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教育にも演劇を「使って」みませんか? 【文教大学・塩沢泰子教授インタビュー】

ヨーロッパやアメリカをはじめとした多くの先進国では「演劇(ドラマ)」の授業が義務教育の必修になっていることをご存知でしょうか。
演劇と教育にどのような関係があるのか?と、日本に暮らす多くの人は不思議に思うことでしょう。

私たちが受けてきた教育からはほど遠いところにある、演劇。この効果を日本の教育にも取り入れようと、奮闘されている先生がいらっしゃいます。
文教大学・国際学部国際理解学科の塩沢泰子教授。英語が母国語でない人達がいかにして英語を習得するかという、第二言語獲得という専門分野で研究されています。

この記事のインタビュアーが代表を務める株式会社タラントンは、演劇の中でも「英語教育劇」に特化した劇団を海外から呼び、日本の学校で上演する活動を行っています。この英語教育劇の面白さにいち早く気づき、大学の講義内で劇の上演やワークショップを取り入れてくださっているのが塩沢先生です。

英語劇、そして演劇そのものは、教育においてどのような効果を生むのか? 先生が長年のご研究で得られた知見や実感についてお話を伺いました。(インタビュアー:前田聖子)


●「ろくでもない」教員、アメリカへ行く

塩沢:もともと学生時代は英語そのものに興味がなく、教員になるつもりもなかったんです。英語は教科として得意ではあったんですが、大学時代はまったく関係のない家政学部の被服学科で学んでいて、大学院まで行きましたが、途中で「この勉強は向いてない」と気づいてしまって。なかなか自分の趣味や適性が見えない人間なんですよね……。
その一方で、たまたま趣味のような感覚で英文科の授業をたくさん受けていたので、「教員免許が取れるぞ」と欲を出して取得しましてね。就職を決める時には企業と天秤にかけて、「こっちの方が長く続けられそう」という理由で教員の道を選んだほどで、本当にろくでもない教員なんですよ(笑)。

しかも教員を始めてみたら、これがたった三日で無理だと思ってしまうくらいに大変で。最初に勤めた中学校を、なんとか二年続けてから寿退職して。それで主婦になったのだけれど……「これも無理!」と、たった一ヶ月で音を上げてしまったんです。

前田:先生はとても素直なご性格なのですね(笑)。一体そこからどうやって、今の塩沢先生につながるのでしょうか?

塩沢:もう一度、採用試験を受けましてね。そこで勤務した山形県鶴岡市の中学校がとても良い環境で、理想的な教員生活を送れたんです。ここで初めて「これは面白い、やれるかもしれない」という思いが芽生えましてね。
三年ほど経った時に、アメリカで行われる英語教員向けの研修に「ぜひ行ってこい」と周りの先生たちが勧めてくださって、二ヶ月の研修のためにアメリカに渡ったんです。ちょうど'80年代半ばのことでしたね。


●根本的に違うアメリカの教育

塩沢:アメリカの研修プログラムの中で「TESOL(Teaching English to Speakers of Other Languages)」という、外国人対象に英語を教えたり言語獲得について学ぶ専攻科目に触れられたんです。これにとても興味を引かれ、私もこういう分野の勉強がしたいなと思いつつ帰国をしまして。
山形に帰ってからつれあいの転勤で東京の高校に勤務先を移した後に、また急に仕事でアメリカに行くということになりましてね。本当に ”人のふんどしで相撲を取るような人生” だなと思うのですが(笑)、これはチャンスだ! と感じ、再びアメリカに渡りました。

現地ではワシントン州立大学で日本語を教える仕事がほぼ決まっていたんですが、突然そのポストが無くなってしまいましてね。困ったなととりあえず言語学校に通ってるうちに、一応教員として英語はできたわけですから、そこの教師たちから「あなたはここに通ってる場合じゃない、大学院に行きなさい」と勧められまして。それで急遽必要な試験を受けて、二ヶ月後には逆にワシントン州立大学に大学院生として通うことになったんです。

前田:急展開ですね。先生のお立場から学生へと戻られて。

塩沢:そう、そこで受けたカルチャーショックがものすごいものでしてね。日本の教育では先生から一方通行で知識が与えられ、覚えたものをアウトプットして点数になるのが普通ですけれど、アメリカの大学院で受けた教育は根本から違ったんです。
まず、「今はこういう定説があります」というのを講義の半分を使って習うんですね。そしてその後の時間を、ディスカッションやディベートに使うんです。すでに出来上がった理論があるんだからいいじゃないかと思うけど、そこにさらにつっこみや質問をするというシチュエーションが大変多くて。これは日本に帰ったら、もっとディスカッション能力を身につける授業をしなきゃ、と切実に思って帰国しました。

前田:日本式の教育だけでは足りないと痛感されたわけですね。

塩沢:ものすごいカルチャーショックでしたよね。それと、アメリカでは稼ぎながら学ぶのが当たり前になっていて、特に大学院では何年か企業勤めしてきた人や主婦の人なんかが、普通に学生として学んでいますよね。こういう非常に多様な人たちの中で、日常的にディスカッションをするわけです。
しかも、そこに参加するためには山のような本を読んでおかなければならないと。自分の意見を持ったり逆の立場から発言をするということのベースには基本的な知識が必要なんだという、そういう場に混じることのできた経験は、その後に大きく響きましたね。


●学生の変わっていく姿から学んだ演劇の効果

塩沢:そんなわけで、日本に帰ってからは気を大きくしましてね(笑)。非常勤で働ける大学を探し、幸運なことに近隣の大学に就職先が見つかったので、そこでパブリック・スピーキングとディベートを重視した教育を始めたんです。
ある時、'90年代の半ばでしたが、大学の英語教員が集まるJACET(大学英語教育学会)という大きな学会で、青山学院大学の先生から「オーラルコミュニケーション研究会を立ち上げたので一緒にやりませんか」と誘っていただいたんです。
この研究会でオーラルコミュニケーション・フェスティバルというものが始まりまして、試しに見にいってみると、学生さんたちがモノローグや朗読などと演劇的なことをしていたんですね。面白いとは思ったけれど、私がやるにはまだこの時点ではノーサンキューという感じで……。

前田:強く惹きつけられるということはなかったんですか。

塩沢:そうなんです。それでも、英語のできる学生に声をかけて参加させたりしていたんですけどね。
そして'04年に文教大学に移ったのですが、その時に大胆にも私は、あまり英語に自信のない一年生の集まる必修クラスで、このフェスティバルに出ようとしたんです。学生達にとっては大変に迷惑な先生ですよね(笑)。
文教大の学生達は当時から本当に素直な子が多くて、渋々な子もいたと思うんですが、休みも返上して一生懸命に英語劇を練習し、なんとかフェスティバルで発表することができました。
するとその二年後、二人の学生が「あの時のリベンジをしたい」と私のゼミに入ってきたんですよ。その子達を中心に、なんとね、自身の留学体験をもとにした完全オリジナルの劇を作って、周りを巻き込んでフェスティバルにもう一度参加したんです。それで大好評を頂いたんですね。

演劇ってすごいんじゃないかと、私はその時に知りましたね。半年くらいの短い間に、学生がものすごく変容していくんです。互いに意見を言い合い協力するようになりましたし、役になりきって一生懸命に練習すると、個人の英語力の差が、本番を観ている側には全くわからないんです。それくらいに英語力が高まるんですね。
コミュニケーション力というのは決してテストでは測れないということがよくわかったので、これはちょっと、私も勉強しなきゃという気持ちになりました。

オーラルコミュニケーション・フェスティバル('19)にて上演した文教大学のオリジナル英語劇『Billy』。中央に倒れている殺人鬼Billy役は、塩沢先生。

前田:学生さん達の姿を通じて、先生の演劇への興味が生まれたのですね。

塩沢:そうなんです。それで、翌年の'07年にフィリピンのPETA(フィリピン教育演劇協会)という世界的な教育施設で行われる演劇ワークショップの研修を受けに行ったのですが、ここでの経験も、目から鱗の落ちるようなすごいものだったんです。


●演劇の可能性に開眼した、フィリピンでの経験

フィリピン・PETAでの演劇ワークショップにて。

塩沢:元々私は、演劇ではよく知られている「フォーラムシアター」という手法に興味を持っていたんです。これは何かというと、例えば「海外留学中に恋人を作って帰ってきてしまった子供が親と対峙するシーン」だとか、コンフリクト(対立)のある主題を作るわけです。それを役者が簡単に演じたあと、聴衆に「もしあなたが子供の立場だったらどうするか、ちょっとやってみてください」などと言って、どんどん代わってもらうんですね。
元々この手法は、ブラジルの政治活動家であり演劇家のアウグスト・ボアールが厳しい政治状況の中で生み出したものなので、社会的問題に活かすためのツールだったんですが、語学に活かすならば、自分達が置かれている日常的な問題について英語で話し合うツールになりますよね。

私の興味はそれまでパブリック・スピーキングなど、ある意味フォーマットに縛られたものに向いていたんですが、そうではなくて現実生活に根ざしてどんどん入れ替わっていく、フォーラムシアターの自由さに魅了されるようになりました。

それで、この知識を深めるという目的もあってフィリピンに行ったんですが、そこで知ったのは、フォーラムシアターは演劇においてほんの一つの分野でしかないということ、そしてそれを含んだ全体としての「ドラマ・ワークショップ」の奥深さに気付かされた、というわけです。

前田:ご自身で興味を抱いたものの総体に触れることになったと。一体どんなプログラムだったのでしょうか?

塩沢:大きな衝撃だったのは、オリエンテーションを受けた後に、マニラのいわゆるスラム街にある家庭にお邪魔し食事までご馳走になるという、「地域を知る」というプログラムがあったんですね。
私はそれまでスラム街どころか東南アジア自体も初めてでしたので、あまりにも日本の生活と違っていることに衝撃を受けましたし、それでいて人々がホスピタリティに満ち溢れているのも実感し、ものすごいカルチャーショックを受けましたね。

PETAのプログラムにて。右端が塩沢先生。

それで、その時にお世話になった子供達をプログラムの後半で劇場に招待するんです。プログラムの中盤に自分達が感じたことを元にしてドラマを作り、それを最後に発表するんですね。本物の舞台で照明や音響もあるシアターに招待し、みんなでお芝居をやって観てもらうという貴重な経験をしました。

前田:それは、社会も巻き込んだ素晴らしいプロジェクトですね。

塩沢:本当に素晴らしい経験でした。それから、いわゆるシアターゲームというものの体験ですね。これは、例えば8人くらいで手をつないで輪を作り、真ん中に立った人がドーンと倒れるんだけれど、絶対にその人が倒れないように周りの人が必死に支えて動くというゲームだとか。最初は、「私はゲームをやりにここに来たんじゃないのに」なんて思ったんですけどね(笑)。

でも途中から、パフォーマンスとしての演劇だけでなく、そこに至るまでのプロセスを重視することだとか、人がそれぞれ信頼し合い、協力し合うとはどういうことか、というのを体を使って学んでいることに気付きました。
いわゆるヨーロッパで「アプライドドラマ(応用演劇)」と呼ばれている手法ですね。これは本当に面白いと目から鱗が落ちるようでした。

このフィリピンでの体験が本当に素晴らしくて、また翌年同じプログラムへ参加したり、他でもいくつかの体験を重ねましたが、今私がドラマを教育に用いているのは、この時の経験が元になっていると思います。


●教育英語劇団 ホワイトホース・シアター

塩沢:私がそんな感じで演劇に入れ込んでることを周りは知っていましたので、'12年辺りだったでしょうか、同僚が「塩沢さん、こんなのが雑誌に出てたわよ」と、ホワイトホース・シアター(ドイツを本拠地とした教育英語劇団)の日本公演の取材記事を見せてくれたんです。
読んですぐに「これは面白い!」と。英語学習者に特化した劇団というものを初めて聞いたのでとても貴重だなと思い、すぐに連絡を取って文教大でも公演してもらうようになりました。

英語劇といえば、「ロイヤル〇〇カンパニー」などと名のついた劇団が来日したりしますよね。でもそれは私にとっては頭の上を通り過ぎていってしまうもので、興味が向かないんです。英語のコンテンツにしても、今は昔よりもずっと簡単にNetflixなどで観られるけれど、一つのシーンがわかっても全体を通して英語だけで理解できるものというのは、日本人にとってはなかなかないですよね。
ところがホワイトホース・シアターの場合は、使う語彙を厳選していますし、劇の構成も非常にシンプルにしてくれていますね。役者さんも英語教育劇の趣旨についてしっかりと学んで理解し、ゆっくりはっきりと喋ってくれる。こういう英語が、さらに演劇のシチュエーションと共に全体を通じて体感できるわけですよね。これほど英語が本当の意味で身につくものはないなと思いますよ。

前田:ありがとうございます。招致活動をしている者としては嬉しい限りです。

塩沢:またホワイトホース・シアターの面白いところはね、聴衆を巻き込むんですよね。一番最初に大学に来ていただいた時の演目では、最後の方で「これは3つの違う結末があります。皆さん、どれがいいですか?」と観客に選ばせてくれましてね。これが非常に驚きで、新しく感じました。
劇を高尚なものとしてただ観てるだけでなく、自分達もその中に入って一緒にセリフを口に出したり結末を選べたりするという楽しさが、彼らの演劇の中にはありますね。

前田:英語劇は自分から遠いもの、一部の人だけが楽しめるものだと考えてしまうと、日常との接点がなくてもったいないと私も感じています。私が日本に紹介するホワイトホース・シアターやその卒業生達の演劇の良さはどこにあるのかと考えた時に、これは体験価値を生むものなんだと気づいたんですね。
それで今年は、観客の参加なしではお話が進まないインタラクティブな英語劇(Alessandro Visentin作『Dr. Jekyll and Mr. Hyde』'23年に欧州各国、南米、日本にて上演)でツアーを行ったのですが、中学から大学まで、どの学校でも大盛り上がりでした。

文教大学での公演。ホワイトホース・シアター出身の役者による”観客参加型”一人芝居。

塩沢:あれは面白かったですね。役者さんもベテランですから、観客の反応によっての演じ分けが見事でしたね。英文学にあまり触れたことのない学生達でも、自分が中に入って楽しめるという英語劇は素晴らしいもので、こういったものは日本の英語教育や教育全般に欠けているところなので、ぜひ招致を続けていただきたいなと思っています。


●演劇を日常で使ってみよう

前田:今、日本の教育では主体性が大事だとよくいわれますが、英語を主体的に学ぼうとしても日常で英語を使う必要性が無かったりと、とっかかりが少ないですよね。劇をきっかけにしてその面白さを感じるということが、中学や高校、また早ければ小学校の教育の中にあってもいいんじゃないかと思うのですが。

塩沢:英語ばかりか国語ですら、なかなか学校で劇を使う機会は無いんじゃないでしょうか。とにかく生徒達は前を向いて先生の話を聞くのが日常で、たまにグループでディスカッションするくらいですよね。
演劇には、ものすごい可能性があると思っていましてね。例えば教育演劇に関する海外の学会に出かけていきますと、そこには教育関係者だけじゃなくて、お医者さんや老人ホームで働いている方、地域おこしをされてる方など、色んな職業の方が自分の分野で演劇の方法を使うんです。そういう文化を、これからこの日本で作っていかなきゃならないですよね。

前田:演劇を、日常から遠いものにしておくのはもったいないと。

塩沢:まさにそうです。演劇といえば「芸術」や「鑑賞」という言葉が付きますが、それだけではもったいないですね。むしろ演劇を使って物事を考えたり、社会問題を分析したり、自分の悩みだとか性格だとか、そういう様々なことを人と一緒に考えたり話し合ったりと、そういうことができるんですよね。考えるためのツールとして演劇を使う、そういう切り口が教育現場にはもちろん、社会にも非常に大事だと思っています。

前田:このような発想の塩沢先生から若い頃に学べた学生さん達は、とても幸せだろうなと感じます。

塩沢:いえ、私も教員になりたての頃は「どう教えようか」ばかりで、生徒がどう学ぶのかということまで考えていなかったんですね。でも経験を積むうちに「生徒と一緒に学ぶことを楽しもう」というスタンスに切り替えて、自分自身も楽になりました。これでひょっとすると、私の教え方もマシになったかもしれませんね(笑)。

・・・終わり・・・


株式会社タラントンは、海外からホワイトホース・シアターを中心とした教育英語劇団を日本に招き、教育機関や自治体を対象とした英語劇ツアーを毎年秋に行っています。
また、海外の役者から直接に演劇メソッドや表現力を学ぶことのできる<英語教員向けオンライン・ワークショップ講座>を'24年よりスタートする予定です。
'24年ツアーおよびワークショップに関するお問い合わせは、以下のフォームからお願い致します。

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