見出し画像

消えた。(ある谷の景色を撮りに行ったおはなし)

紅葉も今年は終わるから、と景色の良い道をドライブ。くねくねまがる一本道を慣れない車を運転して降りていく。一本道は谷にそって拓けた街につづく。

この一本道は林道を舗装したもの。車がすれちがって通ることを考えていないようで、1台で幅はギリギリ。もし、すれ違うのなら待避場まで戻らなければならない。後退運転(バック)が得意でないから、前から車が来ないようにと願う。

それにしても、窓の外に見える景色はここちよい。紅葉の盛りは終わったけれど、葉を落とした後の枝が空にうつす影がオブジェのよう。ところどころに、赤や黄色がこそっと残っているのが美しい。

遠くに海が見える。海に跳ね返る光がうろこのようで、大きなさかなを枝の影の網で捕まえているように見える。

車が後ろからも前からも来ないのをいいことに、道の途中で車を停めて写真を撮ったり、空を眺めたり。勝手気ままに道を進む。この谷沿いの道は、しんと静まりどこか神秘的。途中に遊歩道の入り口を見つけた。来るまでは入れそうにない、あの道を歩いてみようか。

遊歩道を歩く気になったわたしは車を停める場所を探す。いっそ、このまま道にとめてしまおうか。それともあと1キロメートルほど下にあるとカーナビが教えてくれた駐車場に置こうか。

と。後ろから車が来た。追い越してもらうには道が狭すぎる。駐車場までいくしかない。集中して、車を走らせる。

慌てる私に気づいたのか、後ろの車は少しスピードを落としてくれた。じわじわ、のたのたと道を下っていく。この道は一本道。

くねくねと曲がって、駐車場表記まできたけれど、そこは道幅が少し広い待避場のような場所。でも、すれ違いはできそうだし、駐車場と看板も出ているから車をそこに停めた。後ろから来ていたはずの車は、まだ見えない。

カメラをもって、車を降りた。上から車が来るとわかっているから、道の端をゆっくりと景色を確認しつつあがっていく。

谷の景色は、ススキ原がうすく広がった奥に紅葉がのこっていた。昔話の挿絵で見るような、山の集落の景色。どこかから、キツネのお面をつけた和服姿の子どもが駆け出してきそう。

車がおりてくるからと気をつけていたけれど、いくらたってもあの車が下りてこない。道は一本で、どこにもわき道はない。もしかして、どこかからバックをして山の上へと戻っていったのだろうか。

すっと背筋が冷えたから、遊歩道に降りるのはやめ、谷の景色だけを数枚撮った。午後の日差しが雲に隠れて、うすあかりの谷は幻想的。なぜか、写真に撮ると霧の中に居るような風景が撮れる。目で見るとくっきり、でも写真ではぼんやり。光のぐあいで、おもしろい写真になった。

同じ一本道を車まで、歩いて戻った。どこかですれ違った気配もまったくみせず、あの後ろから来ていた車が、わたしの停めた車の横に並んでいた。

となりの車の中には女性が一人、ぼんやりと座っていた。電車の時刻が気になっていたから、わたしは急いで自分の車に乗り込む。駅に向けて走り出す。

待避場のような駐車場から車を出して、駅に向かう前にバックミラーを見た。そこには、アスファルトの上に落ち葉がたまった待避場がうつった。車は1台もいなかった。

おどろいて、ブレーキを踏んで後ろを振り返った。やっぱり、車はいなかった。あらためて、背筋が冷えた。

---

車を返却し、乗りたかった電車に間に合った。あの谷の道で見たススキ原の写真を見ようと思った。

写真フォルダをのぞいてみたら、あの道のまわりで撮った写真だけが入っていなかった。どこにも、みつからなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?