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時と金と体

 大学2年生のNは曇天が自分を笑っているような気さえした。Nは朝が嫌いだ、なにも始めから嫌いだったというわけでは無い。Nの心にのしかかるのは登校の時間の長さである。Nの自宅は大学の最寄り駅まで電車で1時間半なのだが、Nにとってこれはそこまで問題ではない、というのも電車の中ではNは基本的に瞼をふせ、休息できているからである。ただ最寄り駅から大学までの徒歩30分の道のりがNを苦しめるのである。普通の人でさえ30分のも間ただ歩くのは好まないであろう。ましてやNは昔から時間を無駄にするを非常に嫌うたちであったのでこの30分がどうしても許せなかった。一度は退学さえ頭をよぎったが、入学までの苦労をおいそれと捨てることはさすがのNでもできなかった。Nの生活を一変する出来事が起きたのはそんな苦悩の折であった。

 Nがいつものように足を引きずるように大学への道を踏みしめていると、背の高い杖をついた中年の男が声をかけてきた。その男はNが声に応じるや否やポケットから奇妙な腕時計のような機械を取り出し早口で説明し始めた。男が言うにはこの機械は人が歩いた歩数をお金に変えてくれるというにわかに信じられない代物であった。Nも最初は訝しい表情で男を見ていたが、いつの間にかその魔法のような機械に心を奪われていた。男は一通り説明を終えると押し付けるようにNに機械を渡し早足での前から立ち去った。確かにお金の出どころや仕組みが不明確なのは懸念すべき点だったがそれよりもメリットのほうが大きかったので、Nは神からの贈り物だと考え、気にせず使うことにした。Nが腕にその機械を巻くとピッと音がして画面に『0円(3291万円)』という文字が表示された。Nはその画面をまじまじと見ながら首を傾げた。0円の意味はまあ分かるが3291万円がどうにもわからなかった。Nは少し考えたあと前の使用者の履歴か何かだろうという風に結論づけた。

それからというもの少し不安はあったもののNの生活はガラリと変わった。歩けばどんどんメーターが上がっていくのだ。メーターの上がり方は不規則だったが、それでもいつもは苦痛だと思っていた投稿もメーターを見ながら歩くと心地が良く、早くキャンパスについた気がした。登校以外にもNはすべての移動を徒歩に切り替えるようになった。歩けば必ず結果がついてくる、時間と労力がそのまま結果としてかえってくるこの感覚がNにはたまらなかった。そんな日々がつづいて2年がたったある日、その日の朝Nは腕に少しの痛みを感じたともに永遠の眠りについた。メーターの表示も『1216万円(3291万円)』で止まっていた。Nが静かに息を引き取ってから数分後4人組の男がどこからともなく現れた、その中にはあの男もいた。4人の男はNを車に積み込むと車を走らせ薄暗い闇に消えた。

 ~とある闇サイト~
「成人男性 健康体 全身 4507万円
内訳:身体価値3291万+ 健康付加価値1216万
   臓器バラ売り可」  

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