おや?と思うサインを見逃さないで

2018年10月23日、千代丸をもの忘れ外来に連れて行った。

子供の言うことに素直に従いスムーズに受診するようなできた親は世の中にどれくらいいるのだろうか。千代丸の場合、ご多分に洩れず「もの忘れがひどいから検査に行こう」なんてストレートに言ったところで怒って行くわけがない。親の様子がおかしいのに受診してくれないという相談はよく耳にする問題だ。             親の性質をよく見極めて上手く誘導するしかないが、千代丸の場合は「検査に行ってくれたら一緒に温泉旅行に行こう!すごい高級な旅館だよ!もうこんな宿は一生泊まれないかもよ!」と何度もけしかけ、最初はイマイチな反応だったが言われるうちに高級温泉旅行というワードが強く刷り込まれた様子となり受診に漕ぎ着けることができた。

受診では、MRIやら認知機能を確かめる質問テスト(長谷川式スケールやMMSEという)を行い、案の定アルツハイマー型認知症と確定された。  受診時に行う検査の詳細については後日記述することにし、今回は「あれ?ちょっとやっぱり変じゃない?」と感じた受診までの異変サイン[千代丸バージョン]の内容を書きたいと思う。そして、そのサインは絶対にスルーしてはいけないということを強く伝えたい。

①ソーセージなんて食べたことないわと言った

アルツハイマーの確定診断を受ける2年前の夏。近所の祭りに千代丸を連れ出した際、屋台のソーセージを食べさせた時に放った言葉である。千代丸はもちろんソーセージを肉の代わりかという程今まで食べている。千代丸は私が子供の頃から訳の分からないことを言うことが多々あり、これを言った時も(また変なこと言ってんなー)位にしか思わなかった。昔から言葉をきちんと話す、きちんと聞くと言う概念が全くない人間で、他者とのコミュニケーションを適当にとる傾向がある人だった。会話の中で、幹を伝えたいのに葉から話始めて結局何を言ってるのかさっぱり分からないタイプであった。元々がこうだったため、この時点では異変サインと捉えるのは難易度が高すぎるが、思い返せばこの辺りから既に軽度認知症(MCI)は始まっていた様子。親が適当に物事を話すタイプはサインに気付きにくいから要注意。ある程度の年齢がきたら認知症も疑ってみよう。​

※MCI(軽度認知障害)とは...           日常生活に困ることはないが、認知機能の低下が生じている状態で本格的な認知症になる一歩手前の状態。ここで適切な治療を開始すれば発症を遅らせることができると言われているよ

②家で横になる時間が増えた

認知症の初期では40-50%の人に鬱症状が出現するといわれているが、アクティブな千代丸にもそれは現れた。「私、1日1回は絶対外に出ないとダメなのよ」と昔から散々言っていたのに、外出だけに留まらず料理や掃除もしなくなった。しかし本人は十分にやっていると言う。高齢で気ままな一人暮らしだったこともあり手抜きをしても誰にも責められるわけではないが、料理上手な親だった場合は惣菜に頼りだすことが増えれば少し注意して様子を見た方が良い。ちなみに千代丸は料理が好きでもないし得意でもない。なので料理の面からのサインは見抜けなかったが、外出を億劫がる様子に違和感を覚えた。

③冷蔵庫や戸棚は認知症サインの宝庫

実家に帰る機会があればぜひチェックして欲しいのがここ。認知症サインが出やすい定番の場所である。賞味期限が切れてもそのまま冷蔵庫内に放置してある・冷蔵庫内に乱雑に物が置かれている・同じ商品がたくさんある・・千代丸の場合は戸棚からトイレハイターが30本近く出てきた。本人に問うとしょっちゅう使うからすぐなくなるのだと言う。もちろん使ってる形跡はない。それから長年医者にかかっていて薬を内服する習慣のある親は、内服状況を把握するために残薬の確認をしてみると良い。内服管理は認知症初期からできなくなる。

④こいつはヤバイぞと決定づけた物盗られ妄想

この症状には本当に参った・・気持ちが萎えた・・妄想の対象となったのは私の10個上の兄、ひげ丸だ。ひげ丸と千代丸は長年確執があり、絶縁していた時期もあった。しかし、一応千代丸の老後を危惧してご近所に自分の家族と住んでいる。そのひげ丸が自分がいない時を狙って家に来ては色々物を持っていって困るというのだ。化粧品、TVリモコン、財布etc・・中でもTVリモコンへの執着がとんでもなく、新聞紙でぐるぐるに巻いてさらにタオルで包み、自分のカバンに入れて常に持ち歩くようになった。そしてさらにそれを自分で押入れの奥に隠し、隠した事実が本人の中でスコンと記憶から抜け落ち、紛失を繰り返すのだ。TV命だった千代丸にとってリモコンがない生活はきつく、私が新しい物を当てがうとまた隠すを繰り返す。こちらも頭がおかしくなった。なのでもうTV台に括り付けて対応した。

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これでリモコンへの執着は落ち着いた。「物盗られ妄想は決して否定せず、本人の気持ちに寄り添いましょう」なんて教科書には書いてあるけど、自分の親にはそんな余裕のある対応はできなかったな。「ひげ丸が化粧持っていってどーすんのよ」「千代丸さっき自分でタンスにしまってたじゃない」「平日の昼はひげ丸だって仕事してるんだから家になんて来ないよ暇じゃないよ」 散々こんなコト言ってイライラしながら対応してたな。物盗られ妄想って本人の中で訂正されることはまずあり得ない。それを理解していてもできないんだもの、困った娘だった。(もちろん仕事で物盗られ妄想をもつ認知症患者さんの対応ではこんなケアはしていない。否定は本人の不安を煽るだけだしね。) 物盗られ妄想は認知症患者さん全てにみられるわけではないけど、今までの家族関係とか本人の疑り深い性格とかも関与してる感じはするね。ちなみに千代丸は過去デイサービスを強制退去させられた程の攻撃的な性格で、人を全く信用しない性格は折り紙付き。天下一品。

今年はコロナで実家に帰れない人が多いと思うが、それは親の異変サインを見抜く機会も奪われていうということになる。ちなみに電話でサインを見抜くことはかなり難易度高め。アルツハイマー型認知症の特徴に「取り繕い」という行動があり、相手の話に上手く合わせてしまうのだ。アルツハイマーになっても社会性を保とうとする術だね。

さて、千代丸はアルツハイマー型認知症だけど、認知症は他にも種類がある。次回は他の認知症とその特徴を、私が印象に残っている患者さんのエピソードを交えて書いてみようと思う。