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【読書ノート】神様の罠

コロナ禍で、至極当たり前だった日常が目の前でボロボロと崩れ落ちていく様を目にして、なんの心配もせずに日常生活が送れること自体が奇跡だったと実感した方も多いのではないでしょうか。目に見えるコロナ禍の影響だけでも日々のニュースが埋め尽くされるのだから、私たちひとりひとりの人生におけるコロナ禍の諸々の変化やそれによって引き起こされるドラマはまさに「事実は小説より奇なり」なのかもしれません。そんなことを考えさせられる推理小説まで出てくるとは・・・。

2021年読書の秋の課題図書、文藝春秋出版の「神様の罠」を読みました。人気作家6人の豪華なアンソロジー(短編集)です。ミステリー物をさほど読まなくなった私なので、ここでは辻村深月さん以外を存じ上げなかったのですが、どれもとてもおもしろかったです。

「夫の余命」乾くるみ
「崖の下」米澤穂信
「投了図」芳沢央
「孤独な容疑者」大山誠一郎
「推理研VSパズル研」有栖川有栖
「2020年のロマンス詐欺」辻村深月

「夫の余命」は夫が病気で亡くなってから、時を逆に遡っていき、どういう経緯があったのかを探っていくお話です。病気が分かっていても結婚して愛を貫くことを誓った夫と語り手の秘密がそろりそろりと明らかになっていきます。

「崖の下」は高校時代の友達5人組がスキー旅行に出かけ、一人が遭難して亡くなります。事故死かと思いきや、実際は他殺と判明。犯人は旅行に同行していた4人のうちの一人なわけですが、そのトリックを見破る楽しさがありました。

「投了図」は中古本屋を営む夫婦の静かなストーリー。将棋好きの寡黙な夫に疑いの目を向ける奥さんの様子が淡々と書かれています。コロナ禍で街にやってくる将棋戦を中止するような嫌がらせのメッセージが書かれた貼り紙が、実は夫の仕業なのでは?ソローリソローリ。

「孤独な容疑者」はかつて同僚を殺した主人公が、時効になるまで騙し通し、それがキャリア街道から外れたふたりの刑事によって徐々に暴かれるストーリーです。

「推理研VSパズル研」はパズル研から出されたクイズを、推理研が苦戦しつつもロジックを解きやぶり、でもそれでは飽き足らずそのクイズをストーリーに仕立てていく話。新しい目線の小説でした。

最後は「2020年のロマンス詐欺」。オレオレ詐欺の加害者と被害者の交流の話です。

大トリの辻村美月さんの「2020年のロマンス詐欺」が一番ページ数も割かれているし、おそらく一番の目玉なのでしょう。私も辻村美月さんの小説は大好きですし、今回の小説も確かにおもしろかったです。オレオレ詐欺、ロマンス詐欺というと、どうしても被害者の方に目が行ってしまいますが、加害者側の心情が書かれているのが新鮮でした。

ちなみにロマンス詐欺というのは、インターネット上の交流サイトなどで知り合った海外の相手を言葉巧みに騙して、恋人や結婚相手になったかのように振る舞い、金銭を送金させる振り込め詐欺の一種だそうです。そんなのに引っかかる方がアホ〜って思いがちですが、私は個人的に引っかかる側の気持ちがわかりますよ。引っかかるというか、引っかかりたい、すがりたい気持ちというのでしょうかね。こういうのに引っかかる人って、きっと薄々は騙されているって気づいているんだと思います。でも人間関係が希薄なこの世の中で、家族がいても心のつながりが強く感じられないことも多く、そんな時に自分の気持ちにそっと寄り添ってくれる架空の相手がいたら、その人を信じることで、そんな闇深い世界を生きていく強さに変えていきたいと願うんじゃないかな。ほんとは強さというのは自分自身からしか生まれないんですけどね。

この話のおもしろいところは、同じ気持ちである加害者の心の揺れも描かれているところ。そっか〜加害者も犯罪とすがりたい気持ちとで葛藤しているのか。犯罪は許されないことですが、同時に加害者を増やしてしまうような社会も放置してはいけないのだな、と考えさせらました。

私が今回の6つの短編で一番好きだったのが、ダントツで地味な(失礼!)「投了図」でした。この静か〜に進むストーリーが、私みたいに理解が遅い読者にもストーリーと同じスピードで理解していくことができたし、何よりも夫婦のそれぞれの気持ちがごく自然に伝わってきました。推理小説に感情移入するのは難しいと思われがちですが、このお話は例外でした。

コロナ禍が私たちから奪ったものは多くあります。それは人の命はもちろん、仕事だとか、青春での1ページだとか、列挙できないほどたくさんあって、そのせいかあまりにも単純化されているな、と感じていました。精神的に与える苦痛だとか、あとは失ったものが大きすぎることによる心の痛みだとか、そういう間接的な影響が実は長く続いたり、時には極端な行動さえ生んだりすると思うのです。そしてそういう歪みを多くの私たちは気づかないまま見過ごしてしまい、ゆっくりと静かに社会や人間関係が破綻させていく。そういうゾワっとした恐怖や、今後どうしていくべきかが推理小説として描かれた、すばらしい作品だと思いました。

小説にコロナ禍に対する言及がされるパターンが増えてきましたね。それだけコロナが長引いているということ。アメリカではすでにコロナに対する緊張感がかなり薄れてしまい、日常に戻りつつあります。それは良い兆候のように見えて、長期化が約束されているという証拠なのでは、と感じています。だからこそ今後何年も書店に並ばせるため、色褪せないように注意深く書かれるはずの小説でも、コロナの文字を目にするようになったのかな、なんて。

早く終焉を迎えて、日常生活が戻ってきてほしい、と心から思った小説でした。


#読書の秋2021 #神様の罠


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