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代表的なグローバル・ヒストリー歴史家の紹介

今はグローバル・ヒストリー論の全盛期です。

話題のグローバル・ヒストリーの本は、本屋に目立つところに平積みされているし、雑誌・新聞の批評にもいつも載っています。

グローバル・ヒストリーとは何かという定義はまだはっきり定まってないのですが、ざっくり説明すると、これまでの狭所的・局所的な歴史研究を批判し、時間と空間を大きく広げ、政治・経済・文化・疫病・環境・人口など広範囲なテーマをマクロ的な視点で眺めることを目指す歴史分野です。場合によっては歴史の始まりを宇宙のビッグバンにまで求め、宇宙的観点から歴史を見ることで、現在の地球環境問題を歴史的に定義づけ新たな価値を生み出すことを目指します。

また、これまでの歴史が西洋近代を中心に考えていたのを批判し、アジア、イスラム、アフリカ、南米、太平洋など各地域を相対化し、それぞれの関係や連携に注目して世界的規模の物語を描こうとする試みもグローバル・ヒストリーの特徴であります。

このようなグローバル・ヒストリーが盛んな背景には、以下のような事情があります。

1. グローバリズムの進展に伴い、世界が抱える問題もグローバル化してきている中で、歴史がどのように諸問題に対応できるかの模索の形であること。

2. 1970年以降ソ連の失敗が明らかになり唯物史観が力を失った後、歴史学は専門化・局所化し、書いた本人以外誰も読まないようなマニアックなものになっている。言葉を選ばずいうと「役に立たない」ものになっているという自己批判があること。

3. 中国の急速な台頭により欧米の優位性が揺らぎ、これまで主要だった西洋中心史観が危機にあること。

もともと歴史学は、唯物史観がそうだったように、政治や経済で「使える」実用的な学問でした。それを取り戻そうというわけではありませんが、専門家による専門家のための学問から、世の諸問題へのアプローチに寄与する学問へ進むべきである、という意見は、長年様々な歴史家から意見として挙がっていました。

そしてこのような背景を知ってても知らなくても、世界史をマクロ的に見ることの重要性を皆、感覚的に分かっている。知的好奇心ということもあるでしょうが、今後世界はどうなってしまうのか、という危機感のほうが強いのではないでしょうか。

この辺にいまのグローバル・ヒストリーのブームがあるのではないかと思います。では、このグローバル・ヒストリーを代表する歴史家とその著作はどんなものがあるかを紹介していきます。

1. ウィリアム・ マクニール

シカゴ大学名誉教授。ヨーロッパ史を中心に、異なる旧世界文明がお互いに及ぼした影響の観点から世界史を探求し、外国文明との社会的接触が歴史的変化を推進する主な力となったと説明。文化文明の融合によって歴史が開かれたダイナミックな理論を展開しました。

日本でも大ヒットとなった「世界史」はマクニール史観の総まとめとも言える本です。その名の通り世界の歴史を(ヨーロッパ中心ですが)移動・接触・交流・融合といった点から俯瞰します。

2. ジャレド・ダイアモンド

今や歴史学の世界的権威となっているジャレド・ダイアモンドですが、彼はもともと生態学や鳥類学の専門家で、ニューギニア島でフィールドワークを長年やっていました。日本を含む世界中の国で研究をしていたこともあり語学や地理学にも堪能で、そのような膨大で雑多な教養が彼の著作のバックグラウンドにあります。基本的にジャレド・ダイアモンドの著作は彼の個人的な経験や研究成果に基づき、異なったアプローチから歴史に切り込んでいくところが面白く、故に歴史学に風穴を開けていると評価されています。

既に読んだ方も多いと思いますが、「銃・病原菌・鉄」は2010年代に出た歴史本の中でもっとも重要なものと言っていいかもしれません。なぜヨーロッパ文明が栄えて他文明を制圧し、他文明がヨーロッパ文明を制圧しなかったのか、というシンプルな問いから、生物学・疫病学・言語学・地理学、様々な知識を駆使してアプローチしていきます。ピュリッツァー賞受賞作品。

3. ユヴァル・ノア・ハラリ

イスラエル、ヘブライ大学の歴史学者。Facebookの創業者ザッカーバーグが紹介したことで世界的なヒットとなり日本でも30万部を超えた「サピエンス全史」、「ホモデウス」「21 Lesson」などヒット作を次々に出し、最近雑誌や新聞などでたびたび登場する、まさに時代の寵児です。

ハラリの代表作は「サピエンス全史」、歴史に少しでも興味があれば誰しもが名前を聞くか表紙くらいは見たことあると思います。この本は、なぜ「サバンナの負け犬だった我々ホモ・サピエンス」がなぜ全地球を支配するに至ったかを描きます。その理由として述べられているのが「認知革命」「農業革命」「科学革命」の三つ。通常歴史学は論説の根拠は文字による一次資料か、考古学的な証拠に基づきますが、ハラリは脳科学や人類学といった今までの歴史学ではあり得ないアプローチからマクロに人間の歴史を定義・解釈していきます。

4. デヴィッド・クリスチャン

デヴィッド・クリスチャンは著書「ビッグ・ヒストリー」にて、歴史の始まりを宇宙の始まり「ビッグバン」にまでさかのぼらせ、歴史の視点を人間だけでなく、宇宙や生命全般にまで広めました。この「ブレイクスルー」が後にどう評価されるかは分かりませんが、環境や資源、人口、科学など人類が抱える諸問題を大きく歴史のフィールドに引っ張り出してきて「さあどうする?」と全人類に投げかけたのは大きな功績と言えると思います。伝統的な歴史学者の中には反発も多いかもしれませんが、中世日本史学者の網野善彦も晩年、宇宙の観点にまで広げた歴史の必要性を指摘していたので、長年の歴史学の課題感の結実と言えるかもしれません。2004年に他界された網野先生がもし存命だったら、この本を読んだらどう思ったか聞いてみたかったです。

5. デイヴィッド・アーミテイジ

ハーバード大学教授デイビット・アーミテイジは、もともとは政治思想の研究者で歴史学の専門家ではありません。専攻分野を元にしつつ、さらに空間・時間を有機的に結びつけた論説に結び付けて論述。歴史学の「近視眼的なアプローチ」を批判し、環境やグローバル政治などのより広い課題に対しどうアプローチすべきかに取り組んでいます。

「<内戦>の世界史」は19年12月末に日本で発売されました。古代ローマから現代のイラク戦争まで、「内戦」というものの意味を単に権力闘争や戦場での衝突といった意味よりさらに大きく、それぞれの出来事を一国や一時代の特異な出来事として捉えず、「長期」「グローバル」という概念の流れの中に置くことで意味を捉えなおそうと試みています。

6. ケネス・ポメランツ

シカゴ大学歴史学教授。アメリカ歴史学会会長を務めたこともあります。ケネス・ポメランツは経済史のイメージが強いのですが、19世紀半~20世紀前半の中国史が専門。当時の中国の経済、生態学的変化をとらえながら、内的圧力としての農民反乱、外敵圧力として列強の侵入、それらの要因が中国国家形成や地域格差、コンフリクトにどう影響を与えたかを分析しました。

「グローバル経済史の誕生」では、「ヨーロッパで何か起こる→世界に波及する」という単純なモデルではなく、より大規模に込み入った中心のない超多極的な経済活動を世界経済の起源に求めています。そうして経済力の強さが勝利する価値観ではなく、特に生態学の観点から地域間のつながりを再評価しようとしています。

7. グンター・フランク

グンター・フランクはドイツ系アメリカ人、シカゴ大学の研究者。もともとはマルクス主義経済を専門にし、「従属理論」を提唱した研究者の一人として知られます。しかし赤狩りを逃れ南米チリへ逃避し、発展途上国の先進国への従属を断つべきという思想を深めます。しかし、恩師ミルトン・フリードマンがアメリカが介入したピノチェトのクーデターに加担していたことを知り、オランダへ逃避。同僚の研究者が様々な輝かしい業績をあげていくのを横目で見、肺がんと戦いながら、全生命を絞り出すようにして書き上げたのが「リオリエント[アジア時代のグローバル・エコノミー]」です。

彼は生涯に40冊の著作を出しているのですが、残念ながら邦訳されている著作はあまりありません。この本は、世界システム論で有名なウォーラスティンを世界システムと言いつつヨーロッパ中心主義であるとして徹底批判。18世紀以前はむしろアジアが世界経済の主役であったとして、西洋中心主義の打破を試みています。

8. ディペシュ・チャクラバルティ

シカゴ大学教授、ディペシュ・チャクラバルティはベンガルの生まれで、もともとはベンガルの労働問題を扱うマルクス主義的な歴史解釈をする研究者でしたが、2000年の論文「ヨーロッパを地方化する―ポストコロニアル思想と歴史の差異」にて一躍国際的に注目を浴びました。この論文では、インドの伝統的な社会に内在していた諸問題が、イギリス支配が進むにつれどう変化していったかを論じたものでした。現在は「非ヨーロッパの経済発展によって必然的に起きる諸問題」である環境史を主な研究テーマとしています。

9. スヴェン・ベッカート

ハーバード大学教授で、近年専門家の間で高い評価を受けているグローバル・ヒストリーの研究者です。「モノのグローバル・ヒストリー」を研究手法としており、コーヒーやジャガイモなどある特定のモノを対象として、モノがどのように世界化していったか、その生産や消費のネットワーク、モノにまつわる文化的側面などを見ることで、一国史観では見えてこないグローバルな枠組みへのアプローチを試みています。代表的な著作に2014年の「綿の帝国―グローバル・ヒストリー」があり、産業革命の象徴的存在である綿に注目し、農業(生産)・工業(加工)・貿易(流通)・商業(販売)・文化(消費)のすべての工程における関係、そしてその影響についてを描いています。

10. リンダ・コリー

ブリンストン大学教授で専攻はイギリス史。当初は18世紀の政治史を専門にしていましたが、イギリスのナショナリズムや国民国家の形成の過程を論じた「イギリス国民の誕生」によって一躍国際的に名が知られる研究者となりました。これを起点に現在は、政治史のみならず大英帝国のグローバルな展開にまで研究を進めイギリス国政史の観点から現代世界への問題提起を行っています。コリーはこれまでの歴史の叙述は政治家・植民地主義者・資本家・商人・知識人など支配者側の人間が書いたもので、圧倒的多数を占める農民・弱者・被抑圧者の視点が見過ごされてきたと批判します。

まとめ

グローバル・ヒストリーは、小さく閉じこもり近視眼的になりがちだった歴史の視野を様々な学問の視点で見ることで多く広げ、これまでやや停滞していた歴史分野を一躍先端的な学問の一つに押し上げました。また、世の教養ブームもあって、歴史が広く一般に見直される機会を作りました。

そういう点で大きな仕事を成し遂げてはいるのですが、「大きく見る」という特性上、細かい誤りや因果関係の不充分さの指摘はノイズとみなされがちだし、初めからおおよそ結論ありきで、そこに着地させるために都合の良い解釈やデータを採用して話を展開する場合もあり、少なからず問題はあります。

現在猛威を振るう新型コロナウィルスは、グローバリズムの申し子であり、そういう点で後にグローバル・ヒストリーの中での解釈と意義づけが必要になると思います。世界が抱える問題にどう歴史学が答えを出していくか、今後も注目していきたいところです。

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