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今週の日記#13

めざましテレビを見るたびに「陽」の番組だなと思う。今朝は、にっこり笑顔を作るために顔を引っ張るエクササイズ……みたいなものを紹介したりしていた。

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いつからか「伊藤園新俳句大賞」をじっくり読むこともなくペットボトルを捨てるような大人になってしまった。見たなかで覚えている俳句は無いけれど、漠然と「素敵だな」と感じた心だけはずっと覚えている。

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駅にて、スーツに名前らしきタスキをかけた人が立って自分の名前を連呼している。異常者ではない、どうやらなんらかに立候補する政治家らしい。朝は「おはようございます!」「いってらっしゃい!」、夜は「お疲れ様です!」と、歩行者たちに向かって叫んでいる。
朝に「お疲れ様です」、夜に「いってらっしゃい」と言われるべき人の存在をないがしろにしている時点で何とは言わんがもうダメだと思った。
かといってマジョリティの存在を肯定することで「おはようございます」「お疲れ様です」の声かけをなくしてしまうのも考えものだとも思う。
そもそも、朝に「いってらっしゃい」を言うことはマジョリティの排除になり得るのか?
夜にも「いってらっしゃい」をいうことが多様性ということなのか?
みんなはどう思う???
その人は駅から出た階段の降りたところすぐに立っていたから、すごく邪魔だなぁと思ってわざと大袈裟に回避してすれ違っていた。邪魔だと言われたか知らないが、いつからかその人は階段から少し離れて黙って会釈するだけの人になってしまっていた。一見の異常者レベルが上がった。

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夢を見た。大講堂のような場所でオーディエンスが湧くなか突然歌えと言われて歌うんだけど、最初は自信なくてひよひよなのに最後はスタンディングオベーションで盛り上がるくらい急に歌が上手くなっちゃう夢。Adoさんが憑依したかと思った。ちなみに現実はド音痴。
観客側は陽キャばかり盛り上がって陰キャはつまらなさそうにしていたので、「陰キャの仲間たち本当にごめん!!!裏切った訳じゃないから!!!」とマイクで叫んでいた。陰キャの代表にでもなったつもりか。
ここからは独特な世界観になるのだけれど、ギャルのトトロが観客にいて、(?)バナナマンの日村さんと通路ですれ違ったところでぶつかってギャルトトロの装飾がはずれかけちゃうんだけど、設楽さんが日村さんに対して「お前は同じ種族なのになぜ遠慮ができなきんだ」とツッコむ、という場面が、個人的にツボ。(???)

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低気圧で体がだるい。頭も痛い。眠い。ひたすら眠い。
低気圧というものがトレンディなワードになってしまったことも一因であるような気がしてならない。気圧なんて知らずにただ「気のせい」にしてバファリンを飲んでいたほうが、よほどメンタルに良かったのかもしれないね。

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noteを書いていたら、「AIアシスタント(β)」という項目が突然現れた。
有料会員のお試し機能らしく私が試してみることは出来なかったが、アマチュアのブログであれプロの文章であれ、執筆にAIが携わる時代が来ている実感が確かに、ある。
私の主要生息地であるツイッターでも「AI」の話題で持ち切りで、特に「ChatGPT」とやらがバズっている印象がある。学校のレポート課題に応用しようと思ったが、内容の正確性に欠けていて実用は難しかった。
AIの進歩によって、私たちの生活も少しずつ変わっていくだろう。そして、その変化は良いものばかりとは限らない。むしろ、今までとは真逆の変化が訪れる可能性の方が高いかもしれないのだ。そんな時代にどう立ち向かうべきかを考えていきたい。
まず、最も危惧すべきことは人間の仕事が無くなることだと思う。しかしこれは、必ずしも悪いことでは無いと思う。人間はいずれ死ぬ運命にある生き物だ。ならば、死を迎える前に自分の人生を振り返り、やり残したことがないかを考える時間が必要だ。仕事に追われて生きるのではなく、充実した人生を送るために働くべきだと考えるようになった私は、この考えに基づいてこれからの人生設計をしていこうと考えている。
次に考えるべき問題は、AIの発達による社会構造の崩壊についてだ。これもまた、悪いことではないと思う。なぜなら、人間の能力を超えた存在が現れた時、人は新たなるステージに進むことが出来るからだ。例えば、今から一千年後の未来では人類の大半はロボットに支配されている世界になっているかも知れない。そうなった場合、私たちはロボットと共に生活する術を学ぶ必要があるはずだ。そうやって、新しい時代の生き方を学んでいけばいいのではないか?

……ちなみに上記の文章、「~内容の正確性に欠けていて実用は難しかった。」までは自分で打った文章、「AIの進歩によって、私たちの生活も~」から先はAIに考えてもらった文章である。

AIが考える人間とAIの共存、既出ではあると思うが結構面白いと思った。
ちなみに当の私はというと、AIによる生活の変化や人生設計、共存の道、なんてものはな~~~んにも考えていない。AIが文章を考えてくれると聞いて真っ先にレポート課題をサボるのに利用しようなどと考えた「悪い」側の人間だ。AI未満のポンコツ人間。でも、その基準でいえばみんなそうなるのかもしれないな。

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