贖罪 友

【小説】

 

 地下鉄の軌道へと飛び降りた僕らに、ホームにいた人々の視線が一斉に注がれた。
 みな瞳の色が消え、白い視線が走る僕らを追う。そして次々とホームから降りては僕らに続くように走り出した。
「なんだよ、これ! まるでゾンビ映画みたいじゃないか」
 走りながら先を行く片岡に声をかける。振り返る片岡の顔を見て僕は思わず足を止める。やはり瞳の色がない。
「止まるな! 僕は大丈夫だ。信じろ」
 何がなんだかわからないが僕はとにかく片岡の後を走った。
「どこへ行くつもりなんだ」
「任せてくれ。ここは僕の場所だ。僕が死んだ場所だ」
 そうだ。片岡は地下鉄の軌道に落ちて死んだ。彼女を助けるために。

「あの日、彼女は死ぬつもりなんてなかったんだ」
 走りながら片岡が言う。
「僕は彼女の様子が心配だったから、しばらくの間、後をつけていたんだ」
 知らなかった。確かに偶然にしては不自然な気がしていた。
「彼女は自分の意思で線路に落ちたんじゃない。混み合う人の群れに押されたんだ」
「それで…きみが…助けた。そして…きみは…助から…なかった」
 息がきれる。
「後悔はしていないよ、ただ」
「ただ?」
「僕が死んだことできみや彼女に負担をかけた。それが嫌なんだ」
 片岡は息もきれずに話し続ける。いつの間にか後ろから追いかけてくる気配が消えている。
「僕は…どうしたら…いい?」
 それには答えず片岡はふいに足を止めた。暗がりのなかで左側の壁を指し、「そこだ」とひとこと言う。壁に近づくとそこには鉄製の開き戸があった。
「そこに彼女がいる。もう一度、話をするんだ」
 そう言うと片岡は一歩二歩と後ずさり、闇に溶けた。
 僕は重そうな扉に指先で触れる。冷たい。このなかに彼女がいるのだろうか。もし彼女がいたとして、僕は何を話せばいいのだろう。考えても仕方ない。進むしかないんだ。扉のフックに両手をかけ、僕は力いっぱい右にひいた。ガラガラと音をたて扉が半ば開く。中も薄暗いが十分に奥が見通せるほどには明るかった。ちょうど山の端に日が沈んだ後の時間帯といった明るさだ。

 そこにはあの公園があった。なぜこんなところに、と思いながらも足は池の畔へと進む。そしていつものベンチまで来ると、そこには例の鴨が待っていた。

「遅いよ。いったいなにやってんだい。もう何日待ったか何十年待ったか、それすらも忘れちまったよ」

 あの鴨と再会して、なんだかホッとしている自分がいた。

 

続きを読む

前回

マガジン

 

tamito

作品一覧

#小説 #贖罪

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?