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エッセイ:たくさんある水が怖い。

僕は昔から、「たくさんある水」が怖い。

「たくさんある水」が何かと聞かれれば、明確な答えは出しずらく、とにかく大量にある水が怖いのだ。

一番わかりやすい例は「海」だ。
海辺に行って砂浜を歩くのは僕も好きだが、海を泳ぐことは絶対にしない。そこには、子供の頃のトラウマが関わっているのかもしれない。

僕がまだ小さかった頃、家族でハワイに旅行していた。その時僕は大きな浮き輪の上に乗って空を見上げて、プカプカと浮かんでいた。しかし気がつくと、僕はいつの間にか沖の方まで流されていた。家族はずいぶん遠くの方にいて、僕はその時「ああ、きっとこのまま何年も海を彷徨うんだな…」と人生を諦めかけていた。結局、その後浜辺の方まで徐々に戻されて行って、無事に帰還することができたのだが、それ以来海が怖くなった。

あれから何年も海に入っていないし、大人になった今、浮き輪に乗っていたら沖までプカプカ流されることもそう無いだろう。だからもう海で泳いでも良い気がするのだが、どうにも怖い。それは過去のトラウマも影響していると思うのだが、それ以前に、本能的に「海」というもの自体が怖い。


もし、海がものすごくクリアで、どんなに深いところでも下までずっと見えるなら、きっと怖く無いと思う。でも、実際の海は数メートル先に何がいるのか分からない。もしかしたら自分のすぐ下に危険な生物がいるかもしれないし、いきなり水面に超巨大な生命体が現れて、僕を食べてしまうかもしれない。

一説によると海の95%は未解明だとも言われている。もしかしたら深海には僕たちが想像もできないような生物がいるかもしれない。もしかしたら、日本列島よりも大きな何かがいて、いつの日か日本全体が丸呑みにされてしまうかもしれない。

馬鹿げた話に聞こえるかもしれないが、太平洋なんて日本の何倍も大きいのだから、その中に日本より大きな生物がいたとしてもおかしくはない。
ある日突然、平和な海に超巨大な生物が出現したら…。そんなことを考えると、海に近づくのが怖くなってしまう。

特に、夜の海は大の苦手だ。昼間なら海辺に行くのも構わないのだが、夜は海に近づくことすら恐ろしい。夜の海はほんの少し先でも何がいるか分からないし、何かの間違いで海に落ちたりしたら、きっと助からない。
そもそも僕は泳げないから、自力で生還することも難しいだろう。落ちたら終わり。そう考えるとマグマよりも怖い気がしてくる。


ここまでの話は、ある程度共感を得られると思う。だが、僕は海ではなくても大量の水を見ると怖くなってしまう。

例えば、プールや温泉にも大量の水はあるが、あれは全く怖くない。所詮は人工的に作られた場所に水を入れただけだし、僕にとっては道端にある水溜りと同じようなものだ。何も恐怖は感じない。

だが、1立方メートルくらいの水の塊を見ると、急に怖くなる。いや、そもそも1立方メートルの水の塊がその辺に落ちているわけ無いので、見かけること自体無いのだが、想像するだけで怖い。
自分の目の前にその大量の水がドンと置かれたら、僕はきっと一目散に逃げ出すだろう。何が怖いのか分からないが、日常ではあり得ないレベルの大量の水を見ると、なんとも言えない恐怖を感じる。

少し話は変わるが、うちにはウォーターサーバーがあって、定期的に30Lくらいの水のタンクを取り替える必要がある。その時の交換用のタンクはまさに、大量の水の塊だ。タンク自体はかなり薄く、持ち上げるとまさに「水を持っている」感覚が伝わる。僕が想像する、大量の水の塊である。

しかし、これは全然怖くない。きっと、30Lでは恐怖を感じないのだろう。もっと量が増えていって、ある地点を超えると急に怖くなるような気がしている。


水への恐怖でもう一つ思い当たるものがある。
それは、僕が子供の頃に熱を出すと必ず見ていた、ある夢のことだ。

その夢の内容はこうだ。

僕の目の前に突然、ものすごく大きなグラスが出現する。両方とも水がたっぷりと入っている。僕はどういう方法か分からないが、その大きなグラスを持ち上げて、もう一方に水を移していく。水かさはどんどん増えていき、ついには溢れそうなくらいギリギリまで水が入る。

僕は自分で水を入れているのだが、その水が溢れそうな光景に死ぬほど恐怖する。何か、水が溢れてしまったら世界が崩壊してしまうような、そんな感覚を覚える。
しかし、どう頑張っても僕は水を止めることができず、そのうち水がグラスから溢れてしまう。「あー!もうダメだ!!」と思ったところでいつも起きる。

その夢から目覚めるのはいつも母が誰かと電話をしているタイミングで、僕は泣きながら起き上がって電話中の母に抱きついていた。泣きながら「水が…水が溢れちゃう!!」などと喚き散らす少年は少し狂気じみていたようにも思う。

それからもずっと、風邪をひいたりして熱を出すと同じ夢を見るようになった。少年時代はいつもその悪夢にうなされ、起き上がると母に泣きついていた。中学、高校生くらいからは次第にその夢も見なくなっていった。今ではほとんどその夢を見ることはないのだが、社会人1年目の時に熱を出して、久しぶりにその夢を見たのを覚えている。
当然ながら母に泣きつくようなことはせず、飛び起きて顔を洗い、その後は同じ夢を見るのが怖くてずっと朝まで起きていた。

どうしていつもこの夢を見るのか分からなかったが、昔は体調を崩すとまたその夢を見そうでずっと怖かった。

調べてみると、熱を出した時に特定の夢を見るということは結構あるらしい。読者の皆さんも経験があるのではないだろうか?
人によっては暗闇に落ちていく夢だったり、奇妙な生物に囲まれる夢だったりするらしい。その夢には本能的な恐怖が現れているような気もする。


何故僕がいつも「大量の水」を恐れているのか、その理由はいまだに分からない。もしかしたら昔沖まで流されたことがトラウマになっているのかもしれないが、それ以前から水が怖かった気もする。

もしかしたら前世の僕は何か水と因縁のあった人物なのだろうか。
ともかく、これからも僕は夜の海には近づけそうにない。

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