空想お散歩紀行 大切な物ほど普通の所に
歴史上、最高最悪の建築家と謳われた男がいた。
その男は世界最高の王様が住む城を建てたこともあれば、闇の魔王が住む城も建てたことがあるという、建築物には善悪の判断を持ち込まない男だった。作りたい物を作りたい時に作る。それだけが男の信念だった。
その男が100年前、死の直前に作った最後の建築物が今なお注目を集め続けている。
その建物はそれまで作ってきた荘厳な大建築に比べればあまりにも矮小だった。
「思った以上にフツーの家ね」
一人の少女がドアの前で呟く。
その家は、海の見える見晴らしのいい丘の上に建てられている。
2階建て、部屋の数は6、7個といったところだろうか。本当に普通だった。
だが普通なのはあくまで外見だけ。
「この家に100年も誰も入れていないなんてね」
彼女の言う通り、この家には作った本人以外だれも中に入ったことはない。
その理由は家に入るための鍵を、建築家が隠してしまったからだ。
そして史上最高の建築は、決してどんな破壊もできなかった。ドアも窓も壁も、あらゆる道具、魔法、爆薬、何ものも傷一つつけることは叶わなかった。
言い伝えでは、この普通の家の中にはとてつもない秘密が眠っているらしい。
なので今までに多くの物が、この家に入るための鍵を探し続けてきた。
建築家の残した手記、資料、伝説、大小含めた様々な情報を収集し、冒険やトレジャーハンター、同じ建築家たちがこの秘密に挑んできた。時に情報を巡って、多くの命が散ったこともある。
この少女もその秘密に挑んでいる者の一人。理由は単に、この家の中に何があるのかという興味だけだった。
「鬼が出ようが蛇が出ようが、むしろ何も無くてもいいんだけどね。何も無かったらここに住んでもいいかもだし」
彼女はこの誰も破ることができなかった扉の前で余裕の態度を取っていた。
そのわけは、彼女は既に掴んでいたからだ。その手に、
「こんな物のために、数えきれない人が世界中をしらみつぶしに探し回ったなんてね」
彼女の手には鍵が握られていた。この家の鍵が。
「この家の庭の植木鉢の下に隠してあるなんて、灯台下暗しにも程ってもんがあるでしょ」
史上最高最悪の建築家が作った、外見はあまりにも普通で、しかし普通ではない家の鍵の隠し場所はあまりにも普通だった。
「さて、じゃあお邪魔しますか」
彼女は鍵を鍵穴に嵌め、そして回す。小気味いい音と共に、その扉は開いた。
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