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才能発揮できる環境を自らつくりあげるには #研究コラムVol.13

前回の研究コラムでは、株式会社TALENTのTalent Research Center (TRC) で行っている才能研究についてまとめました。

研究の土台に据えている才能発揮理論では、才能が発揮されている人の特徴を「欲求と行動の一致度」「期待と結果の一致度」「社会的評価」の3つの軸で表現しています。つまり、欲求と一致した行動をとれていて、その行動の結果が自分の期待していたとおりであり、さらにその結果が他の人にも評価されている状態が、高いレベルで才能が発揮された状態といえるのではないか、ということです。

図1. 才能発揮の3次元モデル

これら3つの軸を高いレベルで実現するうえで、自身が身を置いている環境は強く影響してきます。たとえば、自分がやりたい仕事を選べて、同僚のサポートも得られつつ結果を出すことができ、高い給与をもって評価される職場であれば、才能を発揮しやすいと考えられます。

しかし、そのような環境が最初から用意されているケースは稀ではないでしょうか。

多くの場合、才能を発揮しやすい環境を自ら作り上げる働きかけが重要となってきます。経営者や管理職にとっても、メンバーが自分の才能を発揮しやすい状況をつくり、自律的に仕事を面白くしていく状態は望ましいはずです。

このような自発的な工夫は「ジョブ・クラフティング」という概念で経営学領域を中心に注目を集めています。

今回はこの概念を中心に、才能との関連を見ていきましょう。


仕事を自ら工夫する「ジョブ・クラフティング」

ジョブ・クラフティングは、「個人が仕事におけるタスクや関係的境界を物理的あるいは認知的に変えること」と定義されています (Wrzesniewski & Dutton, 2001)。

自分が仕事を進めやすいように作業の進め方を工夫したり、同じ作業であっても、その意義をポジティブに捉え直したりすることなどが当てはまります。たとえば、毎月の備品発注の仕事は単調な作業になりがちですが、季節による消費量の変化に合わせて発注量を調節してコストカットを図ったり、より業務実態に適した備品を探して同僚が快適に仕事できるようにしたりと、工夫次第でやりがいを見いだせる仕事になるでしょう。

与えられた仕事に受動的に取り組むのではなく、能動的に工夫しながらパフォーマンスを高めたり、ポジティブな気持ちで仕事に向き合えるようにしたりするところがポイントです。「クラフト(手芸・工芸)」という言葉にも、こだわりをもって工夫するという意味合いが込められているように思います。

ジョブ・クラフティングが注目されている背景には、従業員が仕事にポジティブな意味を感じられることで、行動やパフォーマンスに前向きな変化が起こることが挙げられます。経営学領域の研究でも、仕事にポジティブな意味を感じられている人では、ワークモチベーションや組織への帰属意識、生活満足度などが高く、欠勤率も低いことが実証されています (Rosso, Dekas, and Wrzesniewski, 2010; Steger, Dik, and Duffy, 2012)。

何を「クラフト」するかによる分類

自ら仕事を工夫することがジョブ・クラフティングのポイントですが、実際の仕事場面を考えると、何をどう工夫するかについては無限の可能性が開かれています。その意味では、ジョブ・クラフティングは抽象的で大きい概念といえるでしょう。

提唱者のレズネスキー氏とダットン氏は、何を工夫するかという観点で、3つの分類を提案しています (Wrzesniewski & Dutton, 2001)。
タスク次元、人間関係次元、認知次元の3つです。


図2. ジョブ・クラフティングの3分類

1つめのタスク次元ジョブ・クラフティングは、仕事の中で行う作業の内容や手順を工夫することです。コピー&ペーストを繰り返していた作業をExcelマクロで自動化したり、ルーティン業務に関するマニュアルを作ったりといった例が挙げられます。具体的な作業として見える工夫なので、最もイメージしやすい分類だと思います。

次の人間関係次元ジョブ・クラフティングは、職場での他の人との関わり方に工夫を加えることです。部下の提案に対して「でも、✕✕に問題があるんじゃない?」と否定から入る癖があった上司が、「提案ありがとう、〇〇の観点を加えるともっとよくなりそうだよね」と、肯定から始める応答を心がけることなどは例として挙げられます。他にも、書類を同僚のデスクに置くときに、付箋に手書きのメッセージを添えるといったことも、小さなことですが一例といえるでしょう。

最後の認知次元ジョブ・クラフティングは、自分の仕事についての意味づけを変化させるものです。先に挙げたタスク次元と人間関係次元は、作業やコミュニケーションなど、自分の外部にある環境へと働きかけるものでした。
それに対して認知次元のほうは、自分の内部での意味づけや捉え方を工夫するところが特徴的です。たとえば、「自分の仕事は開発コードを書く仕事だ」と考えていたソフトウェアエンジニアが、「ツール提供を通してユーザーの困り事を解決する仕事だ」と、仕事の意味を捉え直すことで、社会的貢献を感じられるようになるというのは、ひとつの例でしょう。このような変化は、営業サイドの人との会話など、周囲とのコミュニケーションがきっかけになることも多いことから、人間関係次元とも関連してくるでしょう。

自分から工夫することが大事なのはわかっていても何から手をつけていいかわからないというときは、これらの3つの分類を思い浮かべると、整理しやすくなるのではないでしょうか。

工夫を促進する「フィードバック」と「選択の自由」

経営者や管理職の視点からは、メンバーのジョブ・クラフティングを促すにはどうすればよいかが関心事になるのではないかと思います。

過去の研究で指摘されている影響要因はいくつもあるのですが、ここでは国内の研究で指摘されている「上司のフィードバック」「選択の自由」を取り上げてみたいと思います。

池田ら (2020) が20代の労働者に実施した調査では、上司による業務プロセスへのフィードバックがジョブ・クラフティングを促進することがわかっています。ここでの「業務プロセスへのフィードバック」には、「行動の理由を尋ねること」、「指摘するときに理由も一緒に説明すること」、「やりたい仕事に対してどのようにやるとよいのかを助言すること」の3つが含まれていました。

調査の結果、これらのフィードバックの頻度が高い上司のもとで働いている人では、先に挙げた3つの次元のジョブ・クラフティングをよく行なっていることが示されました。

フィードバックにはさまざまなやり方がありますが、調査での質問内容を踏まえると、単なる作業指示や行動の指摘だけでなく理由もあわせて説明することや、メンバーの関心ややりたいことを尊重することなどが、ジョブ・クラフティングを促進するうえではポイントになりそうです。

図3. 上司による業務プロセスのフィードバックがジョブ・クラフティングを促進
※池田ら (2020) を参考に編集部で作成

また、遠藤ら (2023) の研究は、働く場所を選べる職場では、ジョブ・クラフティングのような自律的な工夫が起きやすい可能性を指摘しています。

近年では、仕事の内容に合わせて働く場所を選べるフレキシブル・オフィスを導入している企業も増えています。

遠藤らの研究では、フレキシブル・オフィスを採用している企業の従業員を対象に、どのスペースをどのようなときに使っているかを調査しました。興味深いのは、作業の内容や人数、タイミングにあわせた場所選びを繰り返す中で、自分の仕事の内容を見直したり、仕事の組み立て方を工夫したりする人が出てきたことです。

作業環境を選ぶときには、取り組もうとしている作業の特徴や性質を理解したうえで、どのような環境が適しているかを考える必要が出てきます。場所を選ぶきっかけができたことで、「この作業をやるとしたらどんな環境がいいだろう?」という問いや、「場所が選べるならこんな工夫ができるはず」というアイディアが出てくるようになったことが推察されます。

フレキシブル・オフィスの例

これら2つの研究から、フィードバックや働く場所のデザインをきっかけに、メンバーが自分の仕事について考えるヒントを提供できることがうかがえます。

仕事を工夫して才能を発揮する

今回の研究コラムでは、仕事や人間関係を工夫して才能を発揮しやすい環境をつくりあげるという観点で、ジョブ・クラフティングを取り上げました。環境を変えるためには、転職や引っ越しなど、別の環境に移って一新させることも選択肢としてありえますが、現在の環境に工夫を加えて徐々に変えていくことも可能です。

筆者自身も、「コラムを書く仕事」ではなく「読者のみなさんの才能発揮を後押しする仕事」をしているのだと、認知次元のジョブ・クラフティングを意識しながら本稿を執筆していました。今回のコラムで紹介した内容が、読者のみなさんの才能発揮のきっかけやヒントになれば幸いです。

文献

  • 遠藤一, 薄良子, & 正木郁太郎. (2023). フレキシブル・オフィス利用における従業員の自律的な工夫とテレワーク化の影響に関する探索的検討. 産業・組織心理学研究, 37(1), 33-49.

  • 池田めぐみ, 池尻良平, 鈴木智之, 城戸楓, 土屋裕介, 今井良, & 山内祐平. (2020). 若年労働者のジョブ・クラフティングと職場における能力向上. 日本教育工学会論文誌, 44(2), 203-212.

  • Rosso, B. D., Dekas, K. H., & Wrzesniewski, A. (2010). On the meaning of work: A theoretical integration and review. Research in organizational behavior, 30, 91-127.

  • Steger, M. F., Dik, B. J., & Duffy, R. D. (2012). Measuring meaningful work: The work and meaning inventory (WAMI). Journal of Career Assessment, 20(3), 322-337.

  • 高尾義明. (2019). ジョブ・クラフティング研究の展開に向けて: 概念の独自性の明確化と先行研究レビュー. 経済経営研究, (1), 81-105.

  • Wrzesniewski, A., & Dutton, J. E. (2001). Crafting a job: Revisioning employees as active crafters of their work. Academy of management review, 26(2), 179-201.

▼この記事を書いた人
TRC Researcher 江川 伊織
山形県酒田市出身。東京大学大学院にて性格心理学を専攻、完全主義の認知特性を研究。ベンチャー企業にて、若手研究者のキャリア開発や、研究プロジェクトの立ち上げを経験後、HR Tech企業にて採用管理システムのデータ分析を推進。
現在はフリーランスとして、研修や人事施策の効果検証デザイン、データ分析、文筆等を行う。
「働く」という人間の営みにデータや学術研究の知見を活かしたいと考え、「才能」の切り口から新たな知見の開発・発信を行なうため、TALENTの才能研究に参画。

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