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そして今日もあきらめて布団に入る

4月に入ったくらいからだろうか、英語学習にまた力を入れ始めている。僕は「漠然とした努力」ができない人間なので、とりあえずは年内にIELTS6.0を目指して勉強している。6.0というスコアは英検準一級レベルらしいので僕としてはちょうど良い。IELTSは海外の大学へ入学資格を得るために用いられることが多いテストだが、スピーキングやライティングも包括しているので、実践力を鍛えるにはもってこいのテストなのだ。何より、英検やTOEICよりも「IELTSのスコアしか持ってないんすけど、いいすか?」といったスタンスの方が日本に帰ったときにカッコいいと思う。

海外生活、とはよく言ったもので、英語など話せなくても海外では生活できる。言い方を変えれば、海外で生活しているだけでは英語力は伸びない。
同じく日本からワーキングホリデーで来ている友人で、シオンという僕より4つくらい下の若者がいる。僕がケアンズで日本人向けのツアーガイドをしている時に出会った男だ。つまり彼は客として来たわけだが、従業員と客の壁など、こちらではないようなもの。僕らは仲良くなり、インスタをフォローし合った。それが2020年、3年前のことである。その頃彼は、オーストラリアに来て間もないということもあって、英語がそれほど堪能ではなかった。しかしとにかくよく話す。日本語だろうが英語だろうが、とにかく口が動く。3年間それを続けた人間は今、もちろん「英語を話せる人」になっている。それほど頻繁に会っているわけではないが、会うたびにレベルアップしている彼の姿には感動すら覚える。

話は変わるが、僕はいま金土日の週3日、肉工場で働いている。朝4時起きで、室温は常に4度が保たれている点が辛いところだが、仕事自体は楽で時給も良いから満足して働いている。しかし最近になって「ワーカーが多すぎる」という謎の理由で、僕のシフトが減らされることが多くなってきた。忙しくない時期は仕方のないことだと思うが、悔しいのは、いつも僕のシフトが減らされるという点だ。理由は、なんとなく分かっている。口数が少なく、周りとコミュニケーションを取らず、偉い立場の人に嫌われもしなければ好かれもしてない、いわゆる「切りやすい立場」であるからだ。シオンのように、初日からグイグイ人との距離を縮めるコミュ力ヤクザだったら、こんなことは起こらないかもしれない。でも僕はいくら頑張っても、シオンにはなれないし、手よりも口が動く同僚のカンボジアおばちゃんみたいにはなれない。

分かっているけれどできないことは、意外と多い。映画やドラマの主人公はラストになると必ず苦手を克服する。しかし現実はそう上手くいかない。夜、シャワーを浴びるときには「今日もダメだったな」と言葉にならない閉塞感を抱えながら、手についた抜け毛の本数を数える。YouTubeや本で得た方法論だけが増えていく。思い描いていた海外生活とはほど遠く、しかもそれもそろそろ終わろうとしている。オアシズの光浦さんは2年前からカナダに語学留学をしており、友達をたくさん作って、料理を勉強したり手芸教室を開いているようだ。やりたいことをやっている。ピースの綾部さんもそうだ。彼は自由の女神のことを「女神」と呼んでいる。僕もそうなりたい。

だからいまIELTSの勉強を必死にやっているのは、最後のあがきだ。来月で30歳になるという年齢のプレッシャーもある。もしかするとインプット能力のピークはもう過ぎているかもしれない。でも言い訳しながらこのまま終わるくらいなら、自分らしい努力はしておきたい。肉工場で仲良くなった中国人のワーカーのリチという青年がいる。彼はやけに日本語を知りたがり、ことあるごとに「○○は日本語で何というんだ」と聞いてくる。僕はできるかぎりたくさんの英語を使って、彼に説明する。美しい英語でなくていい。義務教育で習った文法も度外視でいい。とにかく今の僕は口を動かすことが必要なのだ。リチは別の中国人ワーカーを僕に紹介してくれた。名前はまだ知らない。そのリチの友達は日本が大好きなようで(特に日本のアニメとアダルトビデオ)、すれ違うたびに「ヘンタイ」と挨拶をしてきてくれる。僕はそれに対して「おっぱい」と返す。僕が「ワンピースが好きだ」と伝えると、彼はゾロのモノマネをしてくれた。「三刀流!獅子歌歌!」と言って刀を振るジェスチャーをして去っていった。ふぅと息をつく。課題ができた。次に彼に会ったときは「獅子歌歌は三刀流じゃなくて一刀流だよ」と、英語で言わなくてはならない。

サポートしていただいたお金を使って何かしら体験し、ここに書きたいと思います。