真実なんてわかっても仕方ない

病院で500人なくなるのも、軍事的拠点への爆撃に巻き込まれるのも、あるいは民間人の誘拐虐殺の犠牲になるのも紛争、戦争という大規模な、集団間の殺し合いが一旦始まってしまえば実際のところ、ルールなんてあってないようなものだ。

事実がわかったとしても、勝者側だけが裁くことができ、仮に勝者側が重大な過ちを犯したとしても、せいぜい何年後かに、その時の政府や、軍事組織の決断は間違っていたと、死んだ犠牲者やその遺族には何の足しにもならない、論評が加わるぐらいだろう。

アホみたいに言われているのに、実際何の意味もないと思う、戦争に関する言葉は「一般市民が巻き添えになっている」というのだが、それこそが戦争だし、紛争の本質だと、わからないアホはいないと思うが。

そして、一度火がついてしまった過剰な民族意識や、絶対正義の宗教的対立は、もう手がつけられない

ハマスのテロ行為をどれほど咎めようが、イスラエルの、あきらかに偏りすぎた右派政権が国家として、国際社会が認めない入植や、封鎖、爆撃などあまりに多くの非人道的行為、暴力を繰り返してきたのは事実であり、つまりは国家としてパレスチナの一般市民へのテロ行為を行ってきたのであり、世界はそれを止めれなかったのだから、イスラエルが、自国の国民を襲う、ハマス等のテロリストを作り出し、テロを行う理由を、相手に与えてきたのだ。

本当なら、国際社会はこれ以上の武力衝突を無理矢理にでも、止めさせるしか無いだろうが、アメリカを筆頭に西側主要国は、絶対にイスラエルを止められないだろう。

現実的にできることは、

1.停戦交渉
2.1と同時に、ガザから一般市民を避難させ受け入れ支援する。
(何よりも本人が望むならだが)

のはずだが、今よく語られているのは、

3.ガザへの緊急的医療物資や、食料、水の搬入、がメインになっている。

だがこれが、どうもおかしいと感じるのは、

日本のどこの都市でもいいが、核ミサイルが本当に飛んでくるとわかっていたら、誰だって避難するし、動けない人は搬出するはずだ。そんな時に、誰もつべこべ言わないだろう? どの国がとか、どっちが悪いか、正しいかなど、言っている余裕など、人命救助を第一に考えるなら、本当はないのだ。

イスラエルは、ハマスの自国民へのテロ行為を受けて、全世界の批判が向かわない内に、復讐のためなら殺せるだけ殺してしまえと、パレスチナの一般市民が死ぬのがわかっていて、すでに大規模な爆撃を繰り返してきたのだから、誰が何を言おうが、止められなければガザに地上侵攻するのは、もう間違いがないだろう。

つまり、ガザに今いる一般市民を本当に救いたいなら、どっちに非があると考えようが、ともかくガザから救い出すしか無いはずだ。

だが、ガザから大量の一般市民がいなくなれば困るのは、パレスチナ政府や、アラブ諸国だろう? 

結局は、国を守るとか、国境がとか、民族的、宗教的連帯や、集団としての怒り、憎しみばかり重視して、人の命を犠牲にしても、殉職者にすればいいとしか、考えていないのではないか? 

そしてその理由が、過度な民族意識、過度な国家意識=愛国心、過度な宗教意識に、いつまでたっても人類の多くが縛られているからだと思う。

やはり、過度な民族意識や愛国心、宗教なんてのは、人類全体を考えるなら、大事なときほど役立たずであるばかりか、多くの場合、対立の元凶にしかならない。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?