店を決めても、事態は変わらないだろう。だが、現状のイベント出店を分析することで、新たなイベント出店の形が見えてくるかもしれない。故に僕は現状のイベント出店の駄目なポイントを探ってみたのである。
まずは目的が無かったことに気づいた。とはいえ空気的には同じ想いを共有している。『臨時収入的な売上の確保』。だが明確な数字は無い。これでは振返ることも出来ない。イベント出店が成功したのか失敗したのかも分からないのだ。
売上を高めるロジックはあった。フロント商品には『てんぷら』がある。格安設定だが、おそらく利益も出ていただろう。コストカットが行われていたからだ。毎年出店するのでフライヤーは自前のもの。火元がガスなこともローコストに繋がっているだろう。食材として、生産物のきのこは形の悪いC品が使われていた。油と天ぷら粉は業務用のものを大量発注。あとは塩くらい。原価率は相当に低いと推測できる。
天ぷらはオペレーション的にも優秀だった。衣を着けて揚げるだけ。食中毒の心配も低い。比較的、素早く大量に調理できる。加えて、参加したイベントが『蕎麦祭り』だったことも大きい。きのこの天ぷらは蕎麦のトッピングに最適なのだ。来場者の99%は蕎麦を食べる。そこに便乗出来る。長蛇の列は出来るが、それに対応できるオペレーションがあったというわけだ。
そしてバック商品としての生きのこ。乾燥きのこもある。売り切れることも珍しくはなかった。売上もいい。嬉しい臨時収入だ。欠点など無いように思える。けれども、いくつかの取りこぼしを見つけた。
出店回数が少ないことは痛い。年に1回だ。多くて3回。これでは売上を作っても臨時的なものにしかならない。そして、お金以外のものも稼げてはかった。サービスを提供しても、すべてはイベントの評価に繋がってしまう。リピートしてくれるお客さんもいるが、それは来年もまたイベントに来るというリピート。僕らの頑張りでイベントのファンは増えているが、僕らのファンは増えていない。組織として成長しないのはこのためだと推測できた。
おぼろげだが、新たなイベント出店の姿は見えてきた。まずはお金を稼ぎにいかない。売上と経費はとんとんを目指す。目的は『生産組合員の所得向上』だが、イベントは告知の場とする。そこではフロント商品のみを販売するのだ。利益は毎日のバック商品の注文で作る。そうすることで、年に数回の出店で、年を通して高単価な売上げが見込めるという算段だ。
そうなると、フロント商品に『天ぷら』を据えることは難しくなる。バック商品との繋がりが弱いからだ。下手をすると、海老や他きのこの売上に貢献することになりなねない。ダイレクトにバック商品の試食となるようなものを用意する必要があるだろう。
思い当たる節はある。炊き込みごはんだ。それをおにぎりにしてもいい。具は豚バラ。味付けは甘くする。十勝名物の『豚丼』に寄せた料理だ。味の想像も付きやすいから、お客さんも買いやすいだろう。僕の料理レパートリーの中でも、評判は上々だった。形の悪いC品も使える。さらにこれをイベント商品にすると良いことがある。
1から作るとオペレーションは複雑になり、食材の種類と量も多くなってしまう。イベント用には不向きであろう。だが、下ごしらえを事前に済ませておけば話は変わってくる。『炊き込みごはんの元』を作っておくのだ。さすれば現地では炊くだけで終わらせられる。なんなら『炊き込みごはんの元』をバック商品にしてしまえばいい。現地で用意する器具も炊飯器のみ。それはレンタルで賄い、米も現地調達すれば遠征も可能だ。都市部のデパートで催される『北海道物産展』にも参戦できるのである。
とはいえ『北海道物産展』では厳しい戦いになるだろう。ここの戦略も先に練っておいた方がいい。敵が強すぎるからだ。ウニ・カニ・イクラ。どうやっても勝てるイメージは浮かばない。まだまだ敵はいる。海老にチーズにスイーツ群。散々たる結果しか見えてこない。トウキビ・アスパラ・フルーツ群。同じ農作物カテゴリでも勝てる気がしないのだ。
どうしたものかと思いつつ、すでに戦略の方向性は決まっている。彼ら彼女らと戦っては駄目なのだ。敵は色鮮やかで、撮れば映えて、食したことが自慢になる。知名度の低い『きのこの炊き込みごはん』では太刀打ちできない。だが、同じ雰囲気の商品が人気なことを思い出した。函館の海産物に米を詰め込んで炊いた"あれ"である。
僕も食べたことはある。たしかに美味い。けれども映えない。鮮やかさとは無縁だ。それでもトップクラスの人気を維持し続けている。おそらく、そこには負けない戦い方があるのだろう。強者に真向勝負は挑まない。けれども奇をてらうことはしない。あくまでも自分の道を行く。それが結果として功を奏しているのであろう。見習う相手は見つかったのだ。
それなら商品名もしわしわの方がいい。時代は追わない。ひらがなやカタカナでは駄目だ。漢字がいいだろう。パクリ感はあるが、ひとまず『茸めし』としておく。ブースや商品パッケージにも気をつけたい。目をひくPOPは禁止だ。色合いもモノクロームくらいが丁度いい。文字はわかりやすく明朝体でズバッと大きく太く短く。とにかく周りに引っ張られないことを心がけるのだ。
最終目標は東京の新宿にあるデパートで催されるイベントに参加することにしたい。『めざせ新宿3丁目』をキャッチフレーズにすればニュースにもなりやすいだろう。とにかくメディア取材を受けるのだ。矢面に立つのは組合長。キャラ的に適役と思われる。
僕は裏方にまわった方がいい。必ず壁にぶつかるからだ。そのときは僕が解決を引受ける。そして、もうひとりの親方さんは調理師免許を持っている。飲食についても詳しい。その親方さんと僕でこの企画を進めることになるだろう。夢見がちなストーリーだが、実現可能な糸口も見えたのである。
あえて企画書は作らなかった。過去に2度ほど却下を食らっているからだ。文化の無い人にそれを見せても身構えてしまう。どうせ荒波に揉まれる航海だ。フランクに説明した方がいいだろう。なにより熱量が大切だ。僕は組合長に直談判したのである。
話は通った。しぶしぶながらオールOK。僕が指揮を執ることで了承してくれた。けれども3日後に「やっぱりできない」との返答があった。組合で動くにはリスクが高過ぎたようだ。だが、僕が独りでやる分には協力も応援もしてくれるという。けれども僕も断念した。独りでは成功の画をイメージできなかったからだ。新宿3丁目を目指すことは出来なかったのである。
そして月日は流れて現在に至る。僕はこれを再考していた。あのときの僕とは違う。経験も積んだ。とはいえ、やはり難しい。ワンオペ仕様も考えたが無理であろう。まだまだ思量が足りないようだ。もうすこし考えてみよう。僕の検討は終わらないのである。