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「いつまでも変わらない関係」のなかにある努力

私には小学校からの幼馴染みが2人いる。しょっちゅう3人で一緒にいたけれど、その時々で4人や5人にもなったし、ひとり別行動もしたりした。そもそもわたしたち3人は性格が全然違い、それゆえ、よくある女子のグループみたいなややこしさはなく、すっごくさっぱりとした付き合いだった。

中学を卒業して以来は、会う頻度は愕然と減ったし、互いの近況を母親経由で聞くことも多かった(ママ友コネクションは、どこよりも情報が速い……)。
それでも、ひとりがイタリアに留学に行くと言えば、わざわざパスポートを取って旅行を兼ねて会いに行ったり、ひとりがニュージーランドで挙式すると行ったら、わざわざ有給を取って来てくれたり。

もっと頻繁に会う友だちもいるけれど、わたしたちにとって3人は、そういうときにお金と時間を費やせる関係なのだろう。

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そのうちのひとりSが一児の母になった。

彼女と旦那さんは、ともに1年間の育休を取得したらしく、ふたりで分担しながら育児に奮闘している。

そんなSとわたしは、ある日一緒に出かける予定ができた(2月頭だったと思う)。予定それ自体は午後だったのだが、予定の一週間前になるとSから連絡が来た。

「○月○日、少し早く行ってランチご一緒してほしい」

……!?

何に驚いたかって……

Sのほうからお誘いが来たーーー!!!

Sは性格的に自分からいろいろと誘ってくることがあまりなく、わたしのほうから誘うことのほうが圧倒的に多かった。だから、Sからランチのお誘いが来て、わたしは小躍りしたいほど嬉しかったのだ。

それと同時に、そんなSが自分から誘ってくるなんて、「子育てという閉塞的な毎日を送ってるからこそ、久しぶりに友だちと会う機会には、ランチでもしながら色々お話したいんだろうな」ということがすぐにわかった。

わたしはSのことも、Sと一緒にいる時間も大好きだ。ただ、子なしアラサーのわたしの休日には他にもいろんな予定が入っていて、言い方は悪いが、わたしにとってSとの予定はone of themである。
一方で、気軽に休日を満喫できる状況じゃないSにとってはonly oneの休日なんだろう。彼女の生活を想像したら、そんなことすぐにわかる。

だからわたしはちょっと緊張した。予定の日が近づくにつれ、さらには当日家を出て電車に乗っている間も、今まで味わったことのない緊張をしていた。わたしにとってはone of themの休日――だけどわたしは、「Sと――only oneの休日を待っていたSと――同じ温度感でこの一日を楽しみたいし、それがちゃんとSに伝わってほしい」と。

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とっても楽しみにしていた予定で、一緒にいる友人と明らかに温度差があったときのなんとも言えない感情を知っている。
相手に悪気があるわけではなくて、単に寝不足でコンディションが悪かったとか、もっと楽しみな予定ができて頭の中がそっちのことでいっぱいになってるとか。
それって仕方のないことだし、誰が悪いわけでもないけど「あぁ、この人のなかでは今日の予定は優先度が低かったんだろうなぁ」とわかってしまう(わたしがそういう機微に敏感なタイプだからなのかもしれないが)。
そうすると、気にしいなわたしはなんとなく、次回も誘おう! という気分にはなりづらく、今度はひとりで行こうかな……とか思ったりするのだ。

そこまで深い仲じゃない友だちなら別にそれでもいい。でもSはわたしにとってすごく大切な友だちで、お互いどんな風に環境が変わっても、ずっと一緒にいたい相手だ。

アラサー女性にとって、結婚と出産って「これまでの人間関係に距離感が生まれるイベント選手権」のTOP2だと思う。こんなわかりやすいイベントに振り回されて、20年来のわたしたちの友情を壊されるなんてまっぴらごめんだと思う。
だから、この日ふたりで会うことで、Sとわたしの間に変な距離感が生まれてしまうことだけは避けたかった。

行きの電車の中で色々考えた。もちろん赤ちゃんのことは気になるから(すでに一度会ったことあるし)、最近はどうかとか、写真見たいなとか、旦那さんとふたりでどうやって育児を回してるんだろうとか、聞きたいことは山ほどあった。
でも、会話のすべてが子どもの話になってしまうのは違うんだろう、ということはわかっていた。この日は、Sがママとしてではなく、ひとりの28歳女性として過ごせる一日なのだから。

***

Sに会ってからは、とにかく話が止まらなかった。大学生のときにカフェで話してたら6時間も経っていたことが懐かしいほどに。
育児の話はもちろん聞いたけど、話の大半は、このYouTubeが面白かったとか、中学のときの思い出話とか、今オススメの本のこととかで、わたしたちはおしゃれなカフェでスムージーにきゃっきゃしている28歳だった。

彼女は、最近のわたしの仕事についても話を振ってくれた。自分が仕事と距離を置いた生活をしているにもかかわらず、こういう話を聞いてくれるのは、彼女もわたしと同じ思いだったからなんだろう。

環境が変わっても、変わらない関係でいたい。

そう思っているのはわたしだけでなく、Sも同じなんだなぁ。それを感じたとき、心がじんわりと温かくなって、「あぁ、きっとこれからも大丈夫だ」という確信が芽生えた。

***

友情なんて、些細なことであっさり壊れることのある脆いものだと思う。Sとわたしだって、これまでお互いにマイナスの感情を抱いたことは何度もあった。
小学生の頃、お互いにつるむ友だちが変わって、関係がぎくしゃくしていたときがあったっけ。
中学生の頃、音楽が好きだったわたしたちは、相手のピアノの実力を尊敬すると同時に嫉妬して、素直になれないときがあったっけ。
大学受験の結果、キャンパスライフと浪人生活という違いに、複雑な感情で接していたときがあったっけ。

それでも全部乗り越えてきた。そしてこの日また、お互いのちょっとした努力で、不安は「あぁ、きっとこれからも大丈夫だ」という確信に変わった。

仲のいい友人なら「いつまでも変わらない関係」でいられるわけじゃない。
仲のいい友人だからこそ、「いつまでも変わらない関係」でいるための努力をするのだ。

そうしてつながっていく関係が、気付けばいつも自分を支えてくれている。 これまでも、きっとこれからも。

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