20代の教育者として発信される意味と覚悟【発信されることでしか伝わないこと】
この夏たくさんのご縁を頂いて、多くの記事を書いて頂きました。なんと去年担任した子の生の声も載っていて個人的に感動しています。
みんなの教育技術では、【注目の若手&中堅教師に聞く「わたしの教育ビジョン」】という特集で尊敬する先輩たちの中で、今のところ唯一の20代で記事を記載して頂きました。
個人的には去年教えていた子の言葉が載っていることが大事だし、それでしか伝わらないこともあります。
また、教育行政職になった経緯や業務内容を教育長と共にEdTechZineで書いて頂きました。
森山さんとは、板橋第十小学校の時は先生で、今回は教育行政職という立場で書いて頂き、幸せなご縁だなと思っています。
さて、他にも記事が多く、まだ取材されたものが半分も出ていないのですが、こんなにメディアに出るのには僕なりに理由があります。
正直多くの人の目につくことで、傷つくことがないわけではありません。
ただ、教育界はその性質上、20代のプレイヤーが面に出づらい傾向にあります。そして、それが結果として、【若手が活躍できない世界に見える】という効果を生んでしまっていると思っています。
ただ、それだと想いがある若手や優秀な若手が教育に入りづらくなるのも肌で感じていますし、僕もそうでした。誰を目指したらいいのか、悩んだ時期もありました。幸い僕は多くの方と出会いそれを克服することができました。
でも、依然として20代という層が、メディアなどで知ってもらえるチャンスは多くなく、そこに大きな変化は生まれていません。
そんな中で、ありがたいことに僕は知って頂くチャンスを得る立場になりました。そして、発信してもらう中で傷つくこともありました。正直怖いです。
でも、たぶんそういう立場なんだと思います。きっと背中でしか語れないことがあって、こんな奴がいるってことを知るだけで伝わること、救えることがあると肌で感じています。
発信されることでしか、伝わらないこともたくさんあります。20代でもできることがあるという事実を伝えるためにも、恐れずに歩いて行こうと思います。