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桃カステラの春

桃の節句は、2月のうちの桃カステラの注文から始まる。一昨年はすっかり忘れて間に合わず、都内にある長崎の物産館やデパートの銘菓コーナーを探し回り、結果買えずに終わるという苦い思いをした。

桃カステラは長崎の銘菓で、春を招く縁起菓子として愛されている。春先になると、長崎にいくつもあるカステラ屋の店先は、愛らしいカステラで桃色に染まるという。いつかその光景を見てみたいとずっと思っている。
大阪で育ったわたしにはまったく縁のないものだったけれど、長崎出身のひとたちが教えてくれ、さらに各店個性とりどりの味を食べ比べようと「桃カステラの会」を開いてくれたのだった。

その後、わたしに女の子が産まれ、初節句のときにも桃カステラをいただいたのをきっかけに、毎年(一年忘れたけれど!)取り寄せるのが習慣となった。

しっとりとした黄金色のカステラに、たっぷりのすり蜜(アイシングのような砂糖)をかけて桃を模したお菓子は、おいしく、そしてとびきり甘い。この甘さが、かつては贅沢だったのだろう。
現代人のわたしには年に一度のこの味が、春を告げるものであり、娘が産まれたときを思い出す節目にもなっている。ぷっくりまあるい桃に、ほんのりピンクが染まる様子は、子どもの頬やおしりのようでもある。娘は今年、干支をひとまわりした。

ひなまつりのメニューはだいたい決まっていて、ちらし寿司と菜の花のおひたし、蛤のお吸い物、そしてコーンのしゅうまい。
コーンのしゅうまいは、ちらし寿司の色合いと菜の花の緑に合う色合いで、子どもが食べやすいものをと考えていたときにたまたま作り、そのまま定番となった。

今年の菜の花は、おひたしではなくサラダ風。フードエッセイストの平野紗希子さんが「焼いた菜の花と柑橘をオリーブオイルと塩で和えるとおいしい」となにかで言っていたのをふと思い出し、甘夏でやってみた。菜の花のこうばしいほろ苦さと、柑橘のさわやかさ、これはいい。しかし子どもたちはおひたしのほうが好きみたいで、見ていると甘夏ばかりをつまんでいた。

もちろん桜餅も忘れてはならず、東に越して14年のいまも迷わず道明寺を選ぶ。今年は仙太郎で買ったら、2枚の葉に包まれていて、めはり寿司のようだった。4つ買い、息子はいらないというので、わたしがふたつ食べた。
説明書きに「是非手づかみで食べていたゞきたい。黒文字などでつつきまわさず、あっさり”パクリ””ムシャリ”とやっていたゞきたい」とあり、そのように食べたら、しばらく指先に春の残り香。うれしくて、何度もにおいを確かめた。


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