まずは私と酒を呑め
お掃除系の会社に就職した。いろいろやらかしてはいるが、順風な生活を送っている。
時間が経てば「喋らない奴」というキャラを隠すこともできなくなったが、その事実がバレたところで何も変わらないのである。むしろバレてしまった方が居心地もいい。素に近い自分でいられるのだから。
久しぶりに同期と会うことになった。会社が主催する新歓だ。委託会社だから仕事場は多数ある。そこへ散らばった同期が一同に再会するわけだ。
なにも集まるのは同期だけではない。社員のほとんどが集結するのだ。ちょっとしたお祭り気分になる。年に数回ある会社の一大イベントのひとつが、この新歓というわけだ。
「参加するの嫌なんだろうなぁ」。僕に対する周りの詮索はこんなものだろう。半分正解。
半分が不正解なのは、そこまで嫌でもないから。楽しみにしている部分もある。そもそも入社時研修でやらかしているので、いまさら守るものは何も無い。
喋らない、仕事できない、キモい、の3大称号を手に入れたことは誰もが知っている。あとは自分のちっぽけなプライドを捨てられればOK。さすれば素のままの自分でいられるというわけだ。
そこさえクリアすれば美味しいごはんが待っている。居酒屋の料理は好きだ。酒もおぼえた。「おかまいなく〜」のオーラを出しておけば孤独のグルメよろしく楽しいひと時が待っている。
そして新歓は始まった。大広間の座敷で正座するタイプの席。隣には同期の大きい兄ちゃん。顔も忘れていたが、向こうが覚えていてくれてありがたい。
社長のえらく長い話を聞く。部長の乾杯の音頭も長かった。ようやくありつけるごはん。うまい。ぼっちになると思いきや、ひっきりなしに誰かに喋りかけられる。ありがたい。結局ふつうに楽しかった。
ただ、社会人の抱える闇も見えてしまった。お酒が入ると饒舌になる。愚痴や文句が出るわ出るわ。同期だけではなく先輩や上司クラスの方々も。いろいろと考えてしまった。
YouTubeで流れてきた昔の曲の歌詞に「しゃべりすぎた翌朝、落ち込むことのほうが多い」とあるが、まさにそれだった。
誰もが悩みを抱えていた。僕らは本当の気持ちを隠しているカメレオンだ。誰とでも仲良くできるコウモリではない。
おしゃべりを頑張る九官鳥だって、ときには疲れて挨拶しても返事が無いこともあるだろう。
ナマケモノにならぬよう、ライオンやヒョウに頭ばかり下げてるハイエナだっていいではないか。
お酒の席では素が出る。もといお酒の席では素を出してもいいのだ。そうすることで明日を頑張れるのであれば。
何も変わらないかもしれないけど、何かが変わるかもしれない。そんな希望を持って皆は酒を呑み交わしているのだ。
またもや僕は社会人としての失敗を積み重ねてしまった。孤独のグルメを楽しんでる場合ではなかった。悩みがあるのなら誰かに吐露すればよかったのだ。
僕の悩みといえば職場に馴染めないこと。厳密には、職場に馴染めないでいるであろう自分をなんとかしようとしてくれている職場の方たちの期待に応えられないこと。
思えば、2歳年上のふくよかな体型の、小結姉さんは僕が職場に馴染めるようにと色々と手を尽くしてくれていた。清掃道具の洗浄作業中の「しりとり」も、おそらくその一環だろう。
「心ひらいてくれなーい」。僕が黙ってしまうたびに小結姉さんの叫び声が鳴り響く。言い訳をしておくと心を開いていないわけではない。割といつでもopen状態。ただ中から何も出てこないだけなのである。
しりとりで黙るのもそう。単に語彙力が無くてシンキングタイムが長いだけ。加えて僕は誰かとおしゃべりをしながら仕事を進めるのが苦手なだけだ。
「まずは私と酒を呑め」。小結姉さんはそう言った。どこかで聞いたセリフだが気持ちも分かった。何も変わらないかもしれないけど、何かが変わるかもしれない。話はそれからだと。
ありがたい気持ちと申し訳ない気持ちの同居状態。それが僕の悩みだ。とりあえず「しりとり」をがんばるとしよう。
それよりも、誰か「まずは私と酒を呑め」の言葉をロシアとウクライナの大統領にも教えてあげてほしい。
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