空想お散歩紀行 忘れられたものたち
都会の喧騒から離れ、一人自然の中にいる時が一番自分というものを感じ取ることができる。
普段周りにたくさんの人がいて、常に比較の応酬をしているからか、独りになれる時間と場所が僕にとっては何よりも貴重に感じる。
今日は休日を利用して前から来たかった山へと来ていた。
やっとこさ人が通れるだけの道を慎重に進んで行くと、突然人工物が目に入った。
それは石造りの階段だった。
「こんなところに・・・神社?」
よく見ると階段の上には鳥居が見える。
でも山の中に神社があるのはそう珍しいことではない。僕はせっかくだからとその階段に足を掛けた。
そして到着したそこは、普通の神社だった。
鳥居、狛犬に拝殿と賽銭箱。どこを見ても取り立てて変わったところはない。
ここまで来たのだからと僕は賽銭箱に近づき、財布を取り出した。
と、その時背後から子どもの笑い声が聞こえた。
だが、振り返ってみても誰もいない。
「あれ?確かに聞こえたけど」
声の感じから小さな男の子と女の子二人分のものだったように感じたが。
気のせいかと思い、改めて賽銭箱に小銭を投げて手を合わせた。
「お祈りしてもご利益は期待しないほうがいいわよ」
今度は横からはっきりと声が聞こえてきた。
驚いてそっちを見ると、そこに一人の女性が立っている。
その人は巫女装束を着ていた。どうやらここの関係者のようだ。
だが、大きな竹ぼうきを肩に担ぐように持っているその姿からは、あまり巫女という雰囲気は感じられなかった。どちらかと言うと、
「元ヤンキーの巫女・・・?」
「あ?なんか言った?」
思わず口から漏れた言葉を頭を横に振って否定する。そして無理やり話題を変えることにした。こういうごまかしスキルは社会で身に着いた嫌な特技の一つだ。
「あ、えーと、ご利益無いっていうのは、どういうことですか?」
「無いと言うか、期待するなってこと」
「ここは何の神様を祀ってるんですか?」
「えーと、その、イロイロ?」
明らかに説明がメンドクサイという顔をする巫女。信心というものがあるのか疑わしくなってくる。
「あ!そう言えば、ここに子どもっているんですか?さっき声を聞いた気がするんですけど」
そう言うと、巫女は初めて僕に興味を持ったような顔をした。
「へえ。あんた少しは感じるんだ?」
「えっと、どういう・・・」
「ここはね、忘れられた神様の来る所なのよ」
彼女の言っている意味がいまいち掴み切れなった。しかし彼女はそんな僕の感情を知ってか知らずかそのまま言葉を続ける。
「この国に神様が一人だけじゃないってのは知ってるわよね?八百万ってやつよ。ここはほとんど人々から忘れ去られて力を失ったやつらが集まってくる神社なの。あんたが聞いた声ってのは、たぶん提灯と火鉢ね」
「忘れられた神様」
「って言っても、今は文献や写真が残ってたり、博物館とかに展示されてたりするから、完全に忘れられるってのは逆に無いけどね。でも全盛期に比べれば力はほとんど残っていない。ご利益を期待するなってのはそういうことよ」
「そんなにたくさんの神様がここにいるんですか?」
僕の疑問に彼女は何も言わず、ただ近づいてきて僕の肩にそっと触れた。
その瞬間、ほんの一瞬だが、僕の視界には数えきれないほどの何かが見えた。
それは人の形をしているものもあれば、そうでないものもあり、それらが地面や空中の至るところにいて、好き勝手に動いたりしゃべったりしていた。
そしてハッと気付くと、また元の静かな神社に戻っていた。
「年々増える一方よ。いい加減手狭だって上には言ってんだけどね。あと数年したらガラケーの神様まで来るって話だし」
忘れられた神々の集う場所。僕は独りになった感じを味わいたくて自然の中に入るのが好きだが、それは気付いていないだけで、いつどこにでも忘れられた何かが存在しているのかもしれないと、その時強く感じたのだった。
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