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自分を鍛える事

最近の日本社会で流行らなくなってきていることに、自分を鍛えることが有ります。自分の能力を自分で努力して高めることは人間として生まれて誰でも公平に機会が与えられています。例えだれかに妨害されたとしても、合間をかいくぐって努力することはできます。

自分の努力で能力を高めれば、色々な場面で活躍する機会は増えるし、普段の生活力や生命力は上がります。そうすると結果的に運も良くなります。しかし後天的に努力を積み重ねるということをしていない人が最近増えているように感じます。

頑張ることはかっこ悪いことと思っていたり、普段は楽な生活を求めていて、自分が思い通りにならないと、簡単に運が悪いせいにしたり他人が自分を分かってくれないせいにしてしまいます。そういう行動は習慣化していくので段々なにをしても不満を感じるような人になってしまいます。

いつも物事の責任を自分が取ったり、自分に普段から負荷をかけて頑張っている人のほうが、経験と能力が向上していって段々生活することが楽に感じるようになります。一方で直ぐに他人のせいにしたり、本来自分の責任であることを責任をとらなかったりすると、能力があまり伸びず、心が未熟のままであり年をとるにつれて辛そうに見える人になります。

普段の生活を丁寧に目的をもって生きていて課題を乗り越えている人は、年を取るにつれて充実してくるし周囲に期待することはしなくなってむしろ自分が他人の力になれたらと考えるようになります。

自分が楽をしたほうがいい、辛いことは他人に任せればいいと考える人は、段々生きるのがつらくなってしまいます。他人と自分の状態の違いが気になっていつも何か魔法のようなことが起こって自分が変わることを期待しますが、その人に何も起こる事はありません。

私はいつもその時の課題をたくさん見つけて、全力投球で毎日を生きたほうがいいと思います。


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