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ドラマーだけは怒らせてはいけない

この季節には無理だが、暖かい時期、よく道で寝ていた。

若くて奪われるものを何も持ってなかったからだろう。梅田のピアスタワーのあたりで、眠りにつくのが趣味だった。

地理関係が大阪のひとしか分からない話で申し訳ないが、長距離バスがやたらめったら発着する位置になる。

コンクリートで一晩眠ってすごすのはいいものだ。宿泊代も浮くし、星空も気持ちいい。
まわりはバッチリ都会で、そんなところで眠りに着ける自分は「特別な男」という勘違いまでできる。

これは田舎では成り立たない。街だから、梅田級の街だから面白いのだ。田舎と街は何故こうも面白さが違うのだろう。端的に言うと街は「ぶっそう」だからではないだろうか。

その「ぶっそう」さのなかでリラックス状態の最上位アクションである「睡眠に耽るのだ。そのコントラストが「俺は特別だ」と勘違いさせるのだろう。

そんな特別な夜も現実はさもしい。

一銭も持っていないことが多かったから、寝る前に野良犬のようにほっつき歩く。基本的には自販機の釣り銭出口をあさったり、阪急蕎麦に入ってカウンターの下の忘れ物でも探す。

見つかればラッキーだし、収穫が無くとも元々何も持っていないのだ。失うものはない。

なんと言っても梅田だ。大阪最大の都市なのだから、運が良ければ裕福な知人に会ったりできる。そこはもう勝負どころなので、酒を何本も買わす。その後の人間関係を失ってもいいぐらい買わす。

ピアスタワーに戻ってくる。
なるべく植え込みの影の、柔らかそうなところに身を沈めて眠るのだが、夜中が覚めると、不思議とコンクリートの上まで寝返りしていたりする。まだ眠いので二度寝する。

寝過ごす心配はない。朝起きたら警備員のおっさんが起こしにくる。肩をバンバン叩かれて起きる。

「ここ寝る場所じゃないんで」

「当たり前やんけ。逆に聞くけど、そんなことすら分かってないように思う?」

「じゃあ、ほら、早く帰って」

などと言ったウィットに富んだ会話を交わし、すごすごと帰るのだ。

その後ろ姿はおよそ「昨日」に見放されたか「今日」を失った若者にしか見えなかったと思う。

ピアスタワーの隣りには『ESPエンタテイメント』という音楽専門学校ビルがあったので、そこの生徒にたまにカツアゲをされたりしていた。その度、小競り合いが起きる。

相手も僕が嫌いだったと思うが、僕自身もなんだか「音楽専門学生」というのが気に入らなかった。僕はそういうのが許せないガキだった。
仮に音楽一家のエリートだったとしたらそれはそれでいけ好かないし、「僕は学生だよ。フリーターではないよ」という社会的立場を免罪符にしたケースであっても、甘ったれ感がいけ好かない。

そしてほとんどの場合が後者だった。新撰組で言うところの、士道不覚悟ぽい存在がとにかく気に入らなかった。絡まれる度に土方歳三のノリで死罪を申し付けた。士道不覚悟は切腹である。

同い年ぐらいの専門学生におちょくられては、小突きあっていた。こちらはヘロヘロに酔っ払っているので、ボロボロにやられてしまうのだ。

エスカレートした金髪のドラマーに顔面を踏まれて、コンクリートに叩きつけられたことがある。普段からバスドラムを踏んでいる脚力で一気に踏まれたので、後頭部に傷跡がまだある。

今思えばよく生きていたものだ。いまだにドラマーだけは怒らせないようにしている

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