才能発揮、個人から見るか集団から見るか #研究コラムVol.14
前回の研究コラムでは「ジョブ・クラフティング」をテーマに、仕事や人間関係を工夫して才能を発揮しやすい環境を構築するヒントを紹介しました。
ジョブ・クラフティングは3つの次元に分類されていました。職場での他の人との関わり方を変える「人間関係次元」がその中にあることからもうかがえるように、パフォーマンス向上や才能発揮を考えるうえで、他者や社会の要因は無視できないものとなっています。
今回は、社会的なつながりを「社会関係資本」というキーワードから捉え、個人を取り巻く環境と才能発揮の関係を見ていきます。
組織として活動するための土台
今回注目する「社会関係資本」には、「資本」という言葉が入っています。
資本 (Asset) には、個人や組織が何かの活動をするときの元手となるものという意味があります。主要なものには経済資本(お金)や、物的資本(生産のための設備や工場)などが挙げられますし、近年では組織のメンバーがもつ能力や経験を人的資本として捉える動きが活発になっています。
これらの資本と同じように、個人や組織を取り巻く人間同士のつながりも活動や価値創出のための元手だと捉えるのが、社会関係資本の考え方です。人に注目している点で人的資本と似ていますが、人的資本が個人のスキルや経験に焦点を当てているのに対し、社会関係資本は個人間のネットワークや集団の文化に注目したものです。
分野によっていくつか捉え方があるのですが、政治学や心理学の分野でよく言及されるPutnam氏の定義では、「信頼感や規範意識、ネットワークなど、社会組織のうち集合行為を可能にし、社会全体の効率を高めるもの」とされています (Putnam, 2000)。
個人間の協力行動が活発になると、組織としての活動や価値創出が効果的に行われるようになります。そのためにはコミュニケーションが緊密に行われ、他者への信頼感が醸成されていたり、ギブアンドテイクの考え方が定着していたりといった、社会関係資本が重要になるという考え方です。
別の言い方をすると、ただ人が集まっているだけで相互のやり取りがない状態や、互いの不信感が高い状態では、社会としてうまく機能せず、個人や組織としての活動や価値創出が効果的に行われないことになります。
チームや組織として活動していく土台となるものが社会関係資本であるともいえるでしょう。
社会的ネットワーク・信頼感・互酬性
ここまで社会関係資本の概要を紹介しましたが、かなり幅広い概念だと感じられたのではないかと思います。どのような要素から成り立っているのかをもう少し具体的に見ていきましょう。
Putnamは、社会関係資本の要素として、社会的ネットワーク・信頼感・互酬性の3つを挙げています (Putnam, 2000)。
1つめの社会ネットワークは、人々の間にコミュニケーションをともなうつながりがあることを指しています。人が集まっていたとしても、それぞれが独房のような場所に入れられてコミュニケーションが遮断されている場合、社会関係資本にはなりません。
2つめの信頼感は、個人が互いに協力的であることや誠実であることに期待をかけていることを指します。北村ら (2009) の研究では、職場での信頼感を質問票を用いて測定しています。その調査票には、「職場のほとんどの人は基本的に正直である」「職場のほとんどの人は基本的に善良で親切である」といった質問が含まれています。
3つめの互酬性は、誰かが別の誰かを助けたら、その人には見返りがあるだろうと期待することを指します。AさんがBさんを助けたことに対して、BさんからAさんに直接のお返しがあるのはもちろん、助けた様子を見ていたCさんからAさんに間接的なリターンがある場合も互酬性の範囲に含まれるのがポイントです。北村ら (2009) の研究では、互酬性も質問票を用いて測定しており、「職場の人を助ければ、いずれその人から助けてもらえる」「職場では、困ったときにはお互いに助け合っている」といった質問が含まれています。
これらの要素を踏まえると、集団の中で人々の間にコミュニケーションをともなうつながり(社会的ネットワーク)があり、お互いに信頼し合っており、誰かを助ければ見返りが得られるという考えが共有されているときに、社会関係資本が成立すると考えることができます。
組織でこれらの要素が揃っているときには、メンバー同士が互いの行動に注意を払い、他のメンバーを手助けしたり、協力しあったりするようになると考えられます。たとえば、職場で育成の責任を負っているわけではないメンバーが、新人の育成支援を自発的に行うようになることなどが例に挙げられます。
協力を促す一方で、副作用も
社会関係資本の構成要素として紹介した信頼感や互酬性は、人々の協力行動の成立に大きな影響をもつものとして、経済学や経営学、社会心理学などの分野で研究が進められています(Coleman, 1988; 山岸, 1998 など)。
また、職場での学習をテーマとした研究では、メンバーによる成功・失敗経験談の共有は、チームメンバーの業務遂行能力を向上させる効果があるのですが、その職場でメンバーが抱く信頼感が強いほどその効果は高いことが報告されています(中原, 2021)。このことは、組織レベルの信頼が、コミュニケーションを通じた学習の基盤をなしていることを示唆しています。
このように、信頼感と互酬性が高い状態の組織では、良好なコミュニケーションが促進されており、協力行動も起こりやすいことが指摘されています。
組織での価値や成果の創出が求められることが多いなかで、信頼感や互酬性のような特徴が社会関係「資本」と位置づけられるのもうなずけるのではないでしょうか。
一方で、社会関係資本の負の効果が指摘されている点には注意が必要です (Putnam, 2000 など)。特に信頼感と互酬性が高い集団では、集団内のつながりや規範意識が強くなる反面、習慣や文化になじまない人や、よそから来た人が排除されることが多くなりがちです。また、上記に関連して、同調圧力が高くなり、建設的な批判が起こりにくくなったり、同調しないメンバーが排除されたりする危険性も出てきます。
こうした暗黒面は社会関係資本に限らず、メンバー同士のつながりやカルチャーが強い組織につきまとってくる課題です。信頼感や互酬性は協力行動を促進するポジティブな効果がある一方で、薬に副作用があるように、負の側面があることにも注意する必要があるでしょう。
個人ー集団の相互作用から才能発揮を捉える
今回の研究コラムでは、「社会関係資本」をキーワードに、個人が所属する組織やチームを考える切り口を紹介しました。
株式会社TALENTのTalent Research Center (TRC) では、才能発揮を研究するにあたり、次の2つの観点から組織やチームの状態に関心を向けています。
ひとつは、所属している組織やチームの状態が、環境要因として個人の才能発揮に影響を及ぼすという観点です。たとえば、お互いに協力しあう環境で自身の才能を発揮できる人がいる一方で、競争的な環境のほうが合っているという人もいます。
もうひとつは、個人の才能発揮が組織の成果やカルチャーに影響するという観点です。組織やチームが個人の集合である以上、個人の振る舞いによってその成果やカルチャーが変化します。“One for All, All for One” のような行動指針を掲げていても、自分の仕事でいっぱいいっぱいなメンバーばかりでは、協調的な動きは起きにくい組織になるでしょう。
個人と集団が相互に影響しあっているため、個人の才能発揮を考えるうえで、組織やチームの状態も無視できないというわけです。
こうしたチームの状況を把握・考察する手がかりとして、社会関係資本の要素に着目して研究を進めています。今回は理論的な話が多くなりましたが、次回はより具体的な事例や研究に注目して、チームや組織の状態について深めてみたいと思います。
文献
Coleman, J. S. (1988). Social capital in the creation of human capital. American journal of sociology, 94, S95-S120.
北村智, 中原淳, 荒木淳子, & 坂本篤郎. (2009). 業務経験を通した能力向上と組織における信頼, 互酬性の規範. 組織科学, 42(4), 92-103.
中原淳. (2021). 経営学習論 増補新装版. 東京大学出版会.
Putnam, R. D. (2000). Bowling alone: The collapse and revival of American community. Simon and schuster.
山岸俊男. (1998). 信頼の構造. 東京大学出版会.
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