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ショートストーリー『金曜日のタコ』

久しぶりに小説らしきモノを書きました。
キモいです。ナンセンスです。
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(明日は予定が無いからって、ついつい飲み過ぎたな…)

金曜日の夜だった。仕事帰りに学生時代の友人と会い飲んできたところだった。久しぶりに気のおけない相手と飲むと酒が進む。少し飲みすぎた。真っ直ぐに歩けないほどではないが、頭の中で世界がゆっくり回っている。アパートの外階段を登るのに手すりをつかむ。足を踏み外して落ちたくはないからな。鉄製の階段は足音がやけに響く。気にはなるが、どうせ階下の住人とは顔を合わせたこともないので、まあ構うまい。

ガチャガチャと鍵を開けて、玄関ドアを引くとギギッと嫌な感じに軋む。

「ただいま〜」

誰も居ないことはわかっていても、口に出る。玄関のドアの鍵を閉めて電気をつけた。と、目の前のキッチンのクッションフロアの床に膝下くらいの大きさの塊が落ちている。

(なんだこれは。)

塊は動いていた。蛍光灯の青白い光がそいつに反射してぬらぬら光っている。丸い頭。ゆるゆると蠢く8本足。タコだ。間違い無くタコだ。

「おい、行くぞ。」

そいつは喋った。

「どこへだ。」

返事をしている場合ではない。が、思わず尋ねる。

「何を言っているんだ。」

タコの語気が荒い。クッションフロアの床に同化していたタコの色が変わり始める。頭の先から真っ赤になって行ったかと思うと。今度は青やら緑やら紫やら不規則なマダラ模様が入り始めた。なんだろう。興奮している様だ。

「わかっているだろう。」

「いや。わかるわけがない…」

機嫌の悪そうなやつに返す返事では無い。神経を逆撫でしてしまったらしい。タコの体のマダラ模様が動き始める。最初はゆっくり不規則だったその動きが、スピードを増す。マダラ模様は水玉の様な輪のようなった。動きも規則的になっていく。低い唸り声がする。ガチ、ガチ、ガチガチ、ガチ。歯を噛み合わせる音がする。まずい。怒らせたようだ。

「黙れ。行くんだ。」

思わず後ずさる。タコが飛んでくる。目の前を掠めて、べチャリと床に落ちる。自分の体にビクっと震えが走る。あまりの速さに威圧感すら感じる。タコはまっすぐに俺の目を睨む。退路を求めて俺の目は泳いでしまう。タコの変色が勢いを増し、唸り声も歯軋りも激しくなっていく。逃げられるだろうか。さっき玄関ドアの鍵を閉めてしまったことを後悔する。いや、逃げるしかない。タコに背を向け、玄関の鍵を開けようする。ヒュッと空気を裂く音がして背後から何かが飛んでくる。左肩から右の脇腹に冷たい感触が走った。吸い付く吸盤に皮膚が引きつれる。ぬるぬるした筋肉の塊。凄い力でタコの腕が掴みかかってきた。

(うわぁ)

叫び声が声にならないうちに床に組み伏せられる。

ガチ、ガチ、ガチガチ、ガチガチ、ガチ、ガチガチガチ……。

歯軋りと共にタコは急激に大きく膨らみ始めた。俺の両手も両足もタコの脚に完全に押さえ込まれて、身じろぎひとつできない。

(どうする。)

と、反撃の機会を伺うもどうにもならない。体の力が抜けていく。タコはそんな俺の様子に余裕ができたか、脚先で俺の体を調べるように撫でまわし始めた。

「悪いようにはしない。一緒に来い。」

まだ言っている。どうあっても俺をどこかに連れて行きたいようだ。急激に大きくなったせいかどうも透けているタコの体の向こうに蛍光灯の光がぼんやりと見える。心臓らしきモノが3つ規則的に動いている。塩気を含んだ生臭い匂いがする。俺が力を無くしても、タコの方は一向に力を緩める気は無いらしい。馬鹿力の化け物だ。そのうち探るようなタコの脚先が耳に入ってくる。気持ち悪い。ペタペタと湿った音が耳の中でする。鼻の穴を塞がれて息ができない。思わずむせこんで開いた口にもまた別の脚が強引に突っ込まれる。喉の奥まで脚先が届いてえずく。そんな俺にお構いなしに吸盤が上顎やら舌に貼り付いてくる。左の頬の内側を吸盤が吸い寄せる。

(もう我慢できない。)

また吐き気が込み上げてくる。やけになった俺は力任せにタコの脚に噛みついた。ぬるりとした感触に逃げられないようにしっかり噛み締める。思わぬ反撃にタコがこちらを睨んだ。一瞬怯むが構わず顎にあらん限りの力をこめる。タコの皮に俺の歯がしっかり食い込む。更に力を強める。

バチン!

何かが弾けたような衝撃が走った。水風船か何かのように突然タコの表面が割れていた。支えるモノを失ってザァッと中の液体をかぶる。

(えっ?!)

口の中が弾けたタコの液体でいっぱいになる。なんだか粘つく。冷たい。必死で体を起こしてむせこむ。肩が動く。気がつくとタコは消えていた。生臭い水たまりの中に1人四つん這いで肩で息をする俺だけが残っていた。

俺はノロノロと立ち上がり、着ていたスーツやワイシャツは浴室の床に投げ入れる。使い古しのバスタオルを取り出すと掃除を始めた。明日は仕事が無いからゆっくり寝ていられる。金曜日でよかった。

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