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リスク管理で配慮すべきポイント:『リスクのトレードオフ』

“リスクの伝道師”SFSSの山崎です。本ブログではリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方について毎回議論をしておりますが、noteを始める前の過去ブログにおいて、リスコミにおいて知っておくべき重要な原理/法則を解説しておりますので、いくつか再掲しておきたいと思います。

過去ブログ[2014年10月12日日曜日]より抜粋:

リスク管理で配慮すべきポイント:『リスクのトレードオフ』

 筆者はスポーツ観戦が好きなので、日本のプロ野球やMLBのポストシーズンゲームを楽しむことが多い。野球に限らずチームスポーツでは、相手より沢山点を取った方が勝ちなので、ある意味相手に点を取られないというディフェンスの妙=リスク管理が勝敗を分けるケースが多い。

実際、プレーオフなどの短期決戦では、試合の終盤に僅差で勝負をわけるゲームが多いのが不思議で、2014年のMLBプレイオフでは、青木宣親のいたカンザスシティ・ロイヤルズは、何度も延長戦を征して連勝したのだが、リリーフ投手陣のディフェンス力の差が勝負を分けているように見えた。

筆者は野球をプレーしたこともないし、監督・コーチをしたこともないが、スポーツ観戦の醍醐味は、自分がもし監督だったらどうするだろう、自分がもしキャッチャーだったら次に何を投げさせるだろうと仮想しながら観戦することにしている。

TVの解説者でも、優秀な方ほどその点をハッキリと言うので、さらにスポーツ観戦は面白くなる。とりわけ、江川・武田・今中などの解説は楽しい。このピッチャーは代えないとダメだとか、続投すべきだとか、外角のストレートばかりでは打たれるぞとか、優秀な監督・キャッチャー・解説者は、次に起こりうる失点のリスクを予測して、未然に防ぐことを考えている。

だからこそ、優秀な選手をたくさん集めた球団が必ず勝つとは限らない。2014年の読売ジャイアンツはまさにそんな感じだった。選手たちの調子やコンディションは決してよくなかったことを個人成績が物語っているが、なぜか僅差のゲームを勝ちにもっていく。原監督の人心掌握術とリスク管理の妙ではないかと思う。広島出身の筆者は広島を応援していたが、何度も歯がゆい思いをした。

2014年、CSファーストステージの第一戦、甲子園球場での阪神-広島戦をTVで観戦していたが、阪神メッセンジャーと広島マエケン(前田健太選手)の素晴らしい投手戦になり、どちらが先制するかが勝敗を分けるポイントというゲームになった。6回の表まで両チーム無得点でむかえた6回裏、阪神の攻撃、ワンアウトランナー無しで6番バッターの福留。マエケンは福留を苦手にしており、この日もすでにヒットを打たれていたので、スリーボール、ノーストライクと不利なカウントになった。

ここで筆者はTVをみながら、「不用意にストライクをとるな!フォアボールでもいい」とつぶやいた。1点勝負のゲームなので四球のランナーを出すのはリスクがあると考えるヒトもいるだろう。でもここでは福留の長打のリスクの方がこわい。フォアボールを出してでも、7番以下の下位打線を抑えるほうがマエケンにはたやすいだろうと思ったからだ。勝負に勝つためには、敬遠の四球も立派なひとつの戦術なのだ。

筆者の意思に反して、マエケンはストライクを投げた。福留がそれを強振。打球はバックネット方向へのするどいファウルだった。ノースリーでも思い切り振ってきた。明らかに一発狙いだ。カウントはスリーボール、ワンストライク。「危ない・・くさいコースに変化球で。フォアボールでもいいから」という筆者の声もむなしく、マエケンはストレートをインコースに投げてしまった。

ボールがシュート回転で真ん中に入ったのも悪かったが、強振した福留の打球はバックスクリーンへ一直線。マエケンにとってこれが痛恨の1球となり、カープは1対0の惜敗で大切なCSの第一戦を落とした。もちろん阪神メッセンジャーに対して、まったく工夫のなかった広島打線が最大の敗因であり、阪神打線を1点に抑えたマエケンに責任はない。ただ、監督やキャッチャーは、1点勝負のゲームになるという読みがあれば、この6回裏のリスク管理ができたのではないか。

実はこの事例は、野球においてのリスク管理の在り方を教えてくれる。すなわち、6回まで0対0の緊張した投手戦の中で、フォアボールでランナーを出してしまうことのリスクを広島バッテリーは恐れ、ストライクを選択した。ところが、そこにはフォアボールというリスクを避けることで、その裏にあるもっと大きなホームランというリスクが潜んでいることに気付かなかったということだ。この現象を「リスクのトレードオフ」という。

すなわち、「リスクのトレードオフ」とは、あるリスクを避けようとしたときに、そのリスクを回避することで、もっと大きなほかのリスクを見逃してしまい、損害や事故をもたらすという現象だ。食のリスクに関する事例でも「リスクのトレードオフ」が起こりがちだ。

2012年8月に北海道で起こった事件では、白菜の浅漬けを製造する際に殺菌料の次亜塩素酸ナトリウムを十分使用していなかったことが原因でO157による集団食中毒が発生、100人以上が感染し、数名の方が亡くなった。

保存料・殺菌料・日持ち向上剤などの食品添加物のリスクを心配して、これらを使用しないことによる食中毒のリスクのほうがはるかに大きい健康被害をもたらすのである。指定食品添加物など、食品安全委員会がリスク評価をして、一定の使用基準のもとに使用が許可されている食品添加物の健康リスクを心配する必要は全くない。

もちろん手作りの料理をすることを否定するものではないし、ご自身で食中毒の未然防止をしたうえで調理すれば食品添加物は必要ないであろう。ただ、ライフスタイルの変化にともなって、いろいろな食品の形態が市場に登場し、便利さや美味しさを手軽に利用できる食環境の中で、いかにして食の健康リスクを抑えていくかを考えるなら、食品添加物の有効利用は必須だ。

人工甘味料の問題を指摘する声も多いが、逆に人工甘味料のリスクを避けるがために、結局砂糖を使った食品を食べてしまったら、食後過血糖により健康リスクが上昇する危険性がある。これも「リスクのトレードオフ」の典型例だ。糖尿病患者さんや糖尿病予備群の方々にとって、人工甘味料が糖尿病予防食に大きく貢献し、健康リスクを低減化していることを見逃してはならない。

農薬や遺伝子組換え作物についても、その安全性を問題視される方々がおられるが、残留農薬や遺伝子組換え食品による健康被害の可能性を考察すると、これまでの事故実績や安全性データを専門家が解析しても、健康リスクはきわめて小さいと考えられる。それに対して、農薬や遺伝子組換え作物を使わないことによる健康リスクは、野菜や果物に発生する病気や害虫による食中毒、農作物の不作や価格高騰による栄養分摂取不足、農場に雑草や害虫が発生することによる農家の方々への肉体的・精神的負担、等々、多方面に健康被害が発生することが予測できる。

私は有機栽培の野菜や果物を使用して手作り料理をするので、健康志向のライフスタイルに間違いはないと思われている方々は、自分自身の健康だけでなく、社会全体の持続可能な健康長寿社会とはどうあるべきかを再考されることをお薦めしたい。有機栽培の野菜が通常の栽培の野菜と比べて健康リスクが低いとは限らないので、その点も慎重に考えるべきだ。

2011年、福島原発事故後の農産物の放射性物質汚染が判明した際も、野菜を食べないことの方が発がんリスクが高いので、この程度の放射性セシウム汚染を心配して野菜をとらないのはよくないと、筆者は声を大にして「リスクのトレードオフ」の問題を強調した。

また、焼いたり揚げたりした野菜にアクリルアミドという危害物質が発生するとして、食品安全委員会がリスク評価を開始したが、こちらも必要以上にアクリルアミド単品の毒性に焦点をあてて調理野菜を食べるのを控える消費者が増えてしまうと、むしろ野菜摂取不足による発がんリスクが上昇するという本末転倒が起こるであろう。

すなわち、「リスクのトレードオフ」に配慮したリスク管理とリスクコミュニケーションが重要で、本当に避けるべきリスクは何なのか、そのリスクを避けることで別の健康リスクが社会に発生しないかを慎重に検討したうえで、リスク情報の発信を心掛けていただきたいと節に願うところである。

(文責:山崎 毅)



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