私が“深海生物“になるまで(私が俳優を目指す理由)

自らを“深海生物“と自称するようになったのは、大学生の頃です。

色々あって、ほぼ不登校、昼夜逆転の引きこもりじみた高校時代を送った私。
大学に進学したことで自分の好きなことができるようになったのに…なったはずなのに、心に身体がついていかず、記憶に引き摺られるかの如く、度々夜に引き込まれていました。

思い通りにいかない憤り、甘えていると認めたくないプライドの高さをごまかすように、そんな私自身を自嘲して“深海生物“と呼ぶようになりました。

夜は静かで、時間の進みが優しく、永遠に現実逃避をしていられる気がして、穏やかで安らかで…それは海の底に似ています。海の上で嵐が起きていても、潜ってじっとしていればいつかは去る。そんなふうにずっと心地よいものだけを受け取っていられたらどんなにいいだろう。
もし私が大金持ちだったら、誰にも会わずいつまでも好きな本を読んでいたかった。でもそんなわけにはいかないから。

何年か前のVOGUEで青春をテーマにした号があって、様々なクリエイターのインタヴューが載っていました。その中で“あの心地よい夜に飲み込まれないこと“という言葉に出会ったとき、私が感じていたものをぴったりと言い表された気がしました。

今は夜も眠れるし、この世の中で生きていくことがそんなに嫌ではないのだけれど、やはり心の奥底にあるのは海の底に似た夜への憧れと、幼い頃に感じていたちいさな孤独。分かってくれる人などいない、全部を預けられる人などいないという、怒りにも似た孤独。
それは死ぬまで、原風景のように私の中にあるのだと思います。

これから私がやりたいことはまず、強い背骨とどこまでも泳いでいけるような尾っぽを作ること、そして、高校生の私や、中学生の私や、小学生の私が出会いたかった人をこの世に創り出すために、「俳優」という職業を目指しています。

「俳優」というのは、「人間を表現する人間」です。
私にとっては、さざなみのようにふるえる人の感情を描き出し、役の歪な生態を愛することのできる存在です。

そういう夜に隠れてしまいそうな存在を、ときに包み込むことができたらと、そう思うのです。


2021年4月某日。

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