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空想お散歩紀行 魔法使いと少女と少し不思議でちいさな謎

魔法、魔術、まじない。遥か古代から普通の人々の目には映らないように、しかし確実にその影に存在してきた。
時に国の政治の裏で暗躍したり、時に歴史に残らない戦争も魔法の世界では起こってきた。
しかしそのような、血の匂いがするようなものばかりが魔法の歴史ではない。ひっそりと穏やかに人々の生活と共に生きてきた魔法使いの方が数としては多いのである。
そして、ここにもそんな魔法使いの子孫がいた。
「はいはい!ロックいる!?」
とある田舎にある一軒の薬屋。その入口の扉を開けるなり大声で入ってきたのは一人の少女。
そして、その大声に得に驚くこともなく店主はカウンターに座ったまま彼女の方を見た。彼にとってはもはやお馴染みの光景だった。
「いますよ、レーチェ。今度は何ですか?」
眼鏡を掛けた20歳そこそこの青年は穏やかに彼女を迎えた。慣れた動きで手製のリンゴジュースを彼女に差し出す。
レーチェと呼ばれた少女はそれを受け取ると一気に飲み干して、本題に入った。
「仕事よ仕事!この私が、お仕事持ってきてあげたのよ!」
彼女の言う「仕事」とは、ロックの営む薬屋のことではない。そちらは彼の本業、彼女の言っているのは副業のほうだった。
「レーチェ。いつも言っていますが、あまり無理して依頼を持ってこなくてもいいんですよ」
「何言ってるの!ロックはせっかく力を持ってるんだから、それをもっと使っていかないといけないわ。才能をちゃんと運用しないことは社会の損失よ!」
10才とは思えない単語を、理解しているのかどうか分からないがずらずらと並べて話すレーチェ。倍以上歳の差があるというのに完全に主導権は彼女が握っていた。
「僕は自分の力の使い道はこれで十分と思っていますよ」
ロックは代々魔法使いの家系の末裔だった。
と言っても戦いの道具として魔法を使うのではなく、人々の生活のために使っていた。
彼の作る薬は怪我や病気によく効くと評判だった。その理由は薬の調合に魔法を使っていたからである。彼はそのことは秘密にしていたが、ひょんなことからレーチェに自分が魔法使いであることがバレてしまったのだ。
魔法の力に感激した彼女は、その力をもっと使うことを提案した。
それが、『お助け屋』である。
ロックやレーチェが住んでいる村から少し離れたところに大きな街がある。ちょっとした貿易の拠点になっている港町でいろいろな人が常に行きかっている場所だ。そこで、『何か』に困っている人を見つけては、その解決のお手伝いをするという仕事を始めた。
と言っても、レーチェが勝手に始め、勝手に依頼を受け、勝手にロックのところに持ってくるという形である。
人助けになるのならと、ロックは特に反対はしていない。一応副業として扱っているが、基本的に依頼人から謝礼を受け取るようなことはしない。レーチェが持ってきた依頼も必ず話は聞く。とにかく彼はドがつくほどのお人好しだった。
「せっかく魔法が使えるんだから、ちゃんと活用していかないと廃れていっちゃうわよ。そんなんでご先祖様に顔向けできるの!?」
レーチェは大人相手でも物怖じせずに接することができる度胸の持ち主である。だからこそ、お助け屋として街を駆け回れるのだが、どうもその過程で身の丈に合わない言葉を覚えてしまっているようだ。
「魔法は本来人々のためにあるものです。お役御免の時が来たら消えていくのが自然だと僕は思いますよ」
彼らの住むヨーロッパでは近年急速に技術が発達している。後の世にルネサンスと呼ばれる時代である。
技術の発達は、それまで魔法でしかできないと思われていたことの代行である。誰もが手軽に魔法の再現ができるようになれば、そもそも魔法が世界から消えていくのは必定と言えるだろう。ロックはそれは仕方の無いことと思っていた。
レーチェは逆に、魔法と言う自分が持っていないものを持っているロックが、自分の力を大したことのないもののように言うのが納得できなかった。
彼女のそんないつもの感情を感じ取ったロックは話題を変えることにした。
「それで、何か依頼があったんじゃないんですか?」
「そうだったわ!忘れてた!あのね、街に行った時に聞いたんだけど、スミアさんっていうお婆さんに会ったの。その人の話だとね、最近身の回りの物が無くなるんだって」
彼女の話の内容を聞いて、ロックは首を傾げた。
「それって、普通に泥棒じゃないんですか?警備隊が動くでしょう?」
「警備隊も動いてるけど、変わった事件なの。スミアさんの家って結構なお屋敷なのに、お金とか宝石とかは盗まれずに、食器とか鏡とかそういう小さな物ばっかり無くなるの」
なるほどと、ロックはうなずいた。確かにそれなら妖精とか精霊の仕業の可能性もある。魔法使いでないと見えない存在による事件は結構あるのだ。しかし、
「それだけだと、単に物忘れかもしれませんし・・・」
「それだけじゃないの!」
ロックの言葉を遮るようにレーチェは言葉を荒げた。
「今回の件、あの女も動いてるのよ!」
「カレンさんですか?」
レーチェがあの女呼ばわりするのは一人しかいない。
港町に拠点を置く探偵で、ロックと同年代の女性である。
過去何度か同じ案件で会ったことがあり、実はロックと同じ魔法使いの末裔であった。
「あいつが出てきたってことはこの件は魔法絡みってことでしょ。きっとまた大金ふんだくるつもりなのよ」
「彼女はそれが本業なんだからしかたないですよ」
レーチェとカレン。二人とも勝気で恐れ知らず、共に魔法はすごいと思っていて、後世に残すべきものだと思っている。
中身だけ見ると仲良くできそうなのに、どういうわけかウマが合わない。ロックはいつもこの関係を不思議がっていた。
「とにかく、『お助け屋』としては困っている人を放っておけないわ。どうするの?ロック」
どうするの?と聞いてはいるが既に結論は決まっている。
「分かりました。明日街に薬を配達する用事があるので、その時に話を聞きに行くということでいいですか?」
「うん!」
先ほどの怒り顔から満面の笑みになったレーチェは、また明日と言いながら店を出ていった。
これが彼らのいつもと変わらない日常だった。お人好しの薬屋と、元気いっぱいの少女、そして多くの人の想いが時に交わり、時に離れ、そこに少しだけ魔法という小さな力が加わる。ただ少しだけ不思議な物語。


*今回のお話は、2021/5/7に行われたワークショップ「テイル・ラボラトリー」にて創作されたキャラクター・設定を元に書いてみました。今後もワークショップは継続予定。

https://www.kokuchpro.com/event/d7362dbf2a05e472a4862a872608a158/1618440/

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