何かやりながら、別の事もやれる

「『The.純粋』以外はすべて矛盾である」という考えだとしんどい。余白が無くてしんどい。というより現実的ではない。ではどれぐらいならば、「矛盾」と処理してもいいのだろうか。

これは僕の個人的見解だが、「両立しない選択肢を抱えている状態」を「矛盾」として定義している。

ピッチャーをやりながらホームラン王をとることはできないので、10年前はみんな二刀流に反対していた。

しかし「AもやりながらBもやりたい」なんて実例は生きていたらボロボロ出てくる。やれるかもしれないしやれないかもしれない。でもやりたい。

QOOLANDをやっていたときだってそうだ。他にやりたいことも沢山あった。だけど、それは現実問題できなかった。

ちなみに僕と一緒にバンドをやってきた人間は数多くいるが、その多くは音楽を辞めた。

理由として一番多かったのは、恋人の影響によるものだった。

よくある「私と仕事どっちが大事なの!?」という脅迫に近いアレだ。だが果敢にゴールを狙った攻撃型サッカー的ゴールイン夫婦のほとんどは離婚した。

珍しいことでもない。

「Aも大事だけどBも大事」という問題は古今東西存在する。

文武両道もそうだし、長生きしたいけど老けたくないもそうだし、食いたいけど太りたくないもそうだし、大谷翔平の二刀流も同様だろう。

「なんとか両立させよう」はやはり難しい。というか甘いのだ。どっちつかずになる可能性が高い。だか、不可能と言っているわけではない。「両立させる方法」は、ゼロではない。

芸人とボディビルダーだったり、絵本作家と芸人だったり、経営者とアスリートだったりと、成功例はゴロゴロ転がっている。

ただ、「それ相応のことをやるのだ」と思っていないとうまくいかないみたいだ。対立する要求を満たすことはイージーではない。

「最低限の仕事をしてりゃいいや」という人間には到達できないエリアだ。

「低価格だけど高品質」なユニクロや「シンプルだけど個性的」なAppleの製品力も本質は同じだ。どちらも驚異的な情熱を原料にして、達成した。

この「矛盾」というのは「選択の狭間」とも言える。どっちも満たしたいけど、満たせないし選べないという極限状態だ。

しかしある程度、選択はバチっとしながら進まないといけない。話にならないからだ。

ただ、ここでいう選択とは思考の選択ではなくて、行動の選択だ。行動は一種類しかできない。肉体が一つしかない以上仕方ないのだ。

でも「思考」は矛盾を矛盾のまま取り扱うことができる。人間の頭脳はそれぐらいのメモリが許されている。

「色々考えるとか集中できないわよ!」というひともいるかもしれないが、集中力にそこまでの破壊力は無い。

むしろ次々と考えが飛んでしまう状態の方が、発想がジャンプして、いい結果を生んだりもする。

大切なのは「頭の中の矛盾を抱えながら、歩くことができる」という器だ。

「Aの道を歩んでいる瞬間に、Bのことへと考えを馳せることができる」という状態が良い。

たとえば「明日をも知れぬバンドを本気でやりながら、大事な女の将来も考えている状態」だ。

出来ていなくてもいいのだ。「考えている」だけで達成だ。

「今はできないけどいつかはできるかもしれない」と、思考を止めない粘り強さこそが突破力を生む。

矛盾するからと言って、思考を切り離すのはもったいない。

「矛盾を活かす」と書くと大げさだが、こういう思考回路で僕は人間を続けてきた。

むかしから「今は矛盾してるからできない。でもこの矛盾が未来永劫矛盾しているかは誰にも分からない」と常々思い続けてきた。

これからもテクノロジーの進化は止まらない。奇跡の出会いだってあるはずだ。

ならば何かしらブレイクスルーが起きて、矛盾が解き放たれて、対立するAとBを満たせるかもしれない。

そのとき、「Bのことを考えていたか、いなかったか」で成果が分かれる。

何度もこういった思いをした。

スマホ一個でここまでいろんな仕事ができる世の中が来るとは思わなかった。大阪に行きながらも、東京の仕事を進めることができる。

本を作りながら、CDを配りながら、ライブもして、事業を六種類ほどやれている。それにしてもまだまだやりたいのだから、頭の中は矛盾だらけである。

常に人間を募集している。月収40ぐらいは固い。60,80万もまぁそこまで非現実的じゃない。

あんまりブラックじゃないので、仕事を変えたい男や、働いてないので働きたい男を雇う。全部不問ではないけどまぁまぁ不問。幼卒不可。

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