手のマブダチ、タカコさんと横浜を旅する
私のマブダチを紹介したい。
私の左手に住んでいるマブダチ。名前はタカコさん。
幼児の頃には既に存在していた。幼児の私が「タカコさん、タカコさん」と呼んで遊ぶので、母親も面白がってタカコさんの名前を呼ぶようになった、ように記憶している。
タカコさんの名前はどこから来たかさっぱりわからない。さん付けという概念が無さそうな幼児がわざわざさん付けで呼んでいたということも、謎のひとつである。
年齢も分からない、というかそもそも年齢という概念があるのかどうかわからないが、私と同世代だとしたらタカコさんもきっとインターネットに載るということで少しでも綺麗に見えたいだろう、と思って背景を黒くして美白に見えるようにしてあげた。
タカコさんは私の左手の親指と人差し指、たまに中指にも居ることがある。
タカコさんは人差し指と中指を人間でいう足のように動かして歩く。小さい頃はいつもこうやって一緒に歩いていた。
タカコさんは、主にスーパーの冷蔵売り場の手前側の端っこ、車の窓の手前に出っ張った部分、窓の桟、低いコンクリートブロックの上、などを好んで歩いていた。
私が大人になってからは、全くしなくなってしまったが。
今回は、私にオタクの友達が全く居ないのでひとりで推しのライブへ遠征に行くことになってしまったのだが、あえてひとりではなく『タカコさんと旅をする』というコンセプトで旅の記録を残してみた。
行き先は、神奈川・横浜。
朝4時に起きる。
タカコさんに愛用の腕時計を装着してもらって、始発で出発した。
行き
高速バスの出発まで30分ほどの時間があいてしまったため、朝ごはんを食べにデニーズへ来た。
タカコさんは器用にフォークを使って私の食事作業を担っている。
右利きの私だが、ナイフとフォークを持つときは左手が主役のようになるので、タカコさんがなんだか嬉しそう。私も嬉しくなる。
こんなタイミングでデータ容量を使い果たしてしまった。低速に縛られる旅が始まる。
今回は予算を抑えるために、行きは昼行便のバスを利用した。6時台に出発し、13時台に到着する。計7時間ほどの乗車だ。
左側の席なので、タカコさん側からも景色がよく見える。
昼行便の良さはなんといっても旅の景色をずっと見ていられることにあると思う。夜行便は快適な眠りの対価としてカーテンが閉まっており、旅の景色を見ることができない。
2つ目のサービスエリア、海老名サービスエリアへ来た。
オモコロチャンネルの聖地巡礼をしてきた。炎天下の席でめちゃクソ暑かった。でも、ちゃんと例のあの席で食べきった。本当は動画内に登場した商品が食べたかったのだけれど、短いバスの休憩時間でパッと食べられるものが無さそうだったので、エビフライの乗ったカレーパンを食べた。
めちゃくちゃ美味しい!衣のサクサクとエビフライのサクサクがマッチして、カレーのうまみとエビのうまみがマッチして、ここは食べ物のマッチングアプリかい!!!!と。
到着
時間が迫っているため、急いでライブ会場へと向かう。
本日のメインである推しのライブは……凄まじかった。タカコさんも腕にグッズの腕輪(オシャレな言い方がわからない)を付けて、腱鞘炎になりそうなくらいペンライトを振った。いつも孤独なオタクだから、こうやって同じものが大好きな人たちが沢山いる空間というだけで幸せになれる。そこに推しも居る。これ以上の幸せはない。推しが「元気にまた会いましょうね」みたいなことを言っていた。今日からはより一層、健康管理に努めなくてはならない。
散策
みなとみらい線に乗って日本大通り駅まで来た。ここから横浜駅まで徒歩約40分ほどの距離を散策する予定だ。
駅を出て海の方へと向かう。薄暗い色で固められた地下鉄の空間から一気にどこまでも広い道へと繋がる。この瞬間が心地よい。
「海の匂いがするね」と、すれ違いざまの人々がはしゃいでいた。嗅覚に自信のある私だが、正直なところ残念ながら横浜の海では潮の香りを感じることができなかった。が、そのセリフが聞けただけでなんとなく海に来たという感じがして、良かったと思う。
歩くときは手が気にならないから、タカコさんの存在をうっかり忘れてしまっていた。私は人間の友人と出歩く際にも、友人の存在を忘れてふらふらと気になった店に入っていってしまうような人間なので、いたしかたない。
とはいえ、幼児のころは歩くときでもタカコさんと一緒だったはずだ。視線が低くタカコさんが歩くことができる空間が身の回りにあったことと、なにより社会の目なんて気にしていなかったからだ。
いまはどうだろうか。己の左手を『タカコさん』と呼び人差し指と中指でテクテクと歩かせるような行為を、人前でできるだろうか。私にはできない。
私はこんな大人になりたかったのだろうか?大事な友人の存在を限りなく薄めてまで社会に溶け込もうと努力しているのはなぜだろうか?
歩みを進める。
まだら模様のアスファルトが気になって調べようとしたがなんと調べれば良いか分からず断念した。有識者がいらっしゃいましたらご教授いただけると幸いです。
事前に旅行ガイド雑誌で見ていたオシャレな雑貨屋さんを探して海沿いまで来たのだが、ようやく見つけたそのお店はいかにも「ハイセンスな人間しか入れませんよ」みたいな雰囲気を出しており、私には無理だと一度スルーして上の写真を撮りに行った。
しかし、だ。折角の旅行、横浜のこの地はもう人生で二度と来ない可能性だってある。そんな弱気でいいのか?
私には、タカコさんだってついているんだぞ。
タカコさんは、私のなかではお洒落で高尚な存在だと思っている。
『私の左手が』ではない。『タカコさんが』。なんせ、さん付けしているくらいだから、少し大人びた印象を抱いている。私は少しだけ自分の手の姿かたちが気に入っている。そこにお洒落で高尚な存在のタカコさんが居るのだから、最強だ。タカコさんを認識することによって、自分の自信に繋がるような気がした。
引き返して、店に入った。恐る恐る、しかしそれが店員さんに伝わらないよういかにも私はハイセンスな人間ですよと騙るように胸を張って堂々と、入店した。
入口付近には色んな濃淡の青いズボンが並んでいた。オシャレな人々が『デニム』と呼ぶアレだ。
店内をぐるっと回ってみたが、目当ての雑貨が見当たらない。ガラスケースに入ったアクセサリーたちが光っている。
レディース服のコーナーを見て、オーバーオールが気になってチラリと値札を見る。そこそこ高かった。
私は店を出た。別に買えないわけじゃなかったけれど、『店に入れた』という満足感だけで充分だった。もう『しかし、だ。折角の旅行、横浜のこの地はもう人生で二度と~』などとは思わなかった。これまでの私だったら絶対に、店に入ること自体が「無理!!!!」と思ってしまっていただろうから。
赤レンガ倉庫の方まで来ると、やたら人が多く賑わっていた。この日は花火大会があるため、数時間前であるこの時間から既に混雑し始めていたのだ。
建物内のフードコートは、あまりの混雑具合がまるでジブリ作品に出てくる大衆食堂のようで、私は赤レンガ倉庫での夕食を諦めて横浜駅方面へ向かうことにした。
タカコさんも私も人混みは苦手である。
人の混雑に押され流され、横浜駅までやってきた。
家族からお土産代を渡されていたので、百貨店へ寄り、無難に横浜ハーバーを買って、クエスト完了。
某商業ビルまで辿り着いた。夏なのでまだ昼間のように日が照っているが、時間帯的には夕焼け小焼けのチャイムが鳴りだす頃だろう。
19時半から20時まで花火が打ちあがるというが、混雑した屋外に出て花火を見るなんて無理だろうな。
それならいっそのこと贅沢してしまおうか、と思い私はとある施設の予約サイトを開いた。
邂逅
『スパ』へやってきた。基本的に撮影禁止のためここからは写真が少ない。
タカコさんは一旦腕時計を外して、こんな状態になった。
お風呂へ直行。公衆浴場に入るのは久しぶりである。
公衆浴場というのは、自分以外の全員が常連客であるような気がしてしまって怖い。常連さんの間にある暗黙の了解が存在しているのではないか?私が湯に浸かっているこの場所は常連さんのボス的存在がいつもこの場所に入ると暗黙の了解で空けられている特等席だったりするではないか?タオルはこの端っこに置いておいて大丈夫なのか?サウナへの入りどきはいつだろうか?
大丈夫、私にはタカコさんがついている。ロッカーキーを付けて、ベルトのくるくる部分の跡をちょっとつけているタカコさんが。
意を決して、サウナへ入った。
巷で流行っている、『ととのう』とかいうやつ。心臓に悪いというけれども、ミーハー心で一回くらいはやってみたい。どうやってやるんだっけ、あれは……サウナに入って水風呂に入ってを繰り返す?
私がサウナに入ると、座る部分は7割埋まっていて、Tシャツに短パン姿のお姉さんがでっかいうちわで「わっさ……わっさ……」と仰いでいる姿が目に入ってきた。なんなんだこれは、知らない概念が来た。ロウリュ?ロウリュか、これ!?ロウリュウは確か石に水をかけるとかいうやつだから違うか。じゃあこれは何!?!?
隅っこの場所に座る。私はいつだってすみっコぐらし。
そのうち順番が回ってきて、私もうちわで「わっさ……わっさ……」と仰がれた。仰がれたあと全員が「ありがとうございます……」と礼をしているので、私もそれに倣った。
「これで終了です」
お姉さんが言い放つと、みんなお礼を言いながらサウナから撤退して行った。……え?終わりって何?
まだサウナ入って1分くらいしか経っていない。
ボケっとしていると、ひとり取り残された私に「これで終わりですので……」とお姉さんが声をかけてきた。
サウナが初めてで分からなくてすみません、と話を聞くと、どうやらこのサウナは時間ごとにアロマを石にかけたり熱波送るサービスをしたりしている、とのこと。その限られた時間にしか入れないっぽい。
優しく促されてサウナを出るも、いまいち温まった感じがしない。でもまぁいっか!!私にはタカコさんがついている!!(ヤケクソ)
サウナから出て水風呂へ勢いよく入っていく客たちに倣い、水風呂へ、入った。冷て~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!そりゃそうだ!!!!!!!!!!!20秒くらい我慢して速攻で出た。サウナには戻れないので普通のお湯に浸かった。あ"~~~天国、天国、これがととのうってやつか。違うか~。
ババババとジェットが出てくる(?)お湯に15分くらい浸かりながら、人生のことをアレコレ考えていた。
私は帰ったらこの記事を書いてオモコロ杯2023に出して、自分の左手のことをタカコさんと呼んで遊ぶ頓知気な人間に自ら成ったうえでどうせなんの成果も得られずに終わるんだろうけれども。そもそもこんな記事なにに需要があるんだ?
わからない、人生に需要のあるものなどそもそも存在しないのかもしれない。私が左手のことをタカコさんと呼んでいたのも、私がいま社会に溶け込もうとしている努力も、すべて。
風呂からあがった。もこもこした素材の館内着に着替えて、休憩スペースへと向かう。ペットボトル飲料の自動販売機が軒並み200円近くしたので脱水覚悟で歩いていたら、無料のウォーターサーバーがあって嬉しかった。
スパは24時間営業なので、このまま帰りの夜行バスの時間まで4時間ほど、ゆったりと過ごす算段だ。
いまごろ地上では、花火客の混雑がピークを迎えている頃だろう。私はこの静かな休憩スペースで優雅な夜を過ごす。花火なんて見られなくたっていいんだ、別にキレイとか思わないし。
雑誌コーナーにあるTarzan特別編なんかを読みながらリラックスしていると、部屋の奥にある窓側に人が吸い寄せられていくのを視界の端でとらえた。
花火だ!!
3分の1くらい隣のビルで隠れてはいるが、打ち上げ花火の光が窓からキラキラとこの空間へと降り注いでいた。
館内着を着た老若男女バラバラの客が10人に満たないほど、静かに花火を鑑賞していた。私も後ろからそろっと近づいて、椅子は埋まっているので隅っこで正座して、鑑賞した。タカコさんと一緒に。
キレイだった。花火、大して感動せんとか豪語してごめん、と思った。
特に、大きく打ちあがったあと火花がまた線香花火みたいにチリチリと改めて散っていくやつが大好き。なにかを模した色の花火も好き。赤にちょっとだけ緑が入っている、これはイチゴかな?とかとか。
しかしながら私は、「こんな贅沢をしていいのだろうか」と不安になりつつもあった。下では熱帯夜のなか人間がごった煮になっていて、それもまだ暑い夕方から気合を入れて花火を見るために忍耐してきた人たちがたくさんいる。それなのに「花火なんて見れなくてもいいや」とか考えていたこの私が、偶然にもこんな特等席のような、涼しくて快適で人の少ない場所で花火を見ていて、それってあんまりにも理不尽じゃないだろうか?
どう思う、タカコさん。
タカコさんは手なのでなにも答えない。お人形と同じく、私が吹き替えないとなにも喋らない。
タカコさん「いいと思うよ!だって星座占いで今日のこの日が一番運のいい日だって書いてあったじゃないの!」
……なんてお人形遊びみたいなことも大人の私にはできないまま、花火はどんどん打ち上がっていった。
帰り
帰りは特記することも無く、スパから退館して夜行バスの待合室まで行き、コンビニでパンとお茶を買って食べていたらもうすぐにバスの出発時間になったので、乗り込んで速攻で寝た。
夜行便の良さはなんといっても快適に眠ることができるところにあると思う。昼行便は旅の景色を楽しむ対価としてカーテンが開いており、眩しくてぐっすり眠ることができない。
帰宅
結局、旅の途中にも思っていた「これで何か成果が得られるのか」という点については、タカコさんと旅をするというコンセプトで何か得られたかというと何も得られなかったように思う。
いや、そうでもないか。「私にはタカコさんがついているんだぞ」という気持ちで強気になれたところもあったし、実際はしていないけれど普段全くオシャレじゃない私がタカコさんのために手にネイルをしようとも考えていた。
そして、旅の写真に自分の手を映り込ませるというのは新鮮で面白かった。普段、友達も少ないもので自分自身を写すということが希少なことなもんで……。
おまけ
終わり
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