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ピア・フィードバック

こちらの本を読んだ。

この1年ぐらい,生徒主体の活動を中心に英語の授業(特にリーディング)を構成してきたつもりだが,その中で彼らにフィードバックを返すのは決まって私だった。

秋頃にやったライティングで初めて個々の成果物(または制作途中のもの)を全体にシェアして,「他の人のを読んで,自分のライティングの改善点があったら直してみよう」という形を取ったが,それも他の生徒から直接フィードバックを与えられて修正するというプロセスではない。

12月に行われた定期試験。
それに向けて,朝や放課後の時間に数人の友達とどこかに集まって一緒に勉強している生徒たちの姿が毎日のように見られた。

その様子を見たときに,この学年はお互いを高め合い,一緒に成長していけるだけの素地ができていると感じ,自分の授業にピア・フィードバックを取り入れたいと思い,本書に手を伸ばした。

最も読んで良かったと思うところは,生徒たちのフィードバックの質を高めるための指導に関する部分(主に第3章)だ。

教師から生徒に対して良いフィードバックを提示する際のポイントをまとめた第4章も参考になる。

自分が人に与えてきたフィードバック

私が人に与えたフィードバックの中で真っ先に思い出されるのは,大学2年時の英語科教育法IIIで同期の学生が行なった模擬授業に対するコメントだ。

「英語科のみんなは優しいから許してくれてるけど,本当だったらこんな授業は許されない」的なことを書いていたらしい。
確かに彼の授業があまりに準備不足で「こっちもこの模擬授業受けるためにここに来てるんだからちゃんとやれや」と思ったことは結構鮮明に覚えている。彼が私のコメントに大きなショックを受けていたことを大学4年の時に人づてに聞いた。
2年以上経っても「かわむら,怖い。嫌なやつ」と思われるぐらいのフィードバックを私は返していたようだ。
彼は英語教師の道を選ばなかったが,もしかしたら私のコメントも彼の進路選択に影響したかもしれない。

「英語科のみんなは優しいから許してくれてるけど,本当だったらこんな授業は許されない」

当時の私にとってはそれが紛れもない本心だったのだと思うが,「批判」ではなく「非難」であり,「改善のためのアドバイス」ではなく単なる「怒りの発露」だった。

19歳の私が犯した過ちを15歳の生徒たちが侵さない保証はない。
ピア・フィードバックを互いのために有意義なものにするべく,授業に取り入れる際のフィードバックの質に関する指導が極めて重要だろう。

なお,上の私のコメントに対して「学部2年のくせに『本当だったら許されない』とか,何を知った口聞いているんだ」という角度の批判もあり得るだろう。
しかし,その手の批判は私は受け付けない姿勢だ。学部2年生だろうが,教員2年目だろうが,「これは許されない」「これはいい授業だ」と思う権利は誰にでもあるはずだ。
それを「君なんかまだ何も分かってないんだから」などという態度で受けてしまう大人のもとでは,子どもたち・学生たちのピア・フィードバックは当然促進されないだろう。

フィードバックの視点を与える

また,「エキスパート・グループ」という考え方はとても興味深い。(主に第6章)

何かにフィードバックを返す際に,見るべきポイント別にグループを割り振り,自分の割り振られたポイントに関するフィードバックを返すことに集中してもらうというシステムだ。

評価の観点が多岐に渡るほど(そしてそれを教師が的確に理解できているほど),このシステムは効果的に働きそうだ。

中学生の授業で使うかどうかは要検討だが,例えば模擬授業を行う教科教育法に取り入れるのはどうだろうか。

模擬授業の評価ポイントは,「題材」「教材」「活動」「指示」「フィードバック」「教室英語」などなど,多岐に渡る。

多岐に渡りすぎてグループの数が追いつかない可能性もないではないが,自分がエキスパートとして観るポイントについての改善を促すという明確なタスクを持つことで,19歳の私のようなカスみたいなフィードバックもどきの非難コメントを渡してしまうリスクは大幅に軽減されるだろうし,学生も授業に対してより鋭く,批判的・建設的な意見を述べる事が出来るようになるのではないだろうか。


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