お酒を飲まなくてもいい時代の先に
以前、noteにも書いたけれど、わたしは下戸、つまりお酒が飲めない。お酒がある場の雰囲気はもちろん、フィッシュアンドチップスもイカの塩辛もチーズも大好きだけれど、ビールも日本酒もワインも、てんでダメだ。
人が集う場、コミュニケーションを交わす場にはお酒がある。古代より、文化や歴史のかたわらには常にお酒が登場してきたし、絵画の中にいる人たちは、みな楽しそうに葡萄酒が入った盃を傾けている。秘境で少数民族に出会う……みたいなテレビ番組では、たいていその地の長(おさ)みたいなおじいさんに気難しい顔で度数の高いお酒をすすめられ、「くー!」とか言いながらも飲み干し、親睦を深めるシーンをよく見かける。わたしなら心を開いてもらえず、そこで撮影終了だ。
昭和生まれとて、体育会系のサークルや男社会のブラック企業にいたわけではないので一気飲みを強要されたことはないし、飲めないからといってひどいモラハラを受けたこともなく、出世に響いたこともない。それでも20代のころは、下戸であることでずいぶんと肩身の狭い思いをした。
そもそもお酒など、体質ありきのものだ。ある程度は、訓練で強くなるとも聞くけれど、摂取して体調がすぐれないものに対して、「耐性をつけようと努力する」ものではないはずだろう。わたしも、「養命酒を毎日飲めば、健康とお酒の耐性、両方叶うかもしれない」と真剣に考えていた時期がある。なんとまぁ、涙ぐましいことか。
かつてのノンアルコールドリンクは、お酒が飲めない人、もしくは未成年のためのものだった。だから世の中でノンアルコールカクテルが出始めたとき、どれもベタベタに甘く、つまりはジュースで、甘い飲み物をさほど好まないわたしは「これじゃない……!」といつも心中叫んでいた。カクテルが用意されていれば良いほうで、だいたいはオレンジジュース、コーラ、烏龍茶の3択である店がほとんど。酒場においての「飲めない人」は、もはや客ではない。ドライバーで仕方なくノンアルを選ぶ人もいたかもしれないけれど、やはり少数派だろう。ラインナップはどこも、「飲める人」が考える「飲めない人」のためのもの。ポイントは「飲まない」ではなく「飲めない」ということだ。
そして令和のいま、ノンアルコールのブームがやってきた。こんな時代が来るとは、かつては想像もしなかった。飲酒運転の取り締まりが厳しくなったことや飲まない若者が増えたことに加え、度重なる増税も大きいだろう。さらに、「飲めるけれど、前向きな選択としてあえて飲まない」というソバーキュリアスという流れ。
「飲まない」の背景はいろいろあるだろうけれど、このブームによる一番の功績は、「飲む人(飲める人)のためのノンアルコール」が考案され始めたことだと思っている。
つまり、飲める人が、自分のためのノンアルコールを考える世の中になったのだ。
いまや、ビールだけでなくハイボールもジントニックもノンアルコールがある。ビールなんて各社こぞって「本物らしさ」を追求しているから、味も種類もぐんと増えた。
「アルコールが入っておらず、極端に甘くもない、でも水やお茶ではないドリンク」の選択肢が、どんどん広がっている。
加えてノンアルコールの本格ワインもメジャーとなった。そしてこれがほんとうにうれしく、ありがたい。少しの渋みとさっぱりした果実の味が合わさって、明らかに葡萄ジュースとは違う。だから食事にも合うし、炭酸も入っていない!(だって、お酒を飲む人たちだって炭酸の気分じゃないときもあるでしょう?)
飲める人が、飲めない人の声を聞かずに生まれた社会のしくみが、「オレンジジュース、コーラ、烏龍茶」だったんじゃないかと、いまとなっては思ってしまう。飲めない人の立場が弱かった時代のドリンク。
「お酒飲めないの? 損してるね、かわいそう〜」「腹を割って話せるのは、やっぱりお酒の場だよね」。そんなことを、真正面から言われていた時代が、たしかにあった。
そう考えてみると、なんだかお酒の問題だけではない気がしてくる。だって現に、ノンアルコールドリンクの多様化は、社会のそれと比例している。
いつだって、当事者が問題を解決する立場にあるわけではない。当事者、経験者以外の人たちに決定権があることも少なくない。数が少ない方、声が小さい方、力の弱い方は、声が大きく、数が多い方に飲み込まれやすい。けれど数や声の大小にかかわらず、どれもひとりの集まりだ。
相手を知る。声に耳を傾ける。想像する。多様性とはなんだろう。わたしも、あのころ下戸なりに無理してお酒を注文するより「こんなものが飲めたらうれしい」と、発してもよかったんじゃないか。
酒ひとつ飲めないことを、なんと大袈裟にと思われるかもしれないけれど、これは独立した点でなく、水面下で繋がっている。そんなふうに思えて仕方がない。
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