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料理における味付け

実習期間、遊ぶ予定もバイトの予定も入っていない。
その上、秋学期は怒涛の春学期が幻にすら思えてくるくらい必修のコマが少なくて『暇』を極めている。

そのおかげで、読書量もランニング量も増えて、
今までとは違った形で充実した日々を送っている。

暇な時間が増えたことによって私にもたらされた一番大きな変化は、
家庭内で料理をする回数だ。

今までろくに家で料理をしていなかった。
夕飯を作る時間に自分の家にいること自体がほとんどなかったし、
料理をしようという考えもあまり浮かばなかったので、切ること以外料理は得意ではない。

料理の経験値が圧倒的に低い。

そのため、私は切る以外のスキルを求められる料理を、レシピ無くして作ることはできない。



そもそも、レシピとは、ど!素人の私よりも何っっ倍もの経験値のある先人・職人が、何回もの試行錯誤を経て辿り着いた最適な手順と分量を示した崇高な手引きだ。レシピ通りに作ることさえできれば、だれが作ろうとそのレシピの定義づけた「おいしい逸品」を作ることが出来上がるはずだ。(技術的に可能かどうかはべつもんだい。)

「おいしい逸品」が出来上がることを期待して、
レシピに言われた通りの手順と分量で調理を進める。


だが、私は毎度壁にぶち当たる。

その壁とは、『味見』である。
レシピにはよく、『味見』をする必要性が示されている。

「最後に味見をして完成」


さりげなく最後に添えられているこの一文は私にとって、


この味が正解の美味しさに辿り着いたのか判定してみろ!」

「まだおいしさの正解に辿り着いていないと思うのならば、
よりおいしくなるように手を加えてみ給え!!」

と、情熱的に通達された大きなMISSIONである。


困った。



(先輩のこと信じて言われた通りに今までやってきたのに、突然ひとりで最後の一手を頼まれても…。)

と、弱音を吐いていたら料理が冷めてしまうので、とりあえず味見を試みる。


(この味は、『おいしい』のだろうか。)
(それとも、もっと『おいしい』状態になるのだろうか。)
(どうすれば、もっと『おいしい』状態にレベルアップできるのだろうか。)
(そもそも、そのレシピにおける正解であるはずの味に対して、主観的な判断で手を加えたら、おいしさの正解から遠のいてしまうような気がする。)

(わからん。)(とりあえず塩胡椒振ってみるか。)
(味薄いかな?)(醤油もちょっと足す?)

to be continued…



今日は野菜炒めの最後の味見にじっくり時間をかけてしまった。

本来であれば強火で短時間で火を通すのが正解だったのだが、味見に手間取ってしまい、ゆっくり時間をかけて火を通し過ぎたことで、野菜から水分が、
出るわ 出るわ のおおあらし!

最終的には、
しなーーーってした野菜たちが濃い目に味付けされて、



見た目はほとんど焼きそばになりました!笑


野菜炒めくらい難なく作れると思っていたが、そうでもなかった。
くたくたになった今日の野菜炒めのもやしのように、
私の気持ちも、ちょっとしょげた様子です。

うん、もうちょっと料理、がんばってみるよう。


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