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教会は小さくてオーガニックがいい。【池袋エクレシア】

もう4~5年前になるだろうか。大学の聖書サークルの先輩であるK師から

「東京都心のビジネス街でスモールグループを何か所かでやっているのだけど、興味ないですか?」

と唐突に声をかけられた。なぜ唐突かと言うと、先輩ではあるものの在学時期は重なっていない大先輩で、それまでほとんど挨拶程度しか会話したことがなかったから。

その話を聞いた時私は、2000年代初頭からセルチャーチというムーブメントが福音派教会のひとつの潮流のようになっていることを思い出し、そんな感じなのかな?と考えた。

1980年代から90年代、小さな信徒の集まりをセル(細胞)として、その細胞が増殖を繰り返していくように増えていくことを通して教会が成長する新しい成長論が台頭し、韓国、シンガポール、香港など世界各地で実績を上げ、急速に注目された。この「セルチャーチ運動」は日本でも福音派、カリスマ・ペンテコステ、主流派を問わず取り入れる教会が増え、そのネットワークが形成されている。弟子訓練により自立した信徒を育成し、信徒がセルの中心となって役割を果たしていく「セルチャーチ」は、従来の教職中心主義の限界を破り、16世紀宗教改革が理念として掲げながら実現しなかった万人祭司の理想を具体化しているとも評価され、単なる教会成長の一方策というより教会観の根本的な変革を促している。

(2003キリスト教用語集より)

しかしK師の話では、セルチャーチのようにひとつの地域教会の働きではなく、あくまでもその地域周辺に勤務していたり通勤の通り道だったりするビジネスマンが、平日の勤務後にカフェなどに集まって聖書中心の分かち合いをするグループという事だった。

百聞は一見に如かず。

大手町で行われていた「大手町エクレシア」というスモールグループに参加してみた。K師によれば、スモールチャーチ、或いはオーガニックチャーチであると。
本来教会は「キリストのからだ」であり、組織というより有機体(生命体)だ。その原点に立ち返ることから、これオーガニック=有機なのだということだった。

平日夜に参加してみると、30代から50代くらいまでのビジネスマン&ウーマンが5~6名。とある商業ビルのフリースペースで、テナントのカフェやファストフード店で思い思いに食べ物や飲み物を買ってきて飲み食いしながら、その日に決められた聖書箇所を分かち合うというものであった。

参加者の多くはクリスチャンであったが、忠実に所属教会の礼拝に出席している人、何らかの理由で教会を離れている人、参加メンバーに誘われてきたクリスチャンではない人など様々。クリスチャンは教会も教派も違っていた。
当日の司会の人が、それぞれの近況報告を振り、聖書箇所からインスパイアされたオープニングクエスチョンの投げかけ、各人が当日の聖書箇所で印象に残ったところ、理解できないところなどの分かち合い、明日踏み出すステップ、と進み、最後はひとり一人が祈ってもらいたいことを出してそのことを祈り合うという流れである。

K師はキャンパスクルセードのスタッフであり、牧師でもあるが、説教はしないし、分かち合いの中で教えることもしない。
あくまでも参加者がイエス様を中心にして忖度なく自由に発言でき、聖書の御言葉に触れられて、お互いのことを祈りに覚えるという、参加者間の立場がフラットで距離が近い集まりがこのエクレシアの主旨なのだ。

私は長年、池袋の中央福音教会に植えられ、現在進行形で仕えているけれども、地域教会に根付くという事は日曜日午前中の礼拝が信仰生活の中心であり、更に牧師の説教がその中核でもあるので、毎週その時間を確保し続けることが必要となるし、受け身の信仰になりがちである。
皆さんの学生時代のクラスを思い出して欲しい。30人以上の集まりになると親しく話せる人というのは数人に限られてくる。あとは名前も顔も知ってはいるが、挨拶や表面的な会話しかしない、または挨拶だけ、という関係性の人の方が多いのではないだろうか。
教会も然りである。

「池袋で始めてみませんか?」

話を冒頭に戻そう。
K師が私に声掛けした目的はこれだったのである。ここでも目をつけられていたというわけだ(笑)☟

そこで私は思い当たる池袋がらみ(住まいが近かったり、中央福音教会のゴスペルミニストリーに参加していたり…)の何人かに声をかけてみると、ひとりふたりと参加してもいいという人が与えられ、オーガニックチャーチ「池袋エクレシア」が毎月第1火曜日の19:30~池袋のカフェでスタートした。

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