音楽写真家という道の途中で ~ photographer 平舘平氏インタビュー【part2】
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音楽写真家という道の途中で ~ photographer 平舘平氏インタビュー【part2】

ひらばやしふさこ

 音楽写真家の平舘平(たいらだて・たいら)さんインタビューpart2。
 part1 では音大を志して芸大に入ったものの音楽家になる道に疑問を感じ、休学を経て卒業するまでをうかがいました。
 今回は芸大卒業後、別の仕事に就いた後にカメラマンを志し、勉強のため撮影スタジオに入るまでを聞いていきます。【全4回】

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平舘平(たいらだて・たいら)
音楽写真家。1988年、横浜市生まれ。東京藝術大学音楽学部声楽科を卒業後、複数のコンサートマネジメント会社、スタジオエビス勤務を経て独立。クラシック音楽を専門にコンサート、ポートレート、ドキュメンタリーを撮影している。音楽祭、音楽関連誌などで活動中。

音楽祭事務局のアルバイトから、コンサートマネジメント会社の正社員に


----- カメラマンになる前、会社員時代があったそうですけど、芸大を卒業してすぐに就職したんですか?

  いいえ、卒業した時は就職先は決まっていませんでした。就活しなきゃと思いましたけど、エントリーシートの志望動機を書けなかったんですよね。別に志望してないから(笑)

 それでとりあえず、コンサート制作の事務所でアルバイトを始めて、上野で開催される「東京・春・音楽祭」の事務局と、夏に鹿児島県の霧島で開催される「霧島音楽祭」の事務局の仕事をしました。その事務局も秋ごろにはお役御免になり、次が決まらないままで辞めたんです。

 実は、卒業間際から今の奥さんと付き合い始めていたんですよね。僕は一浪して一留しているから芸大を卒業した時は24歳、彼女は少し年上でした。年齢も年齢だし、結婚するために頑張んなきゃいけないっていうプレッシャーはあるわけですよね。

 それは結構、苦しかったですね。

----- 苦しいのは大事な人だと思っていたからですよね。

 確かにそうですね。

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 それで、バイトを辞めて「どうしよう?」と思った時、そのバイトで知り合った会社の社員の方が「うちの会社で社員募集しているから、やったら?」と言っていたのを思い出したんです。コンサートホールでチケットをもぎったり座席を案内するレセプショニストを派遣している会社でした。

 その会社に電話をして「働きたいんですけど」と言ったら、正社員で雇ってくれました。それが芸大を卒業した年の年末のことです。

仕事は楽しかったけれど、先を急ぎたくて退職


----- そこではどういう仕事をしていたんですか?

 最初はレセプション部門に配属されてコンサートホールの仕事をしました。半年後にチケットセンター部門に異動になり、主催者からチケットを委託されて販売する仕事や音楽祭のチケット販売窓口を受託してやる仕事を担当しました。そこではコンサートやイベントの問い合せ窓口のコールセンターの受託もしていましたし、チケットを受託するための営業などいろいろやりましたね。そう言えば、いきなりwebサイトを作らされたこともありました。

 結構、楽しかったですよ。特にコールセンターの業務が意外と楽しかったですね。クレーム対応はさておき、電話で訊かれたことを案内するのは好きでした。ホールにいた時もそうでしたけど、訊かれたことを丁寧に案内して伝わるのが楽しかったです。僕は気が利く方ではありませんけど、訊かれたことにちゃんと答えるのは結構好きでしたね。解決するから。

----- 仕事は楽しかったけれど、カメラマンになりたくて辞めたんですか?

 カメラマンになりたいと漠然と思ってはいましたけど、それが一番の動機で辞めたという感じではないですね。

 当時の仕事は基本的にオフィスワークなので、毎日満員電車に揺られて通勤するじゃないですか。で、「何やってんだろう?」って思っちゃったんですよね。

----- 何についてそう思ったんですか?満員電車で通勤することについてですか?

 それも含めた一連のパッケージに対してだと思います。

 ほんとに感謝してるんですよ、その会社には。突然、正社員で雇ってくれて。給料は高くはなかったけれども、ちゃんと払ってくれましたし。みんなよくしてくれて、ほんとにいい人たちばっかりだったんで。凄い残業があるわけでもないし、休みはちゃんと休めるし、ワークライフバランス的には好待遇だと思いました。高級を貰えるけど死ぬほど働く会社もあるわけじゃないですか。

 給料が安かったと文句を言うつもりはまったくありませんが、結婚して養っていくことを考えると、もっと手っ取り早く稼ぎたかったんですよね。ひと言でいえば。

 その会社は成果報酬などではなかったので、いいことをやれば褒めてもらえるし認めてもらえるけど、それがすぐに報酬に結び付くわけではありませんでした。定期的に少しずつ上がってはいきましたけど、「結婚して養っていけるのはいつだろう?」と思ってしまったんです。

 自分でもよくないと思いますが、せっかちなんですよね。自分の好きなようにやって、それが早く結果に結びついてほしい。そういうところがあるんです。

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何かになりたくて、写真を仕事にしようと決める

----- 写真を撮り始めたのはいつ頃ですか?

 休学から復学した大学3年生の頃に一眼レフが流行って結構みんな買っていた時期があったんですよね。その時に僕もニコンのエントリーモデルを買いました。割と好きで持ち歩いて撮ったりはしていました。遊びですけど。

 会社勤めの間も趣味で撮っていて、友達から頼まれて撮ることも増えていました。

----- それに手ごたえを感じて、写真なら稼いでいけるからカメラマンになろうと思ったんですか?

 うーんと、音楽をやり始めて音大に行きたいと思うようになったのもそうなんですけど、何かするのであれば、その道の人になりたいっていう欲求はかなり昔からあったと思います。音楽なら聴く側ではなくて演奏する側に、写真なら撮る側になりたいし、その道の人と言えるレベルになりたい。

 それは物事の本質を知りたい、そのために物事の真ん中にいたいという欲求であると同時に、何者かになりたいという欲求でもあります。

 父は高校の教員で、母は介護福祉士です。親族なども含めて、周りの人には専門職や創作活動をしている人が多いんです。

 そういう中で、自分も何かになりたかったんですよ。

----- 「平くんて何やってるの?」と訊かれた時に「何々です」と答えられる何かが欲しかったということですか?

 そう。安易と言えば安易です。わかりやすい何かが欲しかったんです。

 今、考えれば、そんなことが一番大事ではないのは明らかなんですけど、高校生の時の自分は「これの人」っていうのになりたかった。そういうものに対して、憧れとかコンプレックスがかなりありました。何もなかったから。勉強も中途半端だし。スポーツは苦手だし。

 だから、音楽をやり始めて「向いているな」って思えた時は安心したし、楽しかったし、芸大に入った時は凄く安心しましたね。

----- 音大を目指したきっかけは「のだめ」だけれど、その裏には「何かになりたい」という強い想いがあったのですね。

 そうです。だから音大に行きたいと言った時、両親も「やりたいことが見つかってよかった」と思ったようです。仲が悪かった妹とも仲良くなりました。

----- 芸大に入って一旦は安心したけど、音楽家にはならなかったから、写真の専門家になろうと思ったということですね。その時、写真で食べていけるという自信はあったんですよね?

 うーん、歌を始めた時と同様、写真をやればやるほどうまく撮れていったんですよ。だから、向いていると思ってはいました。


先輩カメラマンのアドバイスでスタジオマンに

----- それで会社を辞めてスタジオエビスに入ったんですか?

 そうです。入社してからちょうど1年ぐらいで、その会社には辞めると伝えました。

 どうしたらカメラマンになれるんだろうと思い、音楽祭の事務局バイトの時に知り合ったカメラマンの人に「カメラマンになりたいんですけど、どうしたらいいでしょうかね?」って聞いたら、「撮影スタジオで働いたりするのいいんじゃない?」と言われたんです。

 撮影スタジオがどういうものかもよくわからないまま、その人が前にスタジオエビスというところを使っていたと聞いて、連絡先を調べて電話してみました。断られかけましたけど、結局、面接してくれて採用してもらえました。「面接の時にブックを持ってきてください」と言われてもブックがどういうものかも知らなかったし、スタジオを見るのも初めてで「凄いですね!」しか言えなかったんですけどね。

----- 人柄採用(笑)

 そうなんですかねぇ(笑) それで、スタジオエビスで働き始めたのが、前の会社に入ったちょうど1年後の12月でした。

写真: Ikuko Takahashi

続きはこちら >>> 【part3】「スタジオマンから音楽写真家へ」

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ひらばやしふさこ

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ひらばやしふさこ
フリーランスでライティング・編集などを仕事にしています。企業クライアント直案件の黒子役が中心です。神奈川県の海の近くで、三毛猫の環(通称タマちゃん)と同居中。宅地建物取引士。スミダ読書会主催。