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約100年前に創刊した商業デザインの専門誌『ゲブラオホスグラフィク』

写真① Gebrauchsgraphik 創刊号 と Novum 最終号

2021年2月、約一世紀の歴史を持つ広告・デザインの専門誌 Novum が終刊しました。最終号(写真① 奥)の黒い表紙には各国語の「ありがとう」の文字が並んでいます。これをもって雑誌の長い歴史にひとつの区切りをつけました(その後『Page』という雑誌に吸収)。

広告やデザインの世界で愛されたこの雑誌の歴史は、1924年、ドイツのH.K.フレンツェルによる『ゲブラオホスグラフィク (Gebrauchsgraphik) 』の創刊にさかのぼります。ドイツ語で「特定の用途(特に商業用途)のためのグラフィック」とでも訳せる言葉ですが、日本語では「広告美術」が近い概念です。上の写真①の手前に写るのがその創刊号で、” Industrie-Reklame”(工業広告)の特集号でした。当時重要性の増す重工業をテーマに工場や採掘場、歯車、送電線、大型機械などをモチーフとしたポスターなどが多く紹介されています。

当時成長段階にあった商業デザインの分野において、ドイツと世界の流れを記録する重要な位置づけにあった雑誌 Gebrauchsgraphik。多摩美術大学図書館では、誌名を変更して Novum となり、2021年に終刊するまでのほとんどを所蔵しています。ここでは、特に雑誌の中で採り上げられているデザイナーや文字、当時の印刷技術などに焦点をあてて、100年前の商業デザインに関する貴重な資料をご紹介します。この雑誌の長い歴史のごく一部ではありますが、Gebrauchsgraphik について深く知るきっかけになれば幸いです。

なお、掲載した写真はいずれも2022年5月23日まで多摩美術大学図書館(八王子キャンパス)内1階展示コーナーで展示していた時のものです。また、この雑誌はドイツの arthistoricum.net というサイトにて全ページが公開されていますので、興味をもった方はそちらもぜひご覧ください 。

写真② 雑誌を彩るカバーたち


誌面を飾るデザイナーたち

写真③ デザイナー特集の一例
(上/リシツキー、下/ビアズリー)

Gebrauchsgraphik は、後に”international advertising art”(国際的広告美術)と副題が付けられたことからもわかるように、広い視野でデザイナーをとりあげて紹介しました。

たとえば1925年5巻12号(上の写真③ 奥)では、ソ連の画家・デザイナー・建築家のエル・リシツキー(El Lissitzky 1890-1941)が特集されています。写真に写っているようなブックデザインの他、彼の幅広い活動を反映して、抽象絵画やポスターから室内装飾にいたるまで十六ページに渡り紹介されました。

1932年9巻10号(写真③ 手前)は、イギリスの挿絵画家オーブリー・ビアズリー(Aubrey Vincent Beardsley 1872-1898)の生誕六十年を記念した特集号です。写真に写るページは『Yellow Book』誌の挿絵図版ですが、ペン画による鋭い線と黒い色面で構成された耽美的な作品は死後約三十年たった当時もデザイナーたちを魅了していました。

また、バウハウスで教鞭を執っていたグラフィックデザイナー・画家のヘルベルト・バイヤー(Herbert Bayer 1900-1985)は、本誌でもよく採り上げられました。1931年8巻5号(下の写真④ 奥)では、バイヤーが約二十ページにわたって特集されていますが、シュルレアリスムの手法による雑誌の表紙デザインなどが見てとれます。

1936年13巻4号(写真④ 手前)の特集では、図版だけでなく ”Deutschland Ausstellung”(ドイツ展)のためにバイヤーがデザインしたブックレットが直に貼り付けられています。この「ドイツ展」は、ナチスが1936年のベルリンオリンピックを期にドイツの先進性を国外へアピールするために開催したものです。バイヤーは得意とするフォトモンタージュの技法を用いて、ドイツの芸術、歴史、文化、産業を称えました。

写真④ デザイナー特集の一例
(ヘルベルト・バイヤー)


誌面を飾る文字① FuturaとFraktur

写真⑤ 誌面に見る様々な書体

パウル・レナー(Paul Renner 1878-1956)は1927年に書体 Futura(フーツラ、フトゥーラ)をデザインしましたが、サンセリフ体(日本語のゴシック体のように文字の先端の装飾のない書体)ながら本文組にも適しており Gebrauchsgraphik の誌面でも採用されました。また、ここにあげた 1929年6巻3号(写真⑤ 奥)では、”Für Fotomontage”、即ちフォトモンタージュに適した書体としてもアピールされています。

一方、当時ナチスによるプロパガンダ広告や公的な文書では、写真⑤の手前の1933年10巻8号にもあるように、ドイツの伝統的な書体 Fraktur(フラクトゥール)等のブラックレター(いわゆる「ひげ文字」)が、ドイツらしさを表す書体として好んで用いられました。中世の写本で使われていた手書き文字に起源をもつこの書体は、馴染みのない人にとっては読みにくいものですが、1941年には皮肉なことにナチス自身が公的な文書での使用を禁止しました。

誌面を飾る文字② 文字とその書き手

写真⑥ 誌面に見る手書き文字

1925年2巻1号では、”Schrift und Schriftschreiber”(文字とその書き手)と題した特集が組まれました。写真⑥の奥に写る雑誌の右側のページは H.T. ホイアー(Hanns Thaddäus Hoyer 1886-1960)のデザインによる本のタイトルページの図版。ホイアーは、バウハウスでミース・ファン・デル・ローエに協力する(註1) など、ドイツ屈指の ”Schriftmeister(文字の職人)”と称されました(註2)。 この特集の冒頭の記事でホイアーは、文字を扱うデザイナーは、文字の歴史から文字を形作るペン先や鑿(のみ)などの道具まで、文字に関するあらゆることに精通する必要があると説いています。しかし、それ以前に、特別な資質と才能、そして書くことへの愛情が必要だとも言っています。練習と上達こそがデザイナーには大切なのだと、彼は考えていたようです(註3)。

この号には手書き文字を使った格調高い書物、証明書類、また史実を記録する銘板などが数多く紹介されています。写真⑥の手前に見えている引用写真も同じ号に掲載のものですが、前述の通り、arthistoricum.net のウェブアーカイブで雑誌の全ページをご覧いただくこともできますので、興味を持った方はぜひご覧ください。

印刷サンプルにみるデザインとの関係性

写真⑦ 豊富な印刷サンプル

編集者の H.K.フレンツェル は、グラフィックデザイナーと印刷する側の関係を詩人と俳優に例え、創刊当初から印刷所にもその成果を発表する機会を提供すべきと考えていました。その第一弾が創刊後間もない1924年12月号(写真⑦ 奥)。印刷工房 ”Erasmusdruck”(エラスムスドルック)の特集で、実際の印刷サンプルが糊付けされ、百年前の印刷技術の高さを垣間見ることができます。

本誌には他にも製紙業者、インク業者、印刷機のメーカー等のちらしが多く挟み込まれていました。それらの”オリジナル”は、各企業の技術や品質をアピールする作品サンプルとして雑誌を華やかに彩っていました。本誌とともに、当時の広告業界や印刷業界を知ることができる貴重な資料と言えるでしょう。(写真⑦ 手前左から、1930年7巻12号、1934年11巻11号、1935年12巻2号に付属のちらしの一枚)

同時代の日本の広告美術の関連雑誌

写真⑧ 1920~30年代の国内の関連雑誌

ここまで Gebrauchsgraphik の1920~30年代の号を中心に見てきましたが、最後に日本の雑誌からも同時代の広告美術とかかわりのあるものを3誌ほどご紹介しましょう。

『広告界』(写真⑧ 手前)は1926年創刊。国内外の図案の紹介や広告に関する寄稿と議論の場でもありました。また誌面広告にはGebrauchsgraphik と同様、当時の最新印刷技術など専門家向けの情報が豊富でした。
『アフィッシュ』(写真⑧奥 右側。フランス語で「ポスター」の意)は日本モダンデザインのパイオニア杉浦非水を中心とする七人社の機関誌で1927年に創刊。国内外の図案や商業美術の動向等の情報の宝庫でした。(※写真は復刻版)
『NIPPON』(写真⑧奥 左側)は対外宣伝のために1934年から刊行されたグラフ誌。多数の写真と外国語の文章で構成され、写真家の名取洋之助、土門拳、木村伊兵衛など錚々たる面々が関わった雑誌です。(※写真は復刻版)

おわりに

さて、いかがでしたでしょうか。百年前は当然、インターネットもSNSもない時代で、新聞や雑誌などの印刷されたものを通してしか得られない情報がたくさんありました。この雑誌には、そういう時代だからこそ、最先端のデザインや技術がつめこまれ、今も輝きを失っていません。時を超えて私たちに当時の空気を伝えてくれるような気がしますね。

なお、こちらの雑誌ですが貴重な資料のため現物の閲覧に制限があります。また、現在コロナの影響で外部の方のご利用はお断りしております。文中でもご紹介したウェブアーカイブ(arthistoricum.net)をご利用くださいますよう、よろしくお願いいたします。

<註>
註1 Hilliges, Marion (Hrsg.), Gestalten, produzieren, sammeln: Peter Behrens und die AEG im Archiv der Avantgarden, Heidelberg: arthistoricum.net, 2019, S.26.
註2 Schubert, Walter F., Die deutsche Werbegraphik, Berlin: Francken & Lang, 1927, S.224.
註3 Gebrauchsgraphik, 1925 年2 巻1 号, S.4-6.

多摩美術大学図書館内で展示した際のポスター

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